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竜の瞳と聖女の涙  作者: 小鳥遊 美鈴
第一章  竜の瞳と宝石の花
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第十三話  久しぶりの再会

 雪が溶け柔らかそうな緑が芽吹き始めた。長い冬が終わり春の到来である。レナたち3人の住む眠りの樹海ではまだまだ多くの雪が残っているが、それでも春になったと感じられるほど緑の息吹があちらこちらで確認できた。もうひと月もすれば雪はほぼ無くなり、辺りには花が咲き始めることだろう。

 しかし冬が終わることを残念がる者がいた。

 ようやくゴーシュは氷魚を釣れるようになったばかりで春が来てしまったからだ。春になれば氷魚は深く土の中へ潜り、また氷点下の寒さが来るまで眠りにつく。

 ゴーシュは溶けていく雪を惜しみながらドロワにも手伝ってもらい大きな雪だるまを作った。大きな雪だるまの下の段は中をくり抜きかまくら状にしてあった。その中で、果汁を凍らせただけのシンプルなアイスを食べる事が双子の楽しみになっている。レナは双子が遊ぶかまくらが溶けて壊れないよう毎日魔法で補強している。


 さてそんな中、レナは暖かい部屋の中でゆっくりとクッキーを食べながら考え事をしていた。


(今年はどうしようかなぁ。また変なのが来たら面倒だな……)


「はぁ……」



 ちなみにドロワに何度かネモラの花について尋ねてもごめんなさい分からないとの一点張りでレナもそれ以上無理には聞き出せず。よく考えると、知ったところで何もするつもりがないなと思い直しレナは気にしないようにしている。


「大きなため息だねぇ」


 部屋に置いた観葉植物からにょきりとブルーメが頭だけ生えてきた。これはブルーメの為に置いていた。


「今日は何を話しにきたの」


「焦らない焦らない。今日昼下がりにサンドラを連れてこようかなあってその報告さー。今回は僕も本体の方で来るからそのつもりで。じゃあのちほどー」


「ちょっと……本体って、まさか泊まるとかないよね?」



 ブルーメの瞬間移動のカラクリは、自らの依代となる種に意識だけを飛ばして動くことだった。初めてレナの元に来たのもそれを使って来ただけで、依代を使っているとすぐに眠くなったりするのは依代である種が冬の休眠の季節だったからとの事。また本体から意識を離してしまうのであまり放置すると王様のあの魔力に負けてしまう可能性があるとかないとか。本体で来るのは恐らくこれが初めてだとレナは思った。

 昼下がりにシャンディが来る。だが、グレンの方は来るのかそれが問題だった。無差別に暴れるようなら双子に被害がいく、それは避けたい。なら今はまだ来る事は伝えずブルーメの出方を窺おうとレナはカモミールティーを飲み落ち着くことにした。


 昼過ぎ、軽い昼食をとり3人が部屋でのんびりと寛いでいるとコンコンコンと扉をノックする音がした。レナは気配で気がついていた。扉の前に立っているのはきっと。ドロワに開けるよう指示をし玄関の前に立つ人物の姿が見えるのを待った。


「よ、よう」


「シャンディ久しぶりね! 元気だった?」


 ドロワは嬉しそうにシャンディの手を握りぴょんぴょんと飛び跳ねるようにして喜んだ。久しぶりに会って余程嬉しかったのだろう、喜ぶ様子にシャンディの少し強張った表情が和らぐ。


「突然何も言わずに出て行って悪かったな。ドロワ身長結構伸びた? いいなぁ……あっ! お土産、これ受け取ってくれ」


 ドロワに渡されたのは真っ白な箱。リボンで丁寧に包装されており何処かで買った来たものだと見て取れる。礼をいいドロワはレナへと箱を手渡した。


「シャンディ久しぶりね、元気そうで良かった。まだ寒いしどうぞ入って。所で今日はゆっくりできるの?」


「あ、ああそうだな。その…」


「連れがいるならいいよ、連れてきて。去年建てたあなたが寝泊りしてた所も掃除してあるし時間があるなら泊まって大丈夫だから。……ちなみに夜あのケーキ出す予定だよ」


 非常に言いにくそうな様子からなんとなくレナは察する。少し離れた場所で感じる気配からはブルーメと以前よりあのドロドロとした気配を薄くしたグレンとかいう男のものを感じていた。最後に別れた時の状況もあり連れてきたいと言い出すのが気まずかったのだろう、レナから切り出された事によりいくらから肩の力が抜けたようだ。ありがとうと言葉を述べ、連れを呼んでくると外に出た。


