楽しいイケメン
陛下にダイナチェイン王国の王太子との婚姻を命じられた翌日から怒涛の日々だった。
わたしが哀しみに浸る余裕もないほど周りが悲嘆に暮れていた。
父陛下も母陛下も兄様たちも兄様の妻となった方たちも、もちろんエイダンたち傍仕えの皆、ガードの皆が泣いて哀しんでくれた。
お陰で、わたしは慰める側となり、かなりポジティブになれた。
「あのような大国の女性陛下になれるのです。大変な出世?と言えるのではないですか?」
「王太子殿下は容姿に、かなり問題がある、と聞きます。絵姿が送られてこないのは、どうかと思いますが、わたしの好みが変わっていることは御存知でしょう?案外、わたしの好みかもしれません」
「フランお義姉さまは頭の良い方が好きなのでしょう?わたしもです。王太子殿下は、これだけ領土の拡大をすることができる方です。相当切れる方なのは確実です。期待大ですわね」
「わたしが幸せになれないとお思いですか?わたしは、かなりの幸運の持ち主なのです。見ていてください、幸せになってみせますわ」
「王太子殿下は、ひょっとすると、既にわたしのことを知っていて惚れられたのかもしれませんわね。同盟の条件として婚姻さえ結べば、良い取り決めばかりではありませんか。これは、わたしがあちらに行っても歓迎されるであろうことが窺えますわね」
「心配ばかりしていても仕方ないではありませんか。これまで婚姻による同盟はなかったのです。初めて、わたしという女性を妻に、と願ったということです。大事にされるはずですわ。そうでなければ女神さまの罰が下りますもの」
「陛下がお決めになったことです!仕方ないでしょう」と、どれだけ言いたくなったことか。
でも、お父様の気持ちを考えると、とてもそんなことは言えない。
それでなくても周りから非難の目で見られるというのに。
そして、それを庇うわたし。
そろそろ国中に公布される。
わたしは国民から一番支持されている皇族らしいから、ちょっと心配だ。
わたしは、アイストリア皇国では成人しているがダイナチェイン王国では16歳が成人なので、まだ結婚はできない。(ちょっと安心)
ダイナチェイン王国は、ここよりも北にあり冬が厳しいところだ。
王都は、それほどでもないらしいがアイストリア皇国より寒さが厳しいのは間違いない。
雪も降るらしい。
そのため雪が降る前にダイナチェイン王国に行くことになった。
あと4か月後のことだ。早いな。王太子は、わたしより7歳年上の22歳。
男性としては遅くもなく早くもないと思うのだが急ぎたい理由でもあるのだろうか。
それまでに公務の引継ぎやら準備やら、やることがたくさんで、そういう意味でも悲しみに浸る余裕はなかった。
ただ、夜になり寝る前には、いつもユーリのことを考えない日はなかった。
ユーリもフェルナンドも、とてもショックを受けていてフェルナンドは泣いて、わたしに縋った。
ソファに座るわたしの膝に縋るフェルナンドは子供のようだった。
フェルナンドは、いつも紳士で余裕のある振舞いをしていたからびっくりした。
フェルナンドのピンクプラウンの髪をなでなでしながら必死で、わたしは泣くまい、と頑張った。
ユーリは逆に淡々としていた。
「ほんの一時でもアニス様の婚約者となることができて幸せでした。庭園で言いましたよね?結婚してください、と、生涯お守りする権利をください、です。結婚はできませんが、お守りすることはできます。どこにでもついていきます。ずっと...」
この言葉に、逆に、わたしが泣いてしまった。
もう泣かない、と決めていたのに。
ユーリは抱きしめるでもなく、そっとハンカチを差し出した。
この距離が遠い。
もう抱きしめてもらえない。初めてなのかと疑ったキスも。
別れを惜しむ気持ちが強いせいか、あっという間に時が流れ、ダイナチェイン王国の迎えがやってくる日がきた。
迎えとしてきた代表者が王太子殿下の側近を名乗るアルセン・サンデルスという、びっくりするくらいのブサイク(失礼)だった。
これには宮城の女性たちが、浮ついた。めっちゃ浮ついた。
女性たちから、いろいろ機密情報(持ってない人がほとんどだけど)が駄々洩れだった。
これ、狙ってる?狙ってるよね。
たいした情報ではないはずだけどマズいことはマズい。
レスター兄様が、すぐに男性使用人だけで周りを固めたけれど女性たちが寄っていくのだ。女性たちの言うことを聞かない態度ったら!
だが、このアルセンという男。なぜか憎めない。
はっきり言おう。言っちゃおう。容姿は、ざっくりブタだった。
色の白い可愛いブタさんだった。
そんなブタさんが椅子にゆったり座り、近くに行くな、と言われているせいで遠くから眺めている女性たちに流し目を送るのだ。
きゃー、という小さくはない声にフッとアンニュイな雰囲気を漂わせ伏し目がちに微笑む様子は笑いを堪えるのが苦しい。
苦しいので笑っちゃう。控えめにな。
「ふふふっ。すごい人気ですね」
てな感じで微笑む。(というよりは笑う、に近い)
そして微笑みを絶やさない。(絶やせない、が正しい)
このブ、アルセンは出発の二週間前にやってきた。
ダイナチェイン王国のしきたりや作法などを直接指導してくれるためだ。
アイストリア皇国からは、わたしの傍仕えとして2人、護衛騎士としてユーリがついてきてくれることになっていたが寂しいことこの上ない。
ユーリがついてきてくれるのが嬉しいけれど申し訳ない気持ちもあり、元婚約者ということで気まずくもあり...。
だが、ブ、アルセンのお陰で出発前二週間は笑顔が増えた、と言われ国民感情を宥めるために出発時にパレードのようなこともすることになり、是非、傍で、わたしへの視線緩和や、わたしの笑顔増量のために仕事してほしいと思う。
あ、資料を手に紺色の髪をかきあげて、チラッとこっちを見てる。
ぷ。ホント勘弁して。笑うのを堪えるのは苦しいっつーの。
もちろん微笑んで誤魔化した。




