苦悩
早いもので、わたしの誕生日がきた。ここに来てから王太子の婚約者を披露、とか婚約式とかするのかと思ったが婚約式を王族と、それに連なる少数の貴族で行った以外は、わたしは、ほとんどの貴族とほぼ面識がない。そして、ジェイクとの結婚式まで、あと2か月となった。
呼び方もジェイク様からジェイクに変わった。
ジェイクも、だいぶ砕けた感じになってきた。
素では自分のことを「俺」と言うらしい。
そんなわたしだったが成人の誕生日ということもあって、わたしの披露も兼ねて大々的な誕生会を催すこととなった。
誕生会は3日間かけて行われる。
1日目は舞踏会、2日目は音楽会、3日目は晩餐会
ダンスもダイナチェイン王国での主流となるスローテンポなダンスを練習した。
ダンスの相手はジェイク、ラルフ、ダーレン(ラルフと呼んでいるのを知られてしまいダーレン殿下にも呼び捨てにしろ、と迫られた)が交代で務めてくれた。
当たり障りない人が良かったけれど、何故か許可が出なかった。
でも、お陰で1日目の舞踏会は、何事もなく終わることができた。
ジェイクとの身長差も練習のお陰で何とか大丈夫だった。
ジェイクが良い、という相手とも踊ることができたし、他にも、たくさんの貴族と面識を持つことができた。
もちろん、わたしの評判は上々。
同盟国とは言え、ダイナチェイン王国から見たら遠くて小さな国。
侮られることも考えていたが一部の令嬢たちを中心にキツイ視線がきただけで済んだ。
男性は概ね好感触だった。
この日本人顔のお陰だろうか。
事前に流しておいた、わたしの良い噂も仕事してくれたようだ。
けれど、王太子殿下の婚約者だというのに色のある目で見るのは、いかがなものかな。
前世の思想観念のせいなのか、この世界では普通のことなのだが、王太子に対して失礼とか思わないのか、と考えてしまう。
2日目の音楽会も良かった。
耳慣れない旋律や初めて聞く楽器もあって終始楽しめた。
わたしのために作曲されたという曲も披露された。
当日に歌詞を知ったのだが恥ずかしくなるくらい褒め称えられていた。
「かの国の天使」というフレーズには、どこまでついて回るのかと、思わず頭を抱えたね。
時々、視線を感じたが、まぁ仕方ない。
そして、メインイベントとも言える3日目の晩餐会でジェイクの苦悩と意外な姿を知ることとなる。
ジェイクはお酒を飲む量が少しなら大丈夫なのだが、一定量を超えた辺りから僻みっぽくなるらしい。普段思っているのであろうことを口に出しちゃうのだとか。
アルセンから、お酒を飲ませないように、とは言われていたが、酒癖が悪い、とだけしか聞かされておらず、わたしは酔って暴れられても困るので、わたしからお酒を勧めるようなことはしなかった。
夕食のときも、飲んでもグラス1杯しか飲んでいなかったしな。
それなのに、今日は、いつの間にか一定量を超えたらしい。
晩餐会も終盤だったので、その場は何とかなったが、その後が大変だった。
部屋に戻りたいのにジェイクが手を離してくれない。
「アニス皇女がお困りですよ」と言われても「いやだ」と言って自分の部屋に行こうとする。
いや、この状態で、わたしを部屋に連れこむって何?
人がいるところで襲われるようなことにはならないだろうし、仕方ない、と部屋まで送ってあげることにした。
普通、逆なんだけどね。
ところが部屋まで行くと、ついてきていたアルセンに「お前は、あっちに行け。アニスに近づくな」と言い始める。
アルセンは「始まったか...」とか言ってる。
何が始まったって言うんだ。
ジェイクがソファに座り、わたしも、その隣に座る。
「アニスは、ここにいて。ずっと俺の傍にいて?」
びっくりした。そんなこと言うキャラ違うでしょ?
「嫌なのか?アニスも俺が嫌い?」
「ううん。そんなことない」
慌てて否定しておく。
が、ジェイクは自嘲的な笑みを浮かべ「嘘でも嬉しいよ。傍にいてくれれば、それでいい」などと言う。
「嘘じゃない。少なくとも嫌いではないし、今では好意も感じています」
「でも、アルセンみたいな美形なら、もっと良かっただろ?悪いな、こんなツラで」
「ジェイクの顔は精悍でいいと思いますけど?」
「精悍ね...、精悍過ぎて怪物と恐れられてるけど。でも、お陰で無用な血を流さずに済むこともあるから悪いことばかりじゃない」
「そう。それはいいことですね」
「うん。でも本当は、もっと俺自身を見てくれる人が欲しい。みんな外見だけ見て去っていく」
「そうじゃない人もいるでしょう?わたしは、あなたの側近や傍仕えくらいしか知らないけれど、彼らはジェイクを慕っているじゃないですか」
「そうだな。あいつらのことは、それなりに信頼してる。でも俺が王子でなければ、陛下に疎まれていたりしたら、そうなってない。俺は、たまたま王子として生まれて、陛下も父も俺を他の王子と差別しなかったし、王太子に、と意思表示してくれていた。それでも、この容姿のせいで苦労した。普通に優秀なだけでは許されなかった」
ちょっとマズい。
わたしは人払いをする。
王太子の弱音など側近や傍仕えでも、聞かれたくないだろうし、聞きたくないだろうからな。
わたしの傍仕えとユーリも同様だ。
「アニス...」
切なげな目と顔で近づいてくる。え!?まさかキス?