「シャンディのご家族かな? お兄ちゃんもお客さん来るんだからもう少しシャキッとしてよ」


「はいはい分かったよ。はぁ、めんどくせー」



 ベッドでごろごろとしていたゴーシュは怠そうに起き上がるが2人は知っていた、本当に面倒臭いと思っていたならこんなすぐに動こうとはしない事を。2人の生暖かい視線に気づいたのか微妙に居心地が悪そうに見えた。


 それからしばらくして、再びシャンディが訪れた。


「この人があたしの兄貴のグレンだ、それでこっちがあたしらの面倒を見てくれてるブルーメ。……こいつ怒らせると厄介だからな気をつけた方がいい」


 と、シャンディは最後は声を潜めて双子に伝えた。一体ブルーメをどうやって怒らせたのか、レナは少し興味が湧いた。


「サンドラが色々と世話になっていたようで、ありがとう。友人が出来たと聞いた時はどんな子かと思ったがとても優しそうな子たちだな、サンドラ大事にするんだぞ」


 紹介された兄貴のグレンは真面目そうな雰囲気をしていた。今のところ正気を失う様子はなかったが、どうもレナを直視しないようにしているらしい。主に双子に視線を送っていた。


「さっき紹介してもらったブルーメだよー。僕は今まで1度も怒ったことがないんだけどなぁ。ふふっまぁよろしくねぇ」


 今回のブルーメはきちんと服を身にまとっていた。とても質が良さそうな濃紺のコートに身を包み、良いところの出の人間のように見える。髪も黒いリボンで1つにまとめて結んでいた。普段ほぼ裸でレナの前に現れる姿とはえらい違いである。


「グレンさん、ブルーメさんこんにちは。狭いですけど立ち話もなんですしどうぞ中へ」


 レナは部屋に2人を招き入れる。グレンはやはり緊張しているのか動きがまだぎこちない。ブルーメは一体どんな教育を施したのだろうかと思ったがレナはとりあえず椅子を3つ出し客人である3人を座らせ、小さなテーブルにシフォンケーキを出しそれぞれにもてなした。真っ先にブルーメがケーキに手をつける。


「うんうん、美味しいねー。サンドラはこんな美味しいものを沢山ここで食べてきてたのかなー?」


「う、うん。あとレナの作るやつも美味しい……」


 重たい手つきでシャンディはフォークを掴みケーキを食べ始めた。しかしグレンはまだ手をつけようとはしない。甘い物は苦手だったのだろうかと思えば、どうやらシャンディにもっと食べさせたいと思っていたようで、シャンディにつねられていた。少し調子を取り戻すシャンディ。


