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竜の瞳と聖女の涙  作者: 小鳥遊 美鈴
第一章  竜の瞳と宝石の花
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第八話  縮まる距離

 翌朝、今回は探知の魔法を忘れずかけスッキリと目覚めたレナは歯を磨き調理小屋へ向かった。

 2人は疲れからか小屋に入ってきたレナに反応する事なくまだ眠っていた。

 朝日が差し込み2人の顔を照らしている。


「とりあえず朝ごはん作り始めたら起きるか」


 無理に起こそうとはせず、朝食を作り始める事に。

 昨日のスープはまだ少し残っていたためそれにきのこなどを加えかさ増して温め、ベーコンと卵を焼き白パンを切れ込みを入れて表面がサクッとするぐらいに焼いた。


 そして新鮮なレタスを洗い千切って、焼いた白パンにレタス、ベーコンと卵を挟みマヨネーズをトッピングし好みで粗挽き胡椒をかけ朝食を完成させた。


 朝食が出来上がる頃には2人は起きてきて最初ビックリしていたが、昨夜の事を思い出していたのだろう顔を洗う水を用意して渡してやればスッキリと目覚めたようだ。


「食べる?」


 3人の朝食が始まった。

 ドロワは美味しいと笑みを浮かべ、ゴーシュはひたすら無言で味わうように食べていた。

 スープやミルクもお代わりをして2人は満足したようだ。


 後片付けをした後、レナは2人に今日の予定を伝えた。


「好きな所選んだら2人が住める部屋をそこに作ってあげる。

 木材とかも揃ってるから遠慮は要らないけど大きいのは面倒だから私が今寝てる家と同じくらいなものを作るという事だけ了承して」


 そうして3人は周辺を歩き回った。


 住処から近く、何かあってもレナがすぐ駆け付けられる場所を探す。

 ドロワはあれだけ弱っていたというのに今ではその面影もなく元気に走り回り時折ゴーシュを振り回し、ゴーシュはと言うと振り回されながら困った顔もしつつ、たまには笑みを浮かべる様に。


 そんな2人の様子を見ていたレナは、この分なら思うよりも大変ではないのかもしれないとそっと胸を撫で下ろした。


 そうやって3人で探し続けて日が傾き始めた頃、ドロワが立ち止まった。


「あのね……」


 背を向けたままドロワは切り出す。


「やっぱり今はお家は要らないって思うの。

 嫌なこと思い出しちゃいそうだから……」


 寂しそうに微笑みながらドロワが振り返る。



「お兄ちゃんと2人で自分たちだけのお部屋があるのは素敵だと思うのは本当だよ。

 でもね、最近まで私たちは奴隷として存在してた。寝るときは寒くてあんまりきれいじゃない部屋で。

 レナさんが建ててくださるお部屋は住んでいる所見たから綺麗なんだろうなっては思うけど、でもお兄ちゃんと2人っきりの状況があの時の事思い出して怖いの。

 半年ぐらいだったけれど怖いの。こわ、い……よ」


 次第に目が潤み遂には決壊してドロワはそれ以上続ける事が出来なかった。

 それを見たゴーシュは目を伏せ代わりにとばかりに言葉を放つ。


「昨晩俺たちは寝ては悪夢にうなされて起きて、知らない部屋にいてまたあんな酷い場所に居るんだって震えて……ここはあそことは違うって何度も言い聞かせて。

 小さい頃、俺たちは誰かと一緒に寝ていた。

 誰だったかは覚えていないけど、誰かと寝る温もりを妹は覚えていた。

 でも俺だけじゃ妹は悪夢を見る……だ、だから……」


 ゴーシュの握られた拳はプルプルと震えている。今でも嫌いな人間にこれから言う言葉はきっと彼にとってとても屈辱的だったのだろう、そう思いながらもレナはなんとなく冷めた気持ちで続きを待った。


