立食パーティ side ユーリ
今日は、皇女様が普段世話になっている者たちを労うために催された立食形式のパーティだ。
皇女様は皇族だし女性なのに使用人たちを労うなんて本当に、なんて人なんだろうと思う。
そんな方にお仕えすることができて、俺は人生の幸運を使い切ってしまったのではないかと怖くなる。
まず、皇女様に挨拶に行くが列をなしているため、大人しく列に並ぶ。
本当はパーティなんて、人が多く集まるところは苦手だ。
みんな、俺を見ると目を背けたり、ひそひそと話したり、酷いと悲鳴をあげたり、失神する人もいる。
だけど、皇女様の傍にいると不思議と目を背ける程度で済まされることが多い。
練武会や、その成績により俺みたいな者でもガードになれることが知られると月光騎士団の見方も変わってきた。
それに、このパーティには皇女様の関係者しか招かれていないから月光騎士団の集まりでもないのに居心地は悪くない。
今日のパーティも実は少し楽しみだった。こんな日がくるなんて...と皇女様に初めて会ってから何度思ったことだろうか。
今日の皇女様も本当に可愛らしい。今日のドレスは薄い紫色で前が短く後ろに向かって長くなっていくデザインで裾がひらひらしていて可愛い。可愛い、ていうか綺麗だ。
皇女様は10歳になって少しずつ大人っぽくなっていく。今でも、こんなに綺麗なのに大人になったら、どうなっちゃうんだろう。
まぁ、どうなろうと俺なんかの手の届く方ではないんだが。
でも、もしかして夫の末端にでも入り込めないだろうか、などという浅ましい考えが浮かぶ。月光騎士団にいた頃に「美人だったら腕のたつ夫の1人くらいいた方がいいよな、だったら俺なんかいいと思うんだよ。そしたら夫の端くれにでも加えてもらうなんてこともありうるよな」なんて夢見たようなヤツがいたな、と変なことを思い出すが皇女様にはガードがいるし皇族を守る騎士もいっぱいいる。ましてや皇女様なら守りたいという騎士なんて、それこそ掃いて捨てる程いるだろう。
馬鹿か、俺は。
ふ、と1人自嘲していると俺の番まで、あと一組だった。
普段、ガードとして警護しているときは皇女様の後ろにいるし周りを警戒していて皇女様を眺めるなんてできないが、こうして間近で見ると、やっぱ綺麗だなぁ、なんて、ぼーっと見ていると皇女様と目が合った。
皇女様は俺を見ると笑顔を向けてから目の前の相手に話しかけた。
えー?俺を見てにこっとした。にこってしたよな?
時々、こうゆうことがあるから俺みたいなのが夢見ちゃうんだよ。
それって罪です、皇女様...。
ガードになってから他人に皇女様のお気に入り、と、からかい半分でだが、言われるようになった。俺の父親のせいもあったようだが、どうやら俺は皇女様のお気に入り、と思われているようだ。
それは少し本当なんじゃないかと思っている。
それくらい思ってもいいんじゃないかな。だって、そうじゃなければ俺の保護者なんて引き受けないだろうし、何といってもガードに選んでくれるなんてないだろう。
だって俺だよ?
俺の番がきた。
「ユーリ、いつもありがとう。あなたには本当に感謝しているの。今日は楽しんでね」
皇女様の後ろにはガイがいるが、いつも傍にいるエイダンたち傍仕えがいない。
エイダンたちも今日は皇女様の近くにはいるが、好き勝手に飲み食いして話したり笑ったりしている。
「わたしは皇女様にお仕えすることができて幸運に思っています。だから、わたしが御礼を述べる側だと思うのですが、せっかくの皇女様のお気持ちですから今日は楽しみたいと思います。ありがとうございます、皇女様」
軽く礼をして頭を上げると、皇女様は首を傾げて俺を見ている。
何か失言があっただろうか、と、ひやっとしてしまう。
「ねぇユーリ、わたしのことアニスって名前で呼んでくれない?」
ビシッ!と周囲の空気が固まるのを感じる。
もちろん俺もだ。
「は、名前...ですか?」
皇女様の名前なんて傍仕えの人たちだって呼んでない。
名前で呼んでいるのは陛下や兄君たちだけだったはず。
俺が呼べるわけないだろう!?
「そう、名前。呼んでみて?」
なのに、皇女様は名前で呼べ、といい笑顔で言ってくる。
可愛いけど、今はマズい。呼べないって...。
ほら、皇女様の傍仕えの人たち睨んでるよ。気づいて、皇女様。
「ダメ?」
ダメじゃない、ダメじゃないけど...。
あぁ、本気で残念そうな顔をしないで。
あぁぁぁぁ、どうにでもなれっ!
