突然の来訪者④
冬の間、やはりブルーメはシャンディたちを連れてくることなく神出鬼没でレナの頭を抱えさせた。いつもタイミングよく双子がそばにいない時やどこかへ行かせる時に現れる。常に監視でもされているのだろうかと思うようになった。
「そう言えばねサンドラはもう少ししたら会わせられそうだよぉ。うんうん、僕頑張った。だからこれもらうねー」
レナが食べようと出していたクッキーを勝手に摘み出しているのももう見慣れ始めた光景だ。今ではブルーメが現れたらキンキンに冷えた水を用意するようになった。
「さて他に何話そうか。最近ねぇ、良いことあって沢山話したい気分なんだぁ。
そうだもう一つ報告したい事があってね、新しくサンドラみたいな子を作ってないみたいだよー、良かったね」
「それは良かった。ねえ、そろそろ教えてもらえないのかしら。その首謀者の事知っているんでしょ」
毎回尋ねても王国がとか国がとかぼやかすブルーメ。だが、今回は違ったようだ。この時初めてぼんやりとした表情が抜け落ち無表情へと変わる。
「王様だよ。エストリア・ヒューイ・レイモンド・ジョージ・ハインリヒ・ウィリアム・アーサー・ルイ・チャールズ・ルイス・ハンバート・フィリップ・アデル・クレイグ・ウィルヘルム・ルーファス・ベン・サミュエル・アーサー・ルドルフ・ハンス・ヴォルフガング・レオポルト・ルーカ・エマヌエーレ・ガイウス・ボリス・ドナート・ザハール・クロム・シリウス・サーマート・ダーオルング・アシュラフ・カリーム・ナージフ・アドルフ・ベネディクト・セオドラ・アンドリュー・レオン・ルーク・イーサン・ジャメル・アントニオ・ベルナルド・ヴィンセント・ジャスティン・アミル・アタルヴァ・ノランバートル・ケヴィン・ロエル・ナレク・ヴィクター・ファリス・フレデリック・ジャック・ロバート・ギオルギ・エライアス・ディミトリオス・ルキフェル。エストリア王国63代目の国王さ。
あっお水おかわりちょーだい」
「まさかとは思うけど、名前が言えなかったから今まで教えなかったって事はない?」
「……お水冷たくておいしいー」
名前を言い終わったかと思えばブルーメはいつもの表情に戻り冷たい水を美味しそうに飲み切った。名前を言えるようになるまでずっと練習していたのかとレナは呆れる。
(けど、国王か……まさか世界統一とか狙って?)
「ふふっ、考えてるねぇ。あの子は別に深いことは考えてないと思うよー? 子どもみたいな大人って言えばいーのかな。とっても歪……たまーにお話する分には面白いんだけどねぇ。発想が突飛だからさ」
「どういうこと? 情報を小出しにするのはあまり感心しない」
「わー、おこっちゃやだよー。うーん何から言えば良いのやら……もう、最初から説明するから威圧しないでよ。と言っても僕もあまりわからないんだけどね。
えーっと、サンドラとかグレンとか、とっても変な魔力を持ってたよね。あれね、王様の魔力だよ。あの魔力がどうしてあんなに歪んでるのか、まぁ言っちゃえばあの子が色んな子の魔力を取り込んじゃったからとしか言えないね。よく狩りをする君ならわかるけど、魔力を持つならどんな生き物でも魔石を持ってるでしょう。今じゃ色んな道具に使ってほんとすごいなぁって思うよ。
でね、この世の中の常識でそうやって取れた魔石を取り込むとその魔石の持ち主だった人格がね乗っ取ろうとした相手の人格に混ざろうとする。もちろんそういうのは抵抗するものだから体の中で戦争状態。そうやって人格が壊れていく。魔石の持ち主がどんなに優しくって良い人でも、何かしらの強い気持ちを持ってたりするものだからさー、それに引っ張られちゃうんだろうね。理性なんてものは存在しなくなってるのだから」
少しだけブルーメは悲しそうな表情を浮かべひと口水を含んだ。ブルーメの過去に何かあったのか、気軽に聞いてもいいものではないなと悟りレナは黙って先を促した。
「……だからこの世界の常識として魔石は食べちゃダメとかあるんだけど、王様はそれを食べちゃって……でも歪んだけど壊れなかった。歪んだまま子どもの姿のまま不老不死のような姿になった。
それについては、原因は何かなーって考えて僕は一つ仮説を立てたよ。彼の食べている魔石はね——」
「実験に使って死んだ者たちのもの。シャンディの仲間は子どもばかりだと聞いてるし幼い容姿はそれが影響している。それに社会から摘み出された上に実験で殺されたのだからきっと恨み辛みが凄いでしょうね、だからあそこまで歪んだってとこかしら」
予想し話を遮るようにして続ければブルーメは少し驚いた様子でさすがだねと褒めるがそれを無視してレナは話を続ける。
「あの赤い石は一体なに? まさか血の結晶だなんてそんなことはないでしょ」
尋ねればそうだよと一言。
レナが初めてみた時、あの石はキラリと光ってはいたが赤黒く澱んだような濁った石だった。魔力を注ぎ入れ砕け散ったときはそれこそ宝石のルビーのような美しいものに変わっていたのだが、あれが血であるとはレナは思えなかった。
「もちろん血ではないよー。そうだねぇ、君は知っているかなぁ? ネモラの花って言うんだけどねえ……」
まさか、とレナは僅かに目を見開く。ネモラの花、それには強く心当たりがある。そう、それは今も髪につけている——
「知ってるみたいだね。うんうんすこーし説明が省けたね。その花に魔力を注入してサンドラたちに摂取させてるんだぁ。最初の頃は血を飲ませてたみたいだけど痛いのがやになったららしーよー?
