続・作戦される側、またの名を side ユーリ
「じゃ、行きましょうか、ユーリ」
「はい」
アニス様について庭園に造られた迷路に入る。
アニス様の身長にはちょうどいいが俺の身長だと少し先が見えてしまう程度の木々がうまい具合に刈り込まれている。
この迷路はアニス様が楽しめるようにと造られた庭師たちの愛の塊みたいなものだと宮城にいるものなら、みんなが知っている。
アニス様は、その容姿は当然のことだが性格も高慢なところがないし公務も真面目にこなすし我儘らしい我儘もなく、いつもにこにこして可愛らしいので城中の癒し的存在だ。
そりゃ庭師にも好かれて当然だ。
中に入るとアニス様が俺の手を握ってきた。
わぁぁぁ、小さいし柔らかい。
「手、繋いで行こ?」
「...はい」
にこにこしているアニス様に誰が拒否できるというのか、そんなヤツがいたら敬意を表して殴る。
行き止まりにぶつかっては戻る、を繰り返しているうちに暖かい日差しのせいか、俺の緊張のせいか繋いでいる手が汗ばんできた。
どうしよう。
俺から離すなんてしたくない。
でも俺なんかの汗でアニス様の手を汚すのもしたくない。
と、思っていたらアニス様が自分の持っていたハンカチで俺の手を拭いてくれた。
マズい。アニス様のハンカチが汚れてしまう。
「アニス様。わたしもハンカチならありますから御自分の手を拭いてください。ハンカチが汚れます」
慌てて手を離そうとしたがアニス様は離してくれない。
強く振り払うこともできず拭かれるままとなる俺の手。
「ハンカチは汚れるものよ」
なんてことないように言うと自分の手もさっと拭いて再度、手を繋いでくる。
でも、また汗ばんじゃうのに。次は俺のハンカチで拭いて差し上げよう。
「今度は手を少し冷やすわね?」
手の平を中心に少しひんやりとして気持ちいい。
「アニス様は水属性持ちでしたね」
「うん、ちょっと便利でしょ?」
俺のハンカチの出番はなくなって少し残念だが、これならずっと繋いでいられる。
「はい、いいですね。わたしは光属性なので、あまり便利なことはありません」
光属性は最も使えない属性と言われる。
せっかく魔力があっても使えない。醜い俺にピッタリなどと言われたことがあったな。
反応がない。ネガティブなことを言ったから引かれたかもしれない。
アニス様のガードになって近衛に大抜擢された格好の俺だが容姿が良くなったわけでもなくネガティブな考え方はなかなか消えてくれない。
でも、そんなマイナス思考の騎士ではガードに相応しくない、とガイに言われてアニス様のガードであることを誇りに思い堂々としていようと頑張ってみている。
でも、ちょっとしたときに出てきてしまうのだ。
「...アニス様?」
「あぁ...、なんでもない。いや、ちょっと聞いていいかしら?」
「なんでしょう」
「ユーリは魔力持ちと結婚したいとかある?」
「え!?結婚!?俺がですか?え?俺?いや、わたしが、ですか?」
結婚だって?確かに魔力持ちにこだわる人はたまにいる。
でも、俺なんて...、あぁ、またネガティブな考えだけど、これは事実だからな。
「あー...、わたしは、こんな見た目ですから最初から考えておりません」
「そんなことないわ。ユーリは素敵よ?自己評価が低過ぎるわ」
いつもアニス様は俺を肯定してくれる。
でも事実として女性に受け入れられる見た目でないことはわかっている。
アニス様のお陰で日陰者だった俺たちも日に当たる場に出られるようになった。周囲の人の目も少しだが変わった。でも、まだまだ俺たちのようなものを認めようとしない人はたくさんいる。
「いえ、いいんです。期待してダメだったときが怖いんですよ。臆病なんです」
「じゃぁ、こうしましょう?わたしがユーリの妻に立候補するわ」
.....は?今、なんて?立候補?
妻?
夫?
俺が妻?...なわけないな。アニス様と結婚するって?
俺が?
なわけないっつーの。
誰が言ったんだ。寝言は寝て言え。
あ、なんて暴言を。俺が言うわけないということは目の前のアニス様しかいないということでアニス様が、そんな寝言を?
アニス様?
アニス様は俺にとって、とても大切な方だ。決して失うわけにはいかない。
ん?
アニス様がなんて?
“わたしがユーリの妻に立候補するわ”
もう一度お願いします。
“わたしがユーリの妻に立候補するわ”
...はぁぁぁぁぁぁぁっ!?
何を馬鹿な。
冗談?冗談なの?冗談でも、そんなこと言ったらいけません。て習わなかったのか?
う?
いやいや、アニス様は、そんな冗談言わないよな。
え?なんて?
“わたしがユーリの妻に立候補するわ”
そんなこと言うっ!?
あぁ、夢か。なーんだ。ほっとした。いや、残念だったかな、ちょっと。
ん?人の気配。
帯刀している剣の鞘を掴む。
曲がり角から1人の男の子が現れた。
身なりから貴族の子供と思われる。
子供と言っても年は然程変わらないようだ。
アニス様より少し上、俺よりは下、といったところか。
「あ、皇女様」
その少年は嬉しそうに声をかけてきた。
「アントンさん?」
「はい、皇女様。わたしのことを覚えていてくださったとは光栄です」
アントンという少年はアニス様の顔見知りだったか。
更に厚かましいことを言ってくる。
「あの、よろしければ御一緒することを許していただけますか?」
「ええ。同行を許します。一緒に行きましょう」
ち。俺はアニス様しか守らないからな。
邪魔なんだよ、禿げろ。
アントン少年がちら、と俺を見て見下すように、ふ、と笑ったのがわかった。
アニス様からは見えてない。
こいつ...。
アントン少年はアニス様に何をするでもなかったが、終始楽しそうにしていて何度も話しかけていた。
アニス様の話し方は皇女の話し方で、いつもの気さくな感じではなく、それが俺の優越感をくすぐった。
途中、アントン少年がエスコートを申し出たが「迷路は遊びだから」と断られていた。
け。ざまぁ。と思った俺は心が狭い。