「……だから……俺たちと、3人で眠れる様に……たの、むっ!」


 ギュッと目を閉じ、己の無力さに悔し涙さえ浮かべるゴーシュになんとも素晴らしい兄妹愛だこととレナは考えた。


 レナの中のこの感情は本人にすらよく分かっていない。

 だが、家を組み立てる手間が省けたと思うことで胸中のもやもやを押さえ込みレナはしゃくり上げ始めたドロワとゴーシュの手を引き、家へと帰って行った。


 夕日が3人を照らしレナにとって不本意ながら少し長く伸びた影はまるで親子の様にも見えた。


「今日寝るベッド作るから先に部屋に入ってて」


 家まで上がれるよう縄梯子を設置しレナは木材を組み立て始めた。

 一つのベッドに3人はきつい事は試してみなくても分かる、レナは快適な睡眠を求めていた。


 昔色々作った時の木材をまだ持っていたため、軽く手直しする程度であとは組み立てるだけでベッドは完成する。


 今使っているベッドよりクオリティは劣るものの昔レナが使ったこともあるものだ、寝れなくはないだろうとパーツを持ち家へと入って行った。


 真っ赤に腫らした目を擦りながら2人は静かなものだった。


 それを横目にレナはとっとと組み立て今あるベッドと繋げるように隣に置きいつでも眠れる状態にする。


 部屋はかなり狭くなった。


 とそこで2人が使う毛布や布団がない事に気付き使っていないマット等も少し大きさは合わなかったが取り出して敷く。


「あっ、色々汚れているからきちんと体を清めてからベッドに入るように。

 体洗うのは私はいつも魔法でお湯を被って済ませてるけど2人は出来ないよね?

 家の裏の方に一応囲いあるからお湯だけ出しておくのでそれできれいにしてきて、その間夕食作ってるから」


 レナは大きな桶を出し家の裏の方で常に湯が溜まるよう魔法を行使しタオルと替えの服も用意してその場を離れた。


 その様子をみた双子は魔法の技量がおかし過ぎると唖然とした。



 さてそんな事は気にも留めないレナはひき肉やトマトとナスでトマトソースを作る事に。子どもというのは食べ盛りだ、色々なものを食べさせないといけないと責任感はこれでも感じていたのだ。


 ソースを作ったらパスタを茹で始める。

 そして手早くじゃがいもの皮を剥き始め適当なカットをして別の鍋でじゃがいもを煮始めた。


 パスタとじゃがいもが茹で上がるまでににんじんもカットしそれもじゃがいもを茹でている鍋へ投入、パスタはもう少しだけ茹でるのでそれまできゅうりはスライスにしハムを刻みスライスしたきゅうりには塩を振って水分が出るまで置いておく。


 そして茹で上がったパスタをトマトソースを作ったフライパンに移しざっと麺と絡めてパスタの方は完成をする。


 しばらくしてじゃがいもも柔らかく茹で上がるので湯を捨て、加熱したまま水分を飛ばしある程度飛んだところでじゃがいもを潰し始めふわふわに仕上げたらきゅうりを絞りハムと一緒にじゃがいもとにんじんの中へ放り、マヨネーズと酢と胡椒で味付けをして混ぜたら夕食は出来上がった。



 双子もそろそろ体を洗い終わった頃だろうと2人の様子を見に行くことにした。



「2人とも夕食が出来たのだけれどまだ時間はかかりそう?」


「すぐに出ます、あと服を着るだけなので」



 ドロワはもう落ち着いているようではっきりと返事を返す。

 少し待って2人は少しぶかぶかで服の中で体が泳いでいあるが替えの服を着て出てきた。

 しかしまだ拭きたりたりなかったのか髪は濡れてぽたりぽたりと滴を垂らしている。


 2人とも肩にかかるほど長いためすぐには乾きそうもなく、レナは新たに乾いたタオルで2人の髪をわしゃわしゃとしてさらに水分を拭き取ったあと温風で乾かしながら2人を夕食の場へ連れて行った。