ちなみにネモラの花は僕を唯一弾いちゃう花でね、王様がどうやって育ててるのとか見れないし分からないんだよねぇ」
「ねぇ、ネモラの花ってその王様の所にしかないの?」
「うんそうだねぇ、今のところそこでしかみないよー? 不思議だよねぇ」
あっさりと肯定してみせるブルーメ。ブルーメは元とは言え大精霊だ、その言葉は事実なのだろう。王様が育てる花を何故あの人は私に渡す事が出来たのだろうかとレナは考えた。魔力を注げば石になる、そんな特殊な花。
(そう言えば前にドロワがどこにでもあってどこにでもないって……あの子はこんな貴重な花の事どこで知った? 手がかりが掴めればきっと色々と繋がる)
「ブルーメ、一つ聞きたい。私の持っているこの花、ネモラの花で間違いないよね」
レナは花を髪から外しブルーメに花を見せながら魔力を注ぎ込み目の前で石にしてみせた。あの赤色とは違う縁が青色の白い花。確かにネモラの花だとブルーメは頷いた。王様の育てている特別な花を何故レナが持っているのかブルーメは聞かなかった。レナに聞いても無駄な事だと分かっていたのかは分からない。だがここで2人の間に一つの仮説が立った事は間違いがなかった。
「私も王様に作られた人間なの……?」
零れるような言葉にブルーメが言葉を返す。
「それは分からないよ。花の色も違うし僕も知らないだけでどこかに生えているのかもだし。あとは魔力が全く違うからねぇ、君はなんというか"無"なんだよね。何色にも染まっていない、だけど何色にもなれる魔力を持っている。あの子とは真反対な感じかなー?」
その言葉にレナは少し気持ちが楽になるのを感じた。あのようなドロドロとした魔力の人間から生み出されたのならあの人——お母さんと呼びたかった人との思い出も汚れてしまうようなそんな気がしていた。
手の中で硬く輝く石となったネモラの花。後でドロワにきちんと話を聞かなくてはならないとレナは忘れないようにしっかりと胸に刻んだ。
「ふふっ、何か用事が出来たみたいだねー? そろそろ僕も帰った方が良さそうだ。今日も楽しかったよー。また近いうちに来るよ。最近気付いたんだけど君の側にいるとあの子の魔力の影響も和らいで楽になってるみたいなんだよねー。サンドラもそのおかげであの力に抗えてたのかもしれない。じゃ、またねぇ」
水を飲み干しブルーメはどこかへ帰っていった。後に残されたレナは双子が雪遊びから帰るのを待った。今はただ何もしたくはなかった。
日が傾き始めた頃、双子は帰ってきた。ずいぶんと動き回ったようで家に帰るなり暑いと上着を脱ぎ始める。だがその手は冷たく冷えっきっているのかボタンを外すのに苦労していた。それを見てレナは生姜湯を作りコップに注いで着替えた双子に手渡した。
コップからじんわりと熱をもらいながら手を温め軽く息を吹きかけ覚ましながら飲み、双子の口からほうっと暖かい息が零れた。
「レナ様ありがとうございます」
ドロワはもうすっかりいつもの様子に戻り夕食の支度に取り掛かり始めた。ドロワは料理をどんどん覚え、常にレナが様子を見るということもなくなった。調理小屋も、魔法が使えなくとも料理ができるように改築済みである。
ゴーシュはというと、手先の器用さを生かして最近は編み物をするようになった。編み物で作った数々のぬいぐるみはドロワに好評だ。いつかぬいぐるみなどを売ってみたいとも言っている。
そんな最近の日常を見せてくれる双子を見ながらレナは心が落ち着いていくのを感じた。
「今日はチョコレートケーキ食べようか」