「ア、アニ、ス、様」
「うん、今度から、そう呼んでね」
「は、今度、から...?」
「公の場以外では名前ね?約束よ?」
皇女様は本気で嬉しそうに言う。いや、約束って、そんな自信ないんだけど。
と、エイダンたちが駆けてきた。
「ちょっと皇女様。ユーリだけ名前で呼んでいい、とかどういうことです?」
「わたしたちの方が、ユーリよりずっと長くお仕えしているのに」
「そうですよ、わたしたちは名前で呼べないのにユーリが呼べるってズルいです」
皇女様はキョトンとしている。可愛い。
いやいや、可愛いけどキョトンじゃないから。
エイダンたちの言うことは当然だ。
「あら、呼んでいいわよ?」
「え。名前でお呼びしてもいいのですか?」
「いいわよ?呼びたかったら呼べば良かったのに」
「許可もなく呼べるわけないでしょう」
「え?エイダンたちも?」
「もちろんです」
「えー...、エイダンたちは好きで皇女呼びなんだと思ってた」
「いやいや、名前呼びなんて許可がいること御存知でしょう?」
「だってエイダンたちは物心ついたときには、もう傍にいたから...」
いや、どういう理屈だ。
「まぁまぁ、みんな、皇女様が好きってことなんですよ。エイダンたちも呼んでいいって許可もらったんだから、もういいだろう?」
皇女様の後ろからガイがとりなすように声をかけてくる。
今日は皇女様と比較的親しい人が多いから何でもアリだな。
普段なら皇女様の挨拶に割って入るようなことはできないし、ガードも後ろから声をかけるなんてことはしない。
「ところで、わたしもアニス様、とお呼びしても?」
更にガイも名前呼びを許してもらおうとしている。ちゃっかりしている。
「えー、どうしようかな...」
「皇女様、そりゃないでしょう」
「ふふふ、冗談よ」
皇女様はガイの反応にクスクス笑っている。
俺、皇女様の周りの空気感。好きだな。
皇女様の周囲は、いつも優しくて暖かなそよ風が漂っているようだ。
けれど、俺の後ろにも列ができている。
名残惜しいが順番を譲る。
挨拶も終えたことだし、せっかくの御馳走を食うことにした。
さっさと食べて皇女様のガードをガイと代わってやってもいい。
いや、代わってやろう。
ほぼ肉類を中心に皿に盛り、空いているテーブルへ持っていって食べていると声を掛けられた。
エドワルド団長だった。
「元気にやってるようで何よりだ。皇女様を名前で呼ぶ権利を一番に与えられるなんて、さすがお気に入りだな」
さっきのやり取りを見ていたようだ。
「いや、皇女様は傍仕えは好きで皇女呼びしていると思われていたみたいだし...、一番てわけじゃないと思いますよ」
「言ってることと顔が一致してねーぞ」
「え?」
「気づいてない?にやにやしてるぞ」
マジか。思わず頬に手をやる。
「男のにやけ顔なんて、見たくねーんだが」
戻れ、俺の顔。
「ユーリ。会わせたい人がいるんだが会ってみないか?」
「会わせたい?」
「男爵になったお前の兄だ。その弟も来ている」
残り僅かになっていた皿に伸びようとしていた手が思わず止まる。
兄たちの記憶はあまりない。
一緒に遊んだ記憶はあるが5歳までのことだから、随分おぼろげな記憶だ。
上の兄は俺を庇って殴られた、と知ったのは裁判でのことだった。
俺に食事を差し入れようとした使用人がいたことも初めて知った。
月光騎士団の仲間のような俺を助けようとした人は中にもいたのだ。
知ったときは、ちゃんと助けてくれよ、と思いもしたが使用人が主である子爵に何ができるでもない。兄だって当時は子供だ。
だから別に腹が立つでもない。
まぁいっか。ちょっと会ってみるくらい。嫌なら、もう二度と会わなければいいんだし。
そんな軽い気持ちだった。
庭も解放されていたのだがエドワルド団長に連れられて庭の隅の方へ行くと2人の男性がいた。
どちらも普通の容姿だが年上の方は穏やかそうな雰囲気をしている。もう1人は俺より少し年上、といったところか、これが2番目の兄なのだろう。
「こちらがドールスタン男爵。ユーリの兄君だ。隣はユーリのすぐ上の兄君のハリー殿だ」
「久しぶりだね、ユーリ。生きているとわかってから、ずっと謝りたいと思っていた」
兄のドールスタン男爵は俺を真っすぐ見て深く頭を下げた。
「ごめん。助けられなくて、ごめん。何もできなくて、ごめん」
すると次兄のハリーも深く頭を下げた。
「僕もごめん。僕は何もしなかった」
「頭を上げてください。わたしは2人には怒っていません。お互い子供だったんだから、あなたたちに何ができたとも思わないですし」
2人は、ゆっくり頭を上げる。
ドールスタン男爵は涙を滲ませている。
この人は誠実な人なんだろう、と思う。
「本当に2人には何も思うことがないんです。あの人には思うことがたくさんありますけど、もう終わったことですし、もういいんです」
「でも、母上に言われたんだ。お前はお兄ちゃんなんだから2人を守ってあげてね、て。もしかしたら母上は父上がユーリを粗末に扱うのではないかと心配していたのかもしれない。時々、父上がユーリに何か言ってないか、とか、後から思えば探るようなことを聞かれたから」
母親が心配?
母親の記憶なんて兄たち以上にない。
でも、母親が俺のことを案じてくれていた、と聞いて嬉しい。
こんな感情、残ってたんだな。
「あの邸は売ったんだ、領地も小さくなったから、もっと扱いやすい邸がいいと思ってね。良かったら、いつでも来てくれ」
「ユーリの部屋も用意したんだ。好きに使ってくれるといい」
俺の部屋?
俺に帰る場所ができるのか。
「わざわざ用意なんて良かったのに。でも、ありがとう。そのうち行ってみるかもしれない」
そう言うと2人の兄は、ほっとしたような顔をする。
もしかして、この2人も辛かったのだろうか。あんなヤツと一緒に暮らしていて...。
俺は自分のことばかりで2人の兄が、どうしていたのか、何を思っていたのか、とか何も考えていなかったことに気付く。
俺って子供だな。




