第六話 水汲みにて
なんとなく手持ちの在庫を確認していたレナは保存している水の量が少し心許ないことに気が付き、今日は湧き水のある場所へ行こうと決める。
水魔法で水を作り出す事は出来るのだが、その水は水であって水ではない。
飲む事は出来てもあくまで魔法ーー魔力によって生み出された産物。時間が経てばマナとして消え、水ではなくなってしまうのだ。
つまりどれだけ水を作り出し飲もうが消えてしまうものなので飲んでも意味が無く、昔それをして衰弱する事もレナは経験済みであったりする。
さてこれからレナが向かう湧き水がある所はここから更に奥地の場所にある。そこには同じように水を求めてやって来る者たちも居るのだが果たして今日はーー
あっと言葉を漏らしたのは果たしてどちらであったのだろうか、水を汲んでいる最中のエルフと目が合った。
もちろん昨日出会った子どもではなく立派な大人のエルフだ。
顔見知り程度には会ったことがある。
そう、ここから少し離れた所にエルフの集落があった。日に何度か集落の者が水を汲みに来ているのだ。
今回は彼の番なようで大きな樽に湧き水を入れていた。
エルフは基本的に人間を嫌っていた。
森を切り開きどんどん住処を奪われている上に、獣人族と同じ様に人間に捕らえられ慰みものにされてきた歴史がある。
これもまた数百年も昔の話の事ではあるがエルフは長命でも有名で、今でもその当時生きていた者達が大勢存在しているだ。
人間と比べエルフの方が優っていることが多いのに何故そのような歴史が生まれてしまったのか、それは数の暴力だとしか言いようが無かった。
その為エルフと出会った当初、レナはかなりの嫌がらせなどを受けてきた。
しかしレナはその事をうざったく思いはするものの関係ないとばかりに木の上に家を建て、何度壊されようがその度に作り直し根気よく付き合ってきた。
そしてある事をきっかけにパタリと嫌がらせは止むことになるのだがそれはまた偶然の事で。
今では顔を合わせれば一言二言は言葉を交わすくらいになっていた。
「最近……お前の姿を見ないという者がいたが生きていたか」
「えぇ、料理に使う香辛料が足りなくて出稼ぎに出てたの」
そこで会話は途切れるがお互いに気まずい感情は湧かなかった。そこにあるのは水がこぽこぽと湧き流れる音、風が草木を揺らす音それだけだった。
そうしてお互いに水を汲み終わり別れるとき、ふと気になりレナは疑問を投げかける。
「ねぇ、あなたの所に子ども2人居なくなったとかそんな事ない?」
エルフの男は沈黙を貫いた。それが答えだった。
「まあどうでも良いけれど。
私の暮らしに関係してくる事なら手伝うぐらいはしますけど……」
ーーどう?
エルフの男は後で行くと一言答え集落へ帰って行った。
レナはまためんどくさい事になったと同じように家へと帰った。あの2人を助けたのは吉と出るか凶と出るか……それはまだ誰にも分からない。
帰宅したレナは家の掃除をする事にした。
半年特に傷みが無かったとは言え、多少は床を拭いたりなどしていなければ汚れているだろう。
入り口を開け放し、風魔法で簡単に埃を吹き飛ばしてしまう。家の外に張られていた蜘蛛の巣もついでに吹き飛ばす。
そうして埃を飛ばした後はいらない布を水魔法で濡らし、マナとなって水が消える前に何度も重ねて濡らし雑巾掛けをしていった。
物自体少なく部屋も広くはないのであっという間に拭き終わる。
その後は火魔法と風魔法を上手く調節して湿り気を吹き飛ばして掃除は完了した。
同様に調理小屋も掃除を終わらせる。
それからハーブティーを沸かしてゆっくり寛いでいると気配を感じ、来客が近づいてきている事に気がつく。
そのまま来訪者のノックを待っているとコンコンコンと3回のノック。
扉を開けると予想通りあのエルフの男がいた。
どうぞと招き入れ、男にもカップにハーブティーを注いでやれば落ち着く香りが湯気と共に部屋に広がる。
ひと口口をつけ男は口を開いた。
「何故子どもの事を知っていた」
それは当然の疑問だろうなと思いレナは偶然帰りがけに森の中で見かけただけであると伝えると男は暫く黙り込んだが、束の間の静寂を壊したのは男の方で、
「あの子らは、災いをもたらすと捨てられた。元気そうであるなら良かった」
と言った。