 食卓に置かれた料理はまだ温かい。


 髪は完全には乾いていないがほんのり湿っているだけなので食べているうちに乾くだろうと3人で食べ始める事にする。


 がここでレナは2人のパスタの食べ方に頭を抱える。


 今までは初日はお腹が空き過ぎてがっついているだけであろうと思っていたが、スプーンやフォークの持ち方がなっていないのだ。


 フォークの柄をゴーシュは上からの握り持ち、ドロワは下からの握り持ちと幼い子の使い方をしていた。

 パスタはフォークに巻き取るという事をしないで皿を持ち上げかきこむようにして啜るようにして食べている。


 これは指導しなければいけないなとレナは新たに決意をし早速指導が始まった。


 そして食事を終える頃には2人なんとか見れるほどの食べ方になっていた。

 元々エルフというのは洗練された動きなどを好む。それはもちろん2人にも当てはまり今まで教える者などいない為出来なかっただけだったのだ。


 出来ないことを2人とも気にしていたようで、真似をしようとした事もあるらしいが普段誰かが食べている姿も見れていなかったのだとか。


 出来るようになった事に2人とも嬉しそうにしていた。


 そんな2人にとレナはパンケーキを焼き始めた。

 甘いものは好きなようで2人は目を輝かせ始め、今か今かと甘い匂いを嗅ぎながら大人しく待った。


 ふわふわに焼けたパンケーキにとろりと輝く蜂蜜をかけベリーを何個か飾り2人の前に差し出す。


 ナイフの扱いを教わりながら2人はぎこちないながらも頬を緩ませ美味しい美味しいと口いっぱいに頬張っていく。


 それなりのボリュームであったのに流石は食べ盛りでペロリと平らげた2人、ミルクで喉を潤わせた。


 そしていつものように片付けをして歯磨きをし眠気が来るまでその辺りを散歩しようとするとレナの後を2人はついてくる。

 仕方がないので2人をお気に入りの場所へ連れて行く事にした。


 もちろん2人はどこへ向かうのかは知らない。

 ゴーシュはそわそわとどことなく落ち着きがなくドロワは視線を彷徨わせていた。


 2人を抱えレナが走りだしてしばらく経ったころ、ようやく降ろされて自らの足で歩いて行くと突然開けた場所に出て双子は目を見開いた。

 美しい湖の姿がそこにあった。


 2人があまりの美しさに息を飲んでいると、




「悪いことしようか」



 その瞬間、場が凍りついた。



 日も落ち星がキラキラと輝く寒空の下、更に凍える空気。

 思わず後退りしてジャリっと音が鳴る。


「わるいことって……」


 少し声が震えたのは何故だろうかドロワは肩を震わす。

 そんな妹を庇うように前に出る兄のゴーシュ。


「お前……騙したのかっ!」



 レナはキョトンとするも双子は警戒の色を隠さない。


「ご飯食べてすぐは寝たら体に良くないからここで夜更かしをしようって事だけど……?」


 そう言えばびっくりするのは双子で、変に警戒し過ぎた己らを恥じた。

 レナの実力を持ってすればいつだって2人をどうとでもすることが出来た、それは身体能力であったり魔法を詠唱もなしに組み合わせて自由自在に行使する所を何度も見てきていたから知っていた。


 そして、冷たいのに世話焼きでご飯が美味しい事を知っている。


「お前言い方気を付けろよ! ややこしいんだよっ」

「私もびっくりしました……所で夜更かしってここで何かするんですか?」


 双子は少々呆れた表情でレナに近づいていく。


「ここで獲れる魚が美味しい。

 あとたまに……それはたまにだからその時教える。

 釣りと泳いで獲るのどっちがいい?」


 2人は思わず顔を見合わせて、同時にレナに向き直り釣りと声を揃えて答えた。



「大体さぁ、体を洗ったあとなんだぞなんでわざわざ体濡らさなきゃいけないんだよ。

 ばっかじゃないの」


 悪態をつくゴーシュに馬鹿呼ばわりされ心外なと答えるレナ。


「ここの湖はとても綺麗だから泳いだって汚れない、そんなに言うなら私が泳いで魚を捕まえてくる」


 そう言ってその場で脱ぎ出して慌てたのはゴーシュで、顔を赤らめながらぎゃいぎゃいと騒ぎレナの行動を必死に止める。


 そんなレナとゴーシュの姿にボーッと考え事をしてしまうドロワ。

 レナの奇行を止めほっと息をついたゴーシュはそんなドロワに気付き声をかける。


「疲れたか?