「ねぇねぇ、シャンディってサンドラなの?」


 ここでドロワが疑問を口にする。シャンディはあだ名で大切な友人がつけたものだからこれからもそう呼んで欲しい事を伝えた。


「そうなんだ。シャンディって響き、私も綺麗で好きだよ」


「良かったねぇサンドラ。シャンディが好きだって」



 からかうブルーメを小突くシャンディ、だが少し嬉しそうにしていた。ゴーシュもこれからもシャンディと呼ぶと言った。固かった空気が少しずつ柔らかくなっていく。


「よーし。場の空気も良くなったし、僕レナさんとお話ししたい事あるんだよねー。いいかな?」


 ケーキを食べ終え、ブルーメはにこにことそう言い放った。グレンがビクッと震える。


「そうね、保護者通し意見交換を私もしたかった。外、出ませんか?」


「ふふっ、そうそう保護者ならグレンも一緒にどうだい?」


「……あぁ、ついていこう」



 シャンディが心配そうな顔をグレンに向け、それに気がついたグレンは苦笑し大丈夫だと言って席を立った。


「3人はここでゆっくりしててね。クッキーとかお菓子のおかわり自由にしていいし飲み物はドロワがわかるよね?」


「はい、任せてください。大丈夫だとは思いますがお気をつけて」


 レナ、ブルーメ、グレンの順に部屋から出た。

 冷たい風が頬を撫でる。レナは2人を連れて歩いていく。ブルーメだけは相変わらずマイペースでのんびりとお散歩気分のようだ。グレンは何か重石のような物でも背負っているのか空気をどんよりとさせている。


「それで? 一体なんの話がしたかったの」


 レナから本題に切り出した。グレンも連れてきたという事は何かしらさせたい、または確認したい事でもあるのだろうと踏んでいた。しかしブルーメはすぐに問いの答えは返さず、


「聡い子たちだったねぇ」


 まだ本題に入るつもりはないようだった。仕方ないのでレナも本題に入るまで待つ事にした。


「そうよ、それにああ見えて18になる。エルフだからというのもあるけど今までまともに食事が出来ていなかったからか成長が遅いの。見た目に引きずられてなのかは分からないけど言動も少し幼いし」


「へーそうなんだぁ。けど今は君の所にいるしすぐ年相応に成長しそうだよね。安心安心。あっそう言えばグレンはいくつになるんだっけ?」


「17だ」


 言葉少なくグレンは答える。そうだったねとのんびり言葉を返しそれっきり会話は続かなかった。

 3人の足音だけが続き暫く経った頃、開けた場所に出た。そこでようやくブルーメは口を開いた。


「今のグレンなら殺さないでいてくれるよね」



 俯き気味だったグレンが顔を上げる。その顔を見れば微妙に焦点が合っていないようだった。レナは疑問に思いブルーメに続きを促す。


「やっぱりね、グレンはまだ影響が強いからさー。ちょっとだけお薬使ってるの。ほら、下手に暴れて君に殺されちゃ敵わないし。それに今の感じなら、君も手伝ってくれるって判断したから今日連れてきたんだよ。

 ねー、前にサンドラにしたみたいに治してみてよ。その為に今日まで頑張ったんだ」


 ほらほらとブルーメは急かした。確かに今の状態であれば安全に魔力回路を弄れるかもしれないなとレナは思った。冬の間、すぐにグレンに会わせなかったのは暴れずレナに殺されないように準備をしてきたとそう言われては仕方がないと早速魔力回路を弄りにとりかかった。グレンに触れて魔力の淀みを探ればシャンディとほぼ同じようなものだった。


(ほんと、シャンディといいこの子といいなんだかちぐはぐね……色んなものをかけ合わせたみたい)


「ちなみになんだけどシャンディはあれから魔力に異変あったりするの?」


 レナは魔力を弄って長くは生きられないけど人として死ぬ事が出来るようになりました、というのもあんまりだと考えていた。もししシャンディがそうだったならもう少しきちんと見なくてはと内心思っていた。



「あーうん、特にないと言えばないしー、あると言えばある……のかな?」


「歯切れの悪い言い方ね。結局それは生命に関係あるの?」


「まぁねぇ。魔力を持つ生き物はみんなそこら辺に漂うマナや食事から魔力を自然に回復させているのは分かる? でね、今の2人の体は王様の魔力しか受け付けないってのは言い過ぎだけどほぼそんな感じで……そう作られた、作り替えられてしまった。だからこのままだと衰弱する一方だよねぇ。けど補給すれば精神がやられていく。2人に宿る核となる精霊たちも歪んじゃってるから2人の生命力を削って魔力を循環させちゃってる。あーそれとも君は頑張って2人をなんとかしてくれる?」


 体は2人とも頑丈に出来ており、今すぐに生命力が尽きるということは無いのだろう。だがそれではあまりに救いがない。それをなんとかする為には、恐らく核となる精霊を浄化するか引き剥がして新たに宿し直すの二択だ。だがそれはとても危険な行為である。宿り主と精霊のパイプは繋がっており、それを無理やり切れば魔力の暴走を引き起こす恐れがある。また浄化をすると一言で言っても浄化の仕方をレナは知らなかった。そしてそこでレナは悟った。王様の実験で多くが亡くなる理由を。ちぐはぐだと思った謎を。