その言葉に嘘は無さそうでーーしかしレナの頭に疑問が新たに湧いてきた。
「元気というより、鎖で縛られて身動きできない状態だった……片方は毒で死にかけだったけど、他に私に聞きたい事言いたい事あるのでしょう?」
そう言えば男は一瞬目が動揺で泳いだがすぐに無表情に戻り言葉を紡ぐ。
「いつだったか私たちの元へ人間共がやって来た。……あれは、確か半年前の事か。
魔物を追いかけて来たと言っていたがそれは私たちには関係のない事、里の場所を知られる前に追い返そうとした……が知られてしまってな。
そうして訪れた人間達が学者だ研究者だと来るようになった。その時だ、放火事件があったのは。焼けたのは1軒だけで住人の姿も見えず心配し消火した後焼け跡を探したが遺体も怪我人も無かった。
誰もがどういう事だと思っていた頃、偶然里の者が人間が言っていた言葉を聞いたんだ。
高値で売り飛ばせるとな。
そこで飛びかかろうとしたらしいが次の言葉で足が止まったらしい」
そこでもうひと口男は口を潤しまた暫く黙り込んだ。レナも急かせる事はせずただ黙ってハーブティーを飲みながら次の言葉を待った。
そして再び男が口を開いたのはすっかりハーブティーがぬるくなってからだった。
「エルフのガキ2人の跡をつけて正解だったと、そう言ったんだそうだ」
そう言うと男が悔しげな表情を浮かべ尚も言葉を吐き出す。
「里でもあの子らは忌み子だと言われていた。どちらも魔力を持たず生まれてきた事によって。
そしてまたその親も問題だったのだ……母親はこの里の者だったが、父親がダークエルフだった。
お前からすれば同じエルフで何が問題なんだと言うかもしれない。が、私たちとダークエルフとの間には深い溝があってな。
お前も知っているだろうがダークエルフは今では人間と共存している。媚びへつらい、人間とは違う能力の高さから悪事にも手を染めている者も多くいるのだそうだ。
私たちエルフは気高き者だ、なぜその様な者共と暮らしその身を貶すのかと問うた時に楽だからとこれが我等の生きる術だと言ってな……それから私たちは交友を断った。
もちろんダークエルフの皆が皆その様な考えをしている訳ではない事は知っているが多くが人間側につき、それが私たちにとってとても耐えがたい事だったとそれだけ。
だからダークエルフの血を引くあの子らは忌み子として嫌われていた。
が、半分は私たちと同じ血を引いているからと処分も出来ず月日は経ち、ようやく里の者たちもあの子らを受け入れる者が現れ始めた所だったのに……忌み子が災いを連れて来たと里の皆が一瞬にして双子を人間に差し出しもうこれっきり関わるなと売り払ったんだ……」
その後の事はきっとお前の方が知っているだろうと男はぬるいハーブティーを一気に呷った。
レナは空になった男のカップにまだポットに残っていた熱いハーブティーを注ぎ考えた。
再び人間がエルフを攫ったと言う事はまたレナに嫌がらせをする者が出てくる可能性があるという事。
それは確かに自分に関わるーー
「私があの子らを引き取ったら、嫌がらせってどうなるのかしら?
忌み子なら近づく事を嫌がる……?」
ふと呟いた言葉に反応したのは男の方で、出来るなら頼むと頭を下げられ参ったなとレナは天井を仰ぎ見る。
嫌がらせされるのは確定しているわけでもないのにお荷物2人を抱えるのはそれはそれで面倒である。
「でもあの双子? を人間に売り渡したのよね……私が引き取る事によって問題は生じないの?」
「恐らく大丈夫だろう、あの双子の妹の方はなやたらと力が強く引き取った人間の方も手を焼いて捨てたのだろう。
ダークエルフの特性を引き継いだと言うには異常な強さを誇っていたからな、その点お前の力は知っている。
なんとか出来るだろう」
と、なんとも無責任な言葉を頂戴した。
レナは呆れを滲ませながらも2人がレナの元にいる事を嫌がらなければという条件で約束を交わした。
男は少し嬉しそうだった。
(それほど心配するぐらいなら自分で何かアクションを起こせなかったのか……いやあの環境では出来なかったんだろうなぁ家庭を持っているのだから)
レナは男を残し双子を迎えに探知の魔法を張りながら走り出した。
後に残された男はそんなレナの背中が視界から消えてもその方角を見つめ続けていた。