 そうだよな、誰かのせいで色々あるし」


「……えっ?あぁ、そうだねお兄ちゃん。

 でもなんだか。……こういうの楽しい」


 しみじみと呟く言葉にゴーシュはそうだなと一言返した。



 レナは2人に釣り竿と疑似餌を渡すと3人並んで釣り糸を垂らし束の間の静寂が訪れる。水面には欠けた月が覗き込み時折吹く風にその姿をゆらゆらと揺らめかせていた。


「あっ、流れ星!」


 ドロワが声を上げる。

 3人揃って空を見上げれば星は瞬き、ドロワの言う通り時折星が流れていた。


「これってもしかして後で教えるって言ったやつなのかなぁ」


「違う、ただ今日は見れないみたい」


「そっかぁ、残念」


 でも、とドロワは続ける。


「またここに来たらいつかレナさんが内緒にしているものが見られるかも……なんだよね」



 何が嬉しいのかくふくふと笑うドロワに、怪訝そうに首を傾げる残りの2人。なんでもないと告げにこにことドロワは釣り糸の先を見つめた。


 ピクリとも動かない釣り竿、ゴーシュは早々に飽きてドロワに竿を預け湖の周辺を歩き回り始める。

 あまり大きくはない湖は1時間もあれば1周できた。だがその1時間の間に3本の竿は1度もしなる事はなかったようで、戻ってきたゴーシュに本当に魚がいるのか疑問を突きつけられる。


「透明感がありすぎて生き物の気配がすると魚はあまり浅い所にはなかなか出てこないの、姿が見られてしまうから。

 見てわかるでしょ?

 ずっと奥底でじっと動かない魚、見えない?」


 しかしゴーシュの目に魚影は映らない。


 月の光があっても今は夜なのだ、透明感がすごいと言ってもあまりの深さに湖の底まで光はほとんど届いておらず暗闇が覗いている。


 だがそれでもレナは見えているのだと言う。


 深い森の中を思わせる翡翠色の瞳には一体世界はどの様に見えているのだろうか……。


「まぁここで上手く釣れた事ほとんど無いから釣れなくても仕方ないよ。

 でも、いい時間潰しになったでしょう?」


 もういい時間だ、帰るのにかかる時間も考えて今日はこれで終わろうとレナは言う。


「釣れなかったの残念だったなぁ、どんなお魚が釣れるんだろう」


「また今度ね。それじゃあ帰ろう」


 帰り道、同じ道を通っている筈なのに何故だか行きよりもあっという間だったとドロワは感じた。

 ほんの少し、ほんの少しだけ距離が縮まったのかもしれないとドロワは口元を緩ませ足取り軽く家へと辿り着いた。


 6畳ほどの小さな部屋に3人並んで寝られるようにしたベッド。


 壁際にレナ、真ん中にドロワそしてドロワを挟む様にゴーシュがベッドに横になる。

 3人は手を繋いだまま天井を眺める。


「レナさん……ありがとう」


 穏やかな沈黙だけがそこにはあった。


 何故だか分からない、だがレナの優しさに触れたような気がしてドロワは安心していつの間にか眠りについた。


 レナは首だけを動かし寝息を立て始めたドロワを見つめると、視界の中に同じようにドロワを見つめるゴーシュの姿が。


「2人とも、おやすみ」


 その言葉に返事は返ってこなかった。

 だが不思議とレナは満足し首を元に戻すと目蓋を閉じた。

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