あ!人!...払いしてたね、うん。
まぁいいか。
と思ったが、ジェイクは、わたしに寄りかかるようにしてきた。
手で体を支えたが重くて苦しい。手の届く範囲でクッションを手繰り寄せ背中に重ねる。
ふぅ。これでヨシ。
それにしても大きい子供だな、こりゃ。
わたしの胸に顔を埋めるようにして抱きつく、というかしがみつくようにしているジェイクを見る。
アイストリア皇国のドレスだったら胸元の開いたドレスが多いから、かなり恥ずかしかっただろうが、今日はダイナチェイン王国のドレスなので、それほどではない。
けど...、まぁ苦労はしてきたんだろうな。と黒髪をなでなでしながら思う。
この世界のイケメンへの扱いは酷いから。前世でも醜い容姿のせいで辛い思いをする人はいたけど一般的に、ここまで酷くなかったと思う。
少なくとも初対面の人と挨拶するのに暴言を言われる、なんてことはなかった。(内心は別だ)
「暖かいな...。人の暖かさを、こんなふうに感じたのは初めてだ。アルセンほどの美形とはいかなくてもロイくらいの見た目なら、と何度思ったか...」
ロイというのはジェイクの筆頭傍仕えで一番長く務めている人なんだけど失礼なこと言ってるな。
てか、甘えんぼか。ママじゃないぞ。
「アニスは、俺と結婚するの、嫌じゃないの」
「ん?あぁ、嫌ではないですよ」
「でも、無理矢理だっただろ?」
「同盟による政略結婚です。でも、ラルフやダーレンではなくてジェイクで良かったと思っていますよ?」
ジェイクが顔を上げる。
今日は正式な場なので髪を上げていて格好いい。
わたしの胸に伏せていたせいで崩れているが、それが妙な色気を出している。けしからんがイケメンの顔がよく見えるのはいいことだ。
「なぜ?」
うーん、詰問されているようだ。
「わたし、頭のいい人、好きなんです。わかりにくかったですが、ジェイクは優しいし、その話し方も好きです。それに、実はお顔が好みなんです」
「...さすがに、あからさま過ぎる嘘は良くない」
「それが嘘ではないんです。わたしのことを調べたのでしょう?だから元婚約者に見た目が、あまり良くないとされる人がいたのも御存知でしょう?」
「...格好いい婚約者もいただろ」
「あ。そっちは政略結婚のようなものです」
「...じゃぁ、もう一人は?」
「わたしから告白しました」
「.....え?告白?」
「はい」
「アニスから?」
「はい」
ジェイクは、ぽかんとしたように、わたしを見つめていたがソファから降りると、そこへ跪いた。
そして、わたしの両手を取る。
「アニス。確かに政略結婚にはなるが、俺は、あなたが好きだ。可愛いところも優しいところも明るいところも俺のような醜いものにも他と同じ目を向けてくれるところも。あなたを俺から自由にしてやれることはできないけれど、俺の全力でアニスを守り.....愛することを誓う。だから...生涯、俺から離れないと約束してほしい」
告白したという話から、告白していないことに気付いてのことだろうけど、ジェイクの真剣な思いつめるような表情から冗談でも断ったら、どうなるか怖くなる。
なんだかヤンデレ属性を感じる言い方だったけど。
「...はい。ジェイクもわたしも幸せになりましょう?」
「...ありがとう、アニス」
あれ?YESって言ってるのに微妙な顔。
でもジェイクは、わたしの手にキスを落とすとソファに座り、ぼそっと「抱きしめてもいいだろうか」と言った。
いや、今更だな。
思わず笑ってしまったがジェイクに向き直り「どうぞ」と言った。
そっと抱きしめる大きな手。ジェイクの胸に顔を寄せると、随分早い鼓動が聞こえる。
思わず頬が緩む。
ジェイクとは、この先も良い関係を築けそうで、ほっとした。
ここが一番肝心なんだもの。




