勇気を出してみた結果
ごきげんよう、アニス・ノア・アイスター 14歳です。
14歳になると同時にフェルナンドとの婚約、相整いました。
はいはい、目出度いね。
そして、無駄だと思ったのか減ってきていた釣書が復活した。
無駄なんだがな。
母陛下のプレッシャーもなくなって少し楽になった。
婚約したからと言って特に何が変わった、ということもない。
これまで通り、公務に励むだけだ。
いや違うな!違うだろっ!
ユーリだよ。
ユーリ篭絡作戦の再開、つーか、もっと本気で頑張らないと!
ユーリから動くことは望めないのは理解できる。
自分が皇女の夫なんて、とか、こんな容姿で結婚なんて、とか思っているのだろうから。
モタモタしていたからフェルナンドという婚約者ができてしまったのだ。
いや、ユーリがいてもタヌキは出てきただろうが。
とりあえず、今日のガードはユーリだしプロポーズもどきをどう思っているのか聞くしかない。
玉砕したらどうするか?
そんなことを考えるから動けなくなるのだ。
考えない。
そうなったときに考えることにする。
今日も天気がいいので休憩時に庭を散策することにしていたのだが、そのときに聞いてみよう。
「ユーリ、隣へきて。話しながら歩きたいから」
「はい」
ユーリは、ちゃんと隣に来る。
最初の頃、というか、しばらくの間、隣に並ぶことをかなり渋っていた。
だいぶ、わたしに慣れたことを感じる。
「ユーリが、わたしのガードになって5年ね」
「はい、そのときのことは今でも良く覚えております」
「この向こうには迷路があって一緒にゴールしたことも懐かしいわ」
「そうでしたね」
庭師たちは、もう迷路は造らなくなった。
代わりに花で造ったトンネルが増えた。
花で造られた短いトンネルをうっかり「まぁ素敵ね、もっと長ければいいのに」と言ってしまったためだ。
好みを口にするのは控えているのに本当に素敵だったので、うっかり出てしまったのだ。うっかり。
白とピンクの花で造られたトンネルに入る。
「ユーリ。3年くらい前になるけれど結婚について話したことがあったの覚えてる?」
「結婚、ですか?」
「そう。わたしがユーリの妻に立候補する、なんて言ったら、ユーリ、すごくびっくりしていたわ」
「え!?」
「ユーリは今も結婚、考えてないの?実は、そんな話があったり、する?」
「け...、いや、そんな話はありません。あるわけがありません」
「じゃあ、わたしが立候補したら.....困る?」
「立候補...」
「ユーリに、その気がないのに結婚を無理強いするようなことはしたくないの。もし、もしも嫌なら、そう言ってね...?」
わたしは隣のユーリをじっと見上げる。
ユーリは19歳。可愛らしいのは変わらないけど、すっかり男の人だ。
美少年と言えば美少年だし、可愛格好いいと言えば可愛格好いいけれど精悍な雰囲気が強くなって今しかない美しさを魅せてくれている。
じっと返事を待っていると、ゆっくり口を開いた。
その間、ユーリのピンクプラウンの眼は開きっぱなしだった。
「嫌だ、なんてことはありません。あるわけがありません。わたしだけでなく誰であろうとアニス様を断れる人がいるなんて思えません」
わたしは思わず、ごくりと唾を飲み込んだ。
「でも、わたしはアニス様に相応しくありません。もっと御自分に相応しい方は、たくさんいらっしゃるのに、何故、わたしなのですか?普通なら、からかわれていると思うところですが、アニス様は、そんな方でないのは良くわかっております。だからこそ、何故わたしなのかと思ってしまいます」
ユーリの目は不安に揺れている。
何か思惑があるのではないか、といったところだろうか。
でも、そこに嫌悪の気持ちはないことがわかって、とりあえずほっとする。
ここが正念場ではないだろうか。
頑張れ、わたし。
深く深呼吸してユーリを見る。
「初めてユーリに会ったのは、わたしが5歳のとき。時が止まったかと思ったわ。ユーリが、とても綺麗で恰好よくて可愛くて、わたしには天使に見えた。ユーリの境遇を聞いて、わたしが皇女の名で保護することに何の迷いもなかった。ユーリが練武会に出るときは、いつも応援していたわ。騎士団の訓練を視察するときも実はユーリばかり見てた。ユーリをガードにしたくて規則を変えたと言っても過言ではないわ。今日のガードがユーリ、という日はお洒落したくなる。ユーリが頑張っているところを見れば、わたしの小さな力でもいいから分けてあげられればいいのにと思う。ユーリが周囲を警戒している目や横顔はとても素敵。何度でも見惚れてしまう。ユーリ、今日も格好いい。会う度、そう思ってる。騎士の団服も最高に似合っていて格好いい。月光の団服も近衛の団服もユーリが一番素敵」
話していると気持ちが高ぶって涙が溢れてしまったが気にならなかった。
「アニス様...」
ユーリがハンカチを出して、そっと拭いてくれる。
「ユーリが好き。ユーリの気持ちが他にあっても、わたしはユーリが好きなの。ごめんね、皇族の、皇女の気持ちなんて重いものを伝えてしまって」
ユーリは優しい目をしていた。
でも、もう揺れてはいなかった。代わりに涙を滲ませている。
「わたしが格好良く見えるなんて、アニス様は目が相当お悪いのですね。でも、わたしにとって、それは幸運なこと。アニス様が、わたしをお厭いになるまで、お傍にいさせてください」
「ユーリ、それって...」
「わたしは、ずっとアニス様をお慕いしておりました。叶うわけのない望みは持たないようにしておりましたが、本当は、こうなることをとても強く思っておりました」
わたしは、もう本格的に泣けてきてしまって顔を覆ってしまった。
そんなわたしをユーリが、そっと抱きしめてくれる。
信じられない。ユーリに抱きしめられてる!
幽体離脱してガワから眺めたい。(思考が残念)
わたしはユーリの胸におでこをくっつけると腕をユーリの背に回す。
しばらくすると、わたしも落ち着いてきた。
ヤバい、めちゃくちゃ恥ずかしい。
ずっと空気になってくれているけれどエイダンたちも傍にいるはず。
ユーリが、わたしの肩を掴んでそっと離す。残念だが仕方ない。
でもユーリは、わたしから1歩離れると、わたしの前に跪いた。
そして、わたしを見上げると言った。
「アニス様を愛しています。わたしと結婚してください。生涯、貴方をお守りする権利をください」
「はい」
震える声になってしまったのは許してほしい。
わたしがユーリに手を差し出すとユーリは手を取ってキスをした。
2人で微笑んでいるとコツン、と音がその場に響いた。
見るとエイダンがトンネルの支柱を叩いたらしい。
休憩時間は既に過ぎているようだ。
傍仕えたちは皆、目を伏せているが、ばっちり見られていたことはわかっている。
わたしもユーリも真っ赤になって仕事に戻った。
でも、とても幸福な気持ちで、仕事に戻ってもユーリをチラッと見ては赤くなる、ということを止められなかった。




