作戦Ⅰ
「遠乗りに行きたい!」
「...アニス様、馬、乗れましたか?」
「乗れない」
「では、乗馬の練習許可を陛下にいただいてからですね。頑張ってください」
「違うの。誰かに乗せて欲しいの。本に婚約者の馬に乗せてもらうシーンがあったんだけど、わたしもそれをやりたいだけなの」
「では婚約者を決めたのですね?どなたです?」
「決めてない」
「...では、決めてから仰ってください。それからですね」
「待てない」
なんだか不毛なやり取りに聞こえるが、名付けて『ユーリと2人きりでお話しちゃおう』という作戦を決行中なのだ。
今日のガードはユーリだ。
ユーリの乗る馬にのせてもらおう、そして、いちゃいち...ではなく!
ゆっくり馬上で口説こう、という作戦だ。
馬上で小さい声なら周りには聞こえまい。多分。
どうやって口説くかだと?11歳だよ?前世の自分自身の記憶が曖昧なせいもあって経験値はないよ、行き当たりばったりだ。
...決して、前世での経験値が0とかいうわけではないはず。多分。
それに口説くのに失敗しても馬上に2人、というのは大変美味しい。でへ。
いやいや、わたしが嬉しいとかじゃなくてユーリにわたしを意識してもらおう。
「大体、婚約者がいたとしても馬だなんて陛下が許してくださいますかねぇ」
「お兄様方からも止められると思いますが」
が、早くも躓いた。
と、思った?
わたしに抜かりはない。既に陛下の許可は取ってある。
もちろん、最初は反対されたが、普段我儘を言わないわたしの泣き落としに落ちてくれました。
城の裏手に広がる丘まで、という条件付きだが。
ユーリと2人で馬に乗るのが目的なので問題はない。
「大丈夫。お父様の許可は取ってあるわ」
「...仕事が早いですね。そんなに行きたいんですか」
「うん」
「それなら予定を調整しましょう」
やったね!
「ユーリ。あなたが乗せてね?」
「え、わたしですか?!」
「そう。お父様の条件がガードに乗せてもらうことと、城の裏手の丘まで、だから」
「は、い。でもガードなら」
「楽しみー。そこでランチとかできたら素敵ね!ピクニックと言うのでしょ?それもしたいわ。初めてだもの」
他にもガードがいるとか言わせるものか。
他のガードでは目的が達成されないんだから。
そして決戦、じゃないね、作戦決行当日。快晴である!
これも、ひとえにわたしの日頃の行いゆえか。 ...すまん、調子にのった。
今日のわたしはズボンだ。この世界では女性のパンツスタイルも珍しくない。
ユーリの邪魔にならないように髪も右に編んで束ねた。
傍仕えの女性たちも行きたいというので3人全員連れて行くことに。ガードはユーリ以外にもガイが来ることになったが、わたしの警護のために人を乗せることはできないということで近衛騎士を余計に手配しなければならず、思っていたより大人数での遠乗り(と言っても城の裏なので大した距離ではない)になってしまった。
口説くのに人は少ない方がいいんだけどな...。
傍仕えの中には馬に乗れないものもいたため、馬車でランチを持ってきてくれることになった。
ユーリが後ろに乗ると、かなり密着度が激しい。
こ、これはいけません。いきなり密着し過ぎです。かなり色々なことをすっ飛ばしてくっついてる気がする。
馬上の高さ、ユーリとの近さ、慣れていない人が多いため、ほとんど歩いている状態だが意外と揺れる。
これでユーリと楽しくお喋りだと!?
あまつさえ口説くだと!?誰が言った。あぁわたしだ。
無理だ。これは慣れてからでないとムリなヤツだった。
乗馬を甘く見ていた。
......まぁヨシ。
やっちまったものはしょうがない。
こうなったら普段味わえないユーリとの密着、そしてランチを楽しむことに全力を注ごう。
わたしは気持ちの切り替えが早いのだ。
てゆうか、ユーリとの密着イベントを楽しまずにどーする!
こんなの、今だけだよ!
少し自分の状態にも気持ちにも余裕が出てきたのでユーリを見上げてみる。
チラッと。
「うわぁ」
あ、しまった、声に出た。出てしまったが、こんなの耐えられませんでした。
すぐに前に向き直ったけれど間近のちょい下からの初ユーリ。やっぱ美少年。天使。
もっと見たかった。
「...どうされましたか?気分が悪くなりましたか?他の人に変わった方が...」
「え!ダメ!やだやだ、ユーリがいいの!このままでお願い!」
何やら後ろが固まっている気がする。ユーリなんだけど。
あ、もしかして誰かを乗せるのは経験ないとか?ユーリに負担が凄くかかっていたりするとか?それか、わたしを乗せるのは嫌だったり...?
