苦悩 side ジェイク
気を付けていたのに飲み過ぎた。
昨日のアニスの誕生晩餐会でのことだ。
俺は飲み過ぎると愚痴っぽくなってしまう。
アルセンはイケメンなので、その対象になりがちだ。
「お前はいいよな」
「この顔と、お前の顔、交換できたらいいのに」
「〇〇伯爵の令嬢の顔、真っ白になって、唇が震えていたな。アルセンの陰に隠れたかった」
「〇〇侯爵の結婚の祝いの言葉、俺はちゃんと言えてたか?あの容姿でも結婚できたのに、何故、俺はできない?」
あぁ、消えてなくなりたい。
俺の愚痴を聞いたところだけ記憶を消すことができればいいのに。
だが、アニスの誕生晩餐会では、ほとんど愚痴っぽくならずに済んだ。
アルセンは「アニス皇女は本当に天使です。殿下、飲みましたよね?完全に僻みモードになってましたよね?でも、わたしは全然、被害を受けずに済みました。なんて素敵なんだ!今回も記憶あるんでしょう?アニス皇女は、どうやって殿下を抑えられたんですか?」
などと、今までが今までだから仕方ないのだが失礼なことを言う。
でも言えない。
恥ずかしすぎる。
子供のように甘えて抱きついて、頭をなでなでしてもらって「傍にいて」と強請り「結婚は嫌じゃないのか」と聞き...。
あぁぁ、酒飲んだ俺っ!なぜ、そこまで飲んだ。
俺に、結婚が嫌じゃないかと聞かれて、嫌だと言えるわけないのに。
でも、俺の顔を好みだと言った。
ラルフよりもいいと言ったし、あの、あのダーレンよりもいいと言った。
そういう嘘はいただけない、と思ったがアニスの元婚約者のイケメンの方は政略結婚で、ダイナチェイン王国についてきた醜い騎士の方はアニスが告白したと言う。
女から告白された?あの容姿で?
なんて幸せなヤツなんだ。しかも相手が美少女のアニス。
だが、そこで俺は、ちゃんと告白もプロポーズもしていないことに気付いた。
そこで、ソファからアニスの足元に跪くとアニスの手を取った。
相変わらず小さくて柔らかくて温かい。
俺のプロポーズにアニスは微笑んで言った。
「...はい。ジェイクもわたしも幸せになりましょう?」
受け入れられたのに心が冷えるのを感じた。
「ありがとう」と言ったが我ながら心のこもっていない礼だった。
アニスは幸せになる権利がある。
俺が無理矢理、国へ呼んだ。
結婚目前だったのに婚約者たちと引き離した。
俺は罪深い。自分が立太子するために戦争を起こした。
アニスの噂を聞き、領土拡大のため、と言ってアイストリア皇国方面へ国を広げた。
沢山の人を傷つけ、殺した。
隙を狙ってきた国を潰し、俺の暗殺を企てた貴族を潰した。
もうやめよう、と声を上げ始めた官僚たちを降格させもした。
こんな俺が幸せになる権利などない。
けれどアニスの幸福のために俺にできることはしよう。
自由だけは、あまり与えてやれないが権力だけはあるから、大抵のことは叶えてやれるだろう。
アニスに「抱きしめてもいいか」と問うと笑って「どうぞ」と言ってくれた。
手と同じく小さくて柔らかくて温かい体を抱きしめる。
あまり強く抱きしめると、やはり折れてしまいそうで緊張する。
アニスも俺の背に腕を回してくれる。
今更ながらドキドキして、この後、どうすれば、と思ったがアニスの体温が心地よく、背に回された手が時々、背を撫でてくれる。
俺に幸せになる権利なんてないはずなのに、既に幸せを感じて目を閉じた。
そこまでは覚えている。
多分、そのまま眠ってしまったのだ。
アニスに膝枕をしてもらったときも気づいたら眠っていたし、アニスに触れていると眠れやすくなるのか。
次に目を開けたらベッドの上で、着替えも済ませてあり、夜が明け始める頃だった。
すぐに自分のしたことを思い出して後悔して、当然眠れなかった。
それでも、いつもよりは眠れたし後悔もあったが幸せな気分が強かった。
ユーリ・ドールスタン。
アニスと共に我が国に来たアイストリア皇国の近衛騎士。
アニスを見る目に色や切なさを感じるのは、俺が、そうと知っているからなのか。
アニスだけでなく、ユーリも俺を憎んでいるのでは、と思ったが、今のところ、何も感じない。
アニスとの婚約には何かがあると思っていたがアニスが望んだ、ということは何もない、ただの愛する2人を引き裂いたことになってしまう。
だとすれば、俺は本当に罪深い...。
ユーリはアニスを愛しているのだろう。あんなに素敵な女性なんだ。
そして、もし、本当にアニスもユーリを好きで自らが望んだ婚約だったのなら何とかしなければ。
だが、と思う。
もしユーリが夫になれば、俺はどうなるだろう。
俺が第一の夫であることは変わらないだろう。同盟のために離婚などできないのだから。
そうなると俺は傍でアニスとユーリの仲睦まじい様子を見るだけ、ということになるのか。
俺との子を成すためにはベッドを共にする必要があるが義務的なものになるだろうか。
子供が生まれてしまえば義務すらもなくなったり...。
今までのことを考えれば結婚してくれて子供を産んでくれる。それだけで感謝すべきことなのに贅沢になってしまった。
アニス。彼女に愛されたい。
愛されることを望んでしまった。




