転んでも
王太子殿下と夕食をとるときは食後のお茶をソファでいただくことが習慣化した。
頭をなでなでしあったことがお気に召したのだろうか。
そして、今日、いつもコの字に座っていたのに隣に座っている。
いつも以上に口数が少ない。
不機嫌そうに見えるが怒っているわけでもないようだ。
あぁ、あれか。睡眠不足で頭が働かなくなってるんだな。
「殿下。もしかして疲れがたまっているのでは?昨夜は、どれくらいお休みになりましたか?」
「...1時間、いや2時間くらいは寝たと思う」
「え!?1時間か2時間?じゃぁ、その前は?どれくらい休みましたか?」
「...多分、1時間か2時間。だと思う」
「...お昼寝はしますか?」
「いや、昼間は眠れない」
はぁぁぁぁ!?
「殿下。倒れます。それは確実に近いうち倒れます」
「大丈夫だ。慣れている」
ショートスリーパーか?いや、ラルフ殿下は罪悪感から眠れなくなった、と言っていた。
と、いうことは以前は、それなりに寝てた、ということだ。
こんなに酷いとは。
「殿下。寝てください。今すぐ。お茶は、もういいです。さぁ、ここで横になってください。わたしが枕になりましょう。ほら。足も上げてください。行儀など気にしている場合ではありません」
わたしは殿下を並んでいたソファに半ば無理矢理横にさせると自分の腿に頭を乗せさせた。
イケメンに膝枕。
もっと爽やかなシチュエーションでやりたかったが、まぁヨシ。
殿下は目をキョロキョロさせている。
「目を瞑ってください」
そう言って瞼の上に手をそっと被せた。
「ちゃんと見てますからね。夜はベッドで休まなければなりません。今日から眠くなくてもベッドには入ってください。体を横にするだけでも違いますから」
「しかし、夜は...」
「なんですか?まさか怖いとか言いませんよね。こんなに大人でいらっしゃるのに?」
黙ってしまった。
いつの間にか傍仕えも給仕係も部屋にいない。
それに、どうやら殿下は眠ったようだ。微かに規則的な呼吸音が聞こえる。
本当に整った顔立ちだ。
罪悪感か...。それについては何とも言えない。
きっと罪悪感を感じるようなことをしたのだろう。その苦しみは甘んじて受けるしかない。
でも、その背景を思うと、それだけでは可哀相にも思える。
犠牲になった人たちを思えば可哀相などと思うことを咎められそうだが。
この日を境に王太子殿下は、ちゃんと寝室に行くようにはなったようだ。眠れているかはわからないが。
時々、食後にソファで膝枕をしてあげることも増えた。
イケメンが膝枕を強請る様子は、こっちが悶えた。
ある日、珍しく王太子殿下にお茶に誘われた。
行くとラルフ殿下もいる。
「王太子殿下、お誘いくださいまして、ありがとうございます。素敵な場所ですね」
「かったっ!固いよ。何それ。いつも、そんなふうに話してるの?」
ラルフ殿下だ。
「王太子殿下、とか、まだ呼ばせてるの?ジェイクでいいじゃない。ねぇ兄上?」
「あぁ、そうだな」
2人の視線が、わたしにくる。
あ、これ呼ばないといけないヤツね。別にいいけど。
「ジェイク様。これからは、そう呼ばせていただきますね」
「...あ、あぁ」
「あぁ、じゃないでしょ?良かったね、名前で呼んでもらえるようになって。僕とダーレン兄上ばかり名前で呼ばれてズルい、て言ってたんだよ」
「ば...、言ってない!」
「アニス殿のことも名前で呼びたいんだって。いいよね?」
「ま、待て!お前は...、少し黙れ!」
「ジェイク兄上が言葉が足りないから僕が補足してあげてるんだよ。感謝してほしいな」
「こと、言葉が足りないのは自覚しているが、なん、何とかする」
「できてないじゃない。いつ、できるようになるの?」
「そ、近いうちだ」
「ふーん。ねぇ、アニスって呼んでもいい?義姉になるんだし、僕のこともラルフって呼んで?いーよね?」
「いいわけないだろう!?」
「いえ、いいですよ?ラルフ?」
「いいのか!?」
それくらい、どうってことない。
王太子以外の王族と親しくするのは、わたしの足場を固めるのにも、きっと役立つ。
その日は、ラルフがいたお陰で殿、じゃなくてジェイク様との距離が、ぐっと近づいた。
部屋に戻ってからアイストリア皇国からついてきてくれた傍仕えが、もう1人と共に人払いをする。
部屋には、わたしと幼い頃から仕えてくれている傍仕え2人だけ。
「王太子様ともラルフ殿下とも親しくなれたようですね」
懐から小さな紙を取り出し、わたしに渡してくれる。
それを開くと、さっと目を通し手に握りこむと燃やしてしまう。
「うん。城内のわたしに対する印象も良いし、陛下、男性陛下とも関係は良好。ダーレン殿下が少し面倒だけど、わたしの立場は固まりつつある。城下から、更に国内に向かって、わたしという存在をもっと大きくするには、やっぱり、もう少し時間が必要ね」
「焦りは禁物ですよ」
「わかってる。堅実を心掛けるわ。2人も情報の収集と操作、お願いね」
「は」
わたしは窓を開けると手の中の灰に、ふっと息を吹きかけた。
アイストリアで、あんなにいろいろやっていたアニス。
転んでも、ただでは起きませんでした(*ノω・*)テヘ