いや、まさかな。嫌われてない自信だけはある、つもり。なんだけど。
そろ、と、もう一度後ろを見る。
赤い。赤くなってるユーリ。可愛いか。
「わたしを乗せるの負担?大変?誰かと替わりたい?」
「いえ。鍛えてますし訓練もしています。大丈夫です」
ふおぉぉぉぉ。
耳元っ!ユーリの声って変声期を終えたくらい?かと思うのだけれど男性にしては可愛い声なんだよね。
でも囁く、ていうか小さい声だと低いのが強調されてユーリから男を感じてしまう。
いや、男の人なんだけどさ。
ヤバい。変なこと考えてると落馬しそうだ。
もし落馬なんてしたら、ここにいる全員の責任問題になってしまう。
そして、もう二度と馬に乗る機会などなくなるに違いない。
ユーリと密着イベント(イベントではない)が、これっきりなんて事態になったら大変だ。
「じゃ、このまま目的地までお願いね?」
と言い捨てて、馬に安定して乗ることと景色に集中した。
目的地につくと早速ランチの用意だ。馬車は既に来ていて荷物を下ろしている。
少し足がガクガクするが、気を取り直してわたしは辺りを見まわした。ここには初めて来る。ここからだと遠くに城が見える。
城の裏手は小高い丘になっていて、その向こうは崖だ。
つまり城の裏側から攻め込まれる心配は少ない。
ランチは、皆で一緒にとることにした。
これだけ見晴らしがいい中で、わたしのガードも含め近衛騎士が7人もいるのだ。
来るわけないと思うが、悪意を持った誰かが来たところで何ができよう。
ランチは非常に美味しかった。
こんな所で食べるなんて初めてだ。
馬車で折りたためるテーブルやイスも持ってきていて何か違う感があったが、前世の記憶のせいだろう。
シートを敷いて、その上でお弁当を食べるイメージだったのだ。うん、庶民的。
ピクニックというよりキャンプみたい。テントはないが。
この辺りは庭師が管理しているわけではない。草が生い茂らないようにしているだけの管理しかされていない。
けれど森、いや林か?その方向から小さな花びらが舞ってきて非常に良い雰囲気だ。
初めて来たのだし、ちょっと探検とばかりに辺りを気の向くまま散策する。
それ以上は行かないでください、と言われる所で眼下に何か見えることに気付いた。
町や村にしては何かおかしい。ごちゃごちゃしていてスラムのような感じ...?
でも、こんなところには何もないはずでは?地図にない町?にしてはワクワク感がない。
「エイダン、眼下に見えるアレは何?」
「あぁ、あれは他国から流れてきた人たちの集落です」
「他国から流れてきた、というのは?」
「3年くらい前から近隣国を併合、または属国にして領土を広げているダイナチェイン王国のせいです。そのために戦争に発展した国もありますし内戦が起こっている国もあります。そんなところから逃れてきた人が、我が国にもいるんです。ここは遠方のため他の国に比べたら少ないですが」
なるほど、つまり前世の世界で言うところの難民キャンプか。
「国からの支援はあるの?」
「ありません。神殿からの支援のみです。国民の税金を他国のものに使うのは反発があるでしょうからね。致し方ありません」
あー、そういう考え方なんだ。
知らなきゃ良かった、と思ってしまうわたしは冷たい。
でも、知ってしまったからには何か動かないと。
こちらの考え方は厳しいようだし、他国での扱いも調べて何ができるか、何が問題になっているかも調べないと。
気分は落ちてしまったけれど、帰ったら考えることにしよう。
もちろん、帰りもユーリと一緒の馬に乗ったよ。
花びらがユーリの髪についていたので取ってあげると少しだけ頬を赤らめて、にこっと微笑みお礼を言われた。
だから、照れる美少年は目に痛いっつーの。
小さな声も馬上では耳元に近くてヤバいっつーの。
微笑み返したつもりだけど、上手く顔を作れたか自信がない。
難民もだが、ユーリ篭絡作戦が失敗したため、こっちも考えねば...。




