癒しではない
ここへきて1か月ほど経過し、ダイナチェイン王国での生活にも少し慣れてきた。
結婚式の内容を決めたり、しきたりや作法の確認をしたり身の回りのものを揃えたりとやることは一応あるのだがアイストリア皇国にいた頃と違って仕事らしい仕事がない。
結婚すれば王族として公務がある、とは聞いているがアイストリア皇国にいた頃よりも余裕がありそうだとわかる内容ばかり。
わたしについてきてくれた傍仕えと護衛騎士となってくれたユーリの方が余程大変そうだ。
こちらの騎士団は王太子のお陰で容姿にこだわらない実力主義のためユーリの実力も認められ同盟国からきたトップクラスの実力を持つ騎士として受け入れられたようだ。
わたしにつけられた他の騎士たちとも上手くやっているようで、ほっとした。
今日もドアの前で警護してくれているユーリを見つめていることに、はっとし慌てて視線を膝に置いていた本に戻す。
本は、ダイナチェイン王国の歴史と王族について。
ドレスも、こちらのものばかり着用している。
今日は細かいプリーツの紺のロングスカートと白いロコットと呼ばれる着物のように袖が長いブラウスのようなものを合わせ、キモノの帯よりは細い帯で締めている。
帯は水色を基調にした艶やかな柄だ。
こちらでの装いは、なかなか気に入っている。
袖が長いのは高貴な身分を表わし王族の女性が立って手を下ろした状態で袖が床につきそうなものを最長とし、爵位によって段々と短くなっていく。
だから庶民は、ほぼブラウスだった。
ところで、そんな余裕を暇として持て余しているわたしだが悩みが1つ。
王太子の弟が、ちょこちょこ会いに来るのだ。
これがアルセンと負けず劣らずのブタさん。
アルセンと違うのは、鬱陶しいブタ、というところだ。
王子でしょ?仕事とか勉強とかあるでしょ?
遠回しに来るな、と言っているつもりなのだが、おそらく1ミリもわかってない。
自分が女性に拒否されるなんて考えたこともない男だ。
わたしの傍仕えにも態度が横柄なところも気に食わない。
廊下からドスドスと足音が聞こえてくる。
上質な絨毯が敷かれているのに、何故わかる。
そして、王子殿下の来訪が告げられる。
王太子の婚約者だよ?1人で、わたしのところにちょいちょい来るのはどうなのよ?
しかし、婚約者の弟、しかも王族を雑に扱うこともできず入室の許可を出す。
いつもは、すぐに座れとも言っていないソファに勝手に座ってお茶を入れさせて自分の部屋のようにくつろぎ、わたしを褒め称え、自分のモテ話をするのに部屋に入ったかと思うとユーリを不躾にジロジロと見る。
声をかけようとしたが弟殿下が先に口を開いた。
「お前がユーリという騎士だな。アニス殿の元婚約者と聞いたが本当か?」
「...はい。ありがたいお話でしたが解消されております」
「そうだろうな。お前、俺の兄上に負けないくらいブサイクだし兄上と結婚したうえにお前とも結婚じゃアニス殿は救われない。アニス殿には兄上と結婚してもらわねば困る。アニス殿のことは他の者が支えるからお前の出番はないぞ。夢を見るなよ?見るなら祖国へ帰るが良い」
わたしは思わずユーリと弟殿下の間に入り言ってしまった。
「わたしの騎士を辱めないでください。わたしが好きでユーリと婚約したのです。わたしが救われないですって?この国についてきてくれた傍仕えと騎士であるユーリには救われてばかりです。支えなら彼らが既になってくれています。殿下には御心配無用ですわ」
「...え?」
ユーリと弟殿下の間に入ってしまったためブタとの距離が近い。
なのに固まってしまったらしい弟殿下と見つめあってしまっている。
だけど、先に視線を逸らしたら負けのような気がして逸らせない。
やがて再始動した弟殿下は目をパチパチさせた。(ちっとも可愛くない)
「アニス殿。これが好きだったんですか?」
「これではありません。ユーリです。そして、答えは、はい、ですわ」
「アニス殿。あなたの美しさに相応しい美、というものがあるのを御存知ですか?いや、御存知でないのだな。もしや、醜いものばかり見ていて感覚が狂ってしまわれたのでは?あなたの噂は、ここまで届いています。美しく優しい天使のような方だと。こうして接してみて噂は真実だったのだと、今では城中のものが知っておりましょう。だからこそ、兄上のような外も内も恐ろしい男の妻となるあなたを僕が支えられればと思ったのです。兄上では心休まる時がないでしょうからね」
「お心遣い感謝いたしますが、わたしなら大丈夫です。王太子殿下とは、だんだんとお話ができるようになってきております。わかりにくいかもしれませんが王太子殿下は、わたしを気遣ってくださっていますよ」
「なんということだ。すっかり洗脳されている。さすが兄上。やることが早い。しかし、一体どうやって...?」
おい。小さい声のつもりだろうけど全部聞こえてるぞ。
それとも口に出してないつもりか?
弟殿下は「少し考える時間をくれ」と言って去っていった。
時間なら、たっぷりやるから来なくていいぞ。
それにしても、あのブ、殿下は、わたしの癒しになるべく、いそいそと会いに来ていたんだね。
まったくの逆効果ですよ、と教えてあげたい。言わんけど。