「私がやったところで死ぬ可能性は低くない」


「だから頑張るんだよー」



 グレンは会話を聞いているのかいないのか何も言わなかった。ただの一言も。ブルーメの薬が効いているのか、それともただ全てをなるがままに任せてしまっているのか。



「……少し考えとく」


(グレンはともかくシャンディは2人の友人だからね……生かせるなら生かしておきたい)



「ふふっ、それが聞けただけでも大きな収穫だよぉ」



 にこにこと嬉しそうにブルーメは笑った。まるでレナは最終的になんとかしようとするとでも思っているようだ。顔を背けてレナは考え始めた。恐らく王様は無理やり精霊を引き剥がすか——一度殺して体を作り直している。そう悟ったからこそ難しさをよく理解出来ていた。殺して生き返らせるなんて芸当は神にでもならなきゃ出来ないようなものだ。



「今回の目的はもう済んだよね。他に何かある?」


「んー、あったけどそれはまた今度にするよ。もうこの格好疲れちゃったよー」


「脱がないでね?」



 流石にレナも全裸の男と行動は共にしたくはない。釘を刺せば寒いから脱がないと聞き一先ずは安心した。


「それからグレン、あなたの事はよく知らないから正直どうでもいい。だけど私はシャンディを救いたいとは思っている。もし何か情報でも有れば教えてくれると助かるわ。初めて会ったとき、あなたはシャンディの事を思って覚悟決めて王様の血を飲んだのでしょう? その思いの強さがまだあるのなら死にものぐるいで私に協力したらと助言をしておくわ」


 レナの言葉を横で聞いていたブルーメが嬉しそうに笑った。


「やさしーね。まぁ確かにあんなぐっちゃぐっちゃな魔力を受け入れて自我が崩壊しなかったならまだ頑張れるもんね。

 ふぅ、全くあの子の気まぐれも困ったものだよ、新しいおもちゃが欲しいからって血を飲ませて強化を図るなんてさー。そうだ、2人をなんとか出来たら僕も治して欲しいなってお願いしておくねー」


 ちゃっかりとブルーメはお願いしてさあ戻ろうと踵を返し、家の方へ戻り始めた。その後ろ姿を見ながらレナはため息をつく。さらにその後ろではグレンがキュッと唇を噛みしめ何かを決意したようだった。


 行きとは違い帰りはブルーメが先頭でどんどん進んでいく。その先々で、時々太い木に触れ見上げていた。精霊でも宿っているのだろうか、ブルーメの行動を不思議に思いつつ後をついて行く形で帰宅するレナ。家に着いたのはもう夕暮れだった。


 帰宅すれば3人の子どもたちは何か聞きたげにしていたがレナたちにおかえりなさいと言うだけで何も聞こうとはしなかった。聞いたからと言って必ずそれに答えるような人たちではない事を知っていたからだろうすぐにこれから何をするか、夕食はどうするのかなどとその後の予定を話し合った。



「という事で今晩はお世話になるよー」


「……3人ここで寝るのちょいキツくないか? ブルーメはベッド無くても大丈夫だろ、いっつも草ん中で寝てるじゃん」


 去年レナたちがシャンディの為に建てた小さな小屋は3人並んで寝られない事も無いが圧迫感があった。シングルサイズのベッドを3つも並べれば入り口から僅か2歩でもうベッドの前だ。しかしブルーメは笑って絶対に3人で寝るんだとそれを拒否。ならばとシャンディがテントの準備を始めるととてもいい笑顔でシャンディを連れてどこかへ行ってしまった。それを見ていたグレンの顔は少し青ざめている。ゴーシュは不思議そうにそれらを眺めていた。



「色々と拡張が必要かな……」


 レナは調理小屋などの建て直しを検討し始めドロワは特に気にする事なく夕食作りに取り掛かった。



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