エイダン...
ごきげんよう、アニス・ノア・アイスター 13歳です。
早いものです。
ユーリ篭絡作戦が上手くいかないまま現在に至る。
変にプロポーズもどきをしてしまったために返事を聞くこともできず、悶々としたまま現在に至る。
あぁ、臆病ですとも。
でも怖いよ、振られたらどうする?
立ち直れそうにないよ?
ガードを解任したくもないしお互いに気まずくなっちゃうし。
でも、そばにいるのも辛いような...。
ユーリも、あの日のことはなかったことのようにしているし、そもそもプロポーズもどきをした後、思考停止していたようだから、アレをどのように思っているのか非常に不安だ。
夢とか思ってたりしないかな、と。
ところで今日はアイスター学院に来ている。
(ユーリ篭絡作戦を棚上げしているわけではない。決して)
ライム兄様とジルリアン兄様は、わたしより多くの公務を抱えているから公務でもないアイスター学院の運営は、わたしがメインでやっている。
だから、一番顔を出さなきゃね、という思いもあって、なるべく来るようにしているのだが、今日は初めて会う子供が1人いる。入ってくる子、卒業する子の報告は受けているが、ここのスタッフは、よく子供を拾ってくる。
卒業していった子が連れてきた、なんてこともあったな。
卒業していった子供たちも、みんな上手くやっているようで嬉しい。
ちゃんとした教育を受けさせているから良い職にもつけているようだ。
ふふふ。狙い通り。
アイスター学院には以前のシモンのように授業だけ受けに来ている子もいる。
もちろん条件があって教育を受けられる程の余裕のない子供だけを受け入れている。
その判断も、ここのスタッフに任せているのだが優秀過ぎる。
十分な人数を配置しているつもりだが、街に出て助けを必要としている子供を探すような暇、あるんだろうか。
今日は、それも確認したいと思ってきた。
スタッフに話を聞くため食堂で待っているとエイダンがシモンを連れてきた。
「シモン!久しぶりね。元気そうで良かったわ。ところでシモンがどうしてここに?ここの授業は終えて、もう来ていないんじゃなかったの?」
シモンは3年程、アイスター学院に通うと、ここでの課程を終えてしまいエイダンが高いレベルの授業を受けられるように城に連れてくるようになっていた。
顔の傷は少しずつだが薄くなっている。
「シモンが、ここに来る子供たちを見つけてきているのです。子供たちを見つけてくるスタッフを連れてくるように、ということでしたので」
え?シモンて、わたしの3つ下だから、まだ10歳よね。
10歳に、そんなことさせてるの?
「エイダン、どういうこと?あなたが命じたの?」
「はい」
「.....」
「皇女様。命じられたのは確かですが、僕もやりたいと思ったからやっているのです。無理矢理ではありません。皇女様は、僕に会うと、いつも嫌なことはないか、やりたくないことをやらされていないか、自由にしていいのだ、と気にかけてくださいますが、そんなことは一度もありませんでした」
「...大丈夫?」
「はい。毎日、結構楽しんでやってますよ?」
「そう。それならいいのだけれど、わたしはシモンの味方だからね?エイダンより権力はあるよ?」
「ふふ。はい。わかっております」
エイダンが細い目を更に細くしていたが気が付かないことにした。
城に戻って詳しく話を聞くことにする。
アイスター学院の食堂で色々と質問をしていたら、それは城に戻ってから、などという項目が多すぎたのだ。
なんか怪しい...。
シモンに危険なことさせてないでしょうね?
城の執務室で話を聞く。
シモンは傍仕えとしての教育も受けつつ現在は簡単な諜報活動をしているらしい。
傍仕えの男性は皇族の世話に始まり、公務の補佐、護衛、諜報まで幅広く知識や訓練、経験を必要とする。
エイダンはシモンの素養を計り、諜報よりの傍仕えにしようとしているらしい。
初めて聞いたぞ。
シモンには自分でつけた大きな傷が顔に残っている。
顔を傷つけたのは、この顔のままでは、また痛めつけられる日々に戻ってしまう、と考えてのことだったらしい。
そのため傷の治療を拒否していたのだ。(18話ね)
わたしが炎症を冷やすことを拒否しなかったのは何故なのかわからない。
それにしても5歳で、その思い切りの良さ、というのか覚悟の決め方、というのか凄いものがある。
普通、顔を傷つけようと思っても躊躇するものではないだろうか。
エイダンも、そのことから育ててみようと思ったらしい。
結果、大変優秀だったようだ。
顔の傷のせいで目立ったことはできないが子供であることを活かして相手を油断させ、情報を聞き出すのだとか。
「もちろん、まだ危険なことはさせていませんよ」
とエイダンは言っているが怪しい。
前世の児童福祉法なんて知識があるわたしには子供に酷いことをしたり、させたりするのは、この世界の人と比べたときに大変な抵抗がある。
まだ、てことは、これから先、危険なことをする、ということは確定なわけで。
シモンの父、シャスタニエ男爵は最近になって床に伏せがちになって長くない、と言われているらしい。
罰が当たったんだ、罰が。
だがそうなれば、シモンは幼いながら男爵になるのだ。
いくら優秀でも10代で爵位を継ぐのはキツいだろう。
あまり負担になるようなことはさせたくない、とはっきり言っておかねば。
わたしは酷い環境から救いたかったのであって別の苦しみを与えたいわけではないのだ。
◇◇◇◇◇◇◇
わたしはエイダン・ノバック。
アイストリア皇国、アニス皇女殿下の傍仕えをしている。
わたしの主、アニス様は大変お可愛らしい、が大変変わっておられる。
女性らしくなくお優しい。そして、女性らしくなく我儘を言わない。(滅多に。時々出る)
更に、女性らしくなく醜い男に寛容である。いや、寛容というより好んでおられるようにも感じる。からかって楽しんでいるようにも見えるが真意はわからない。
だが容姿に関わらず気の毒な境遇に置かれている者を身分関係なく放っておくことができないお方で、努力するものが報われない制度も撤廃するような君主の片鱗もお見せになる。
だが、この方は君主には向かない、と今はわかる。
ご本人に皇帝陛下になる気はなく兄君を補佐するつもりでいるようだ。
この方は優しすぎる。
今もシモンという傍仕えにしようと教育している少年を保護しようとしているが、シモン本人もアニス様をお支えしたい、と望んでいることなのだから、わたしは止めるつもりはない。
もちろん、若干誘導したことは認めよう。
アニス様に初めてお会いしたときに既に気を許したようにしていたシモンにアニス様の為人を教え、努力するものをアニス様はお好きだ、とか、学業優秀なもの、護衛する技量のあるものはアニス様の傍仕えになれる、とか、この情報を城下で集めてくれればアニス様のお役にたてる、とか。
来月には隣国の国境線に行ってもらおうと考えている。国境線と言っても我が国との国境ではなく、その向こうの国との国境だ。
もちろん危険は、それほどないし一人で行かせるわけではない。
ダイナチェイン王国の領土拡大が、そこまで迫ってきていることで隣国の動向を調査してほしいのだ。
既に隣国と同盟は結んである。
そのため、隣国に何かあれば我が国の騎士団も出動することになるだろう。
ダイナチェイン王国の狙いは何なのか。
どこまでの領土拡大を狙っているのか。
直接、国交のない国とも交渉をする必要があるのではないか、陛下は既に何かお考えのようだが極秘事項故に何の情報も漏れてこない。
ならば自分で調べるしかあるまい。
少なくともアニス様の身に危険の及ぶようなことは早く対処しなければ。




