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竜の瞳と聖女の涙  作者: 小鳥遊 美鈴
第一章  竜の瞳と宝石の花
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突然の来訪者②

 今こうして考えながら、怒ったり泣いたりそして全てを投げ出そうとしたり。どんな時でもころころとその時その時の感情のままに生きている事をこんな状況の中でもレナは少し彼女を羨ましく思っていた。


 美味しいものを食べる事。ふかふかの布団に包まれる事。そのような事は比較的最近に好きなんだと気がついたばかり。感情のままに生きていく事は大変そうだと思いつつもそれでもそんな生き方をする彼女が眩しく映る。


「……羨ましい」


 ポツリと言葉が溢れてしまった。シャンディは目を丸く見開く。


「ふざけんなよ、あたしがどんなに苦しんで——」


「知らないよそんな事。でも沢山の感情のままに生きている豊かなあなたが眩しかった、ただそれだけ。私の無い物ねだり。

 まぁこの話は置いてこれからどうするか考えようか」



 呆気に取られながらシャンディは怒り、それをいなしながら2人は会話を重ねた。会話よりも手が出ていたが。



「そう言えばこの頃ぼーっとしてる事多かったけどあれはなんで? 兄の事? それとも石の事?」


「このっ避けんな! あ? ボケてなんかないよ! ただ最近石を食べてないのに頭がぐちゃぐちゃになんないから変に思ってただけだよ!」


 パシッと拳を片手で受け止めながらレナはその返答について考えた。


(食べてないのにおかしくならなかった。つまり数週間食べないのはあり得なかった事。けど最近それがあり得た。でもなぜ? あっ……)



 蹴りを入れてくる足も受け止めながら、


「石の事ならなんとかなるかもしれない」


「な馬鹿な、今まで何しても無理だったのに今更——」


「でも試してみる価値はあるよ。私を信じきれなくていい。どうせさっき死にたいと思ったなら、一度死んだと思って少し任せてみてよ」


「でも……」



「サンドラから離れろーーっ!!!」


 空気を切り裂くような怒号がその場を支配する。兄貴の登場である。重く喉に張り付きそうな気味の悪い魔力を漂わせている。ギラギラとした三白眼の赤黒い瞳は瞬き一つせずレナから離さない。


(ん? 赤髪に赤い瞳、炎も身にまとって暑そうな人……これが兄貴、ねぇ)


 いかにも火属性を得意とする人物に少々扱いに困ってしまう。ちろちろと火の粉が散り、森が焼けてしまうのではないかとそんな想像が脳裏にちらついた。



「兄貴っ……その魔装姿は」


 唖然としたその表情から読み取れるものはない。ただただ呆然としていた。


「サンドラ、お前を苦しめるものは全てこの俺が灰にしてやるから安心しろっ!」


「サンドラ?」


 偽名だったのだろうかシャンディは一瞬目を泳がせる。



「兄貴の馬鹿! その名前はもう捨てたって言ったじゃんか!! それにそんな、そんな姿になっちまうまでなんてあたしは望んでいなかった。あたしのせいなのか? あたしが頼りないばっかりにそんな——」


「それは違う、これは俺の意思だ。だがその前にお前を泣かせたそいつを燃やし尽くしてやる」



 そう言うや否や、白い炎が辺りにいくつも浮かび上がった。たったそれだけで熱を感じレナは目を細める。とてつもない高温のそれは触れたらただでは済まないだろう。


(この森を焼失させるつもり?)


 熱のせいか近くの草木に火が移り火の手が広がり煙が上がり始める。このままであれば視界も奪われることだろう。レナは水魔法でまずは火の被害を食い止める事にした。


「おいおいお前の相手は俺だぜ?」


 無視されたと思ったのかレナの目の前に現れ、顔に向かって男の手の平が伸ばされる。なんの変哲もない手、だが捕まれば焼き殺しにかかるだろう事は見て取れる。それを後ろに飛び退く事で避け、代わりにと氷の礫をいくつかお見舞いした。


 男はニヤリと笑い氷はジュッと一瞬で溶かされ消えていく。しかしレナは水蒸気で僅かに視界が曇る隙を突いて男の体を覆い尽くほどの水球を作り出しその中へ閉じ込めるようにして更に結界を張った次の瞬間、結界の中で大きな爆発が起きる。男の余裕な表情は瞬時に崩れ去った。



「兄貴ーっ!」


 ふらつく足で必死に駆け寄るシャンディをみて結界を解く。するとむわりとした熱気が辺りを包み込んだ。ドサリと何かが倒れる音がするかと思えばどうやら男は倒れたようだ。ボロボロの男にシャンディは縋り付いた。


「火はうまく扱わないと事故の元だよ」


 そんな2人にレナは近づいて行く。


「ここまでする必要なかったはずだ、あんたなら手加減出来たんじゃないのかよっ」


「えっ? 相手は力の扱いもまともに出来てない人だったよ。下手に手加減する方が危ないし、あとこの森が焼失するのは避けたかったし」


「だからって——」


「ねえ私を殺したくなった? ここまでやったらきっと交渉は決裂だよね。いくらでも相手になるよ、きっちりその分お返しするけど」


 男が来るまでは上手く説得できかけていたのにとレナは残念そうに肩を落とす。恐らくここで2人に手をかけることになるだろう。男はともかくシャンディの事について双子になんと説明したものかと頭を悩まし始める。


(どっちも怒るか悲しむんだろうなぁ。そうしたらどうするんだろうか、家を出てしまうのかな)


 来る未来を想像してなんとなく寂しくなってしまったレナ。



「さぁおいで。せめて痛みも苦しみも感じる間なく消してあげる」


 それはとても優しい声だった。シャンディは唇を噛みしめ立ち上がり拳を握る。たらりと血が垂れた。



「う、うわああぁっ!!!」



 大きな声を上げ、敵わないと分かりながらも拳を振り上げレナへ殴りかかる。届くまであと一歩。


「さようならシャンディ……っ」


 レナが魔法を行使しようとした瞬間地面から——レナの真下から何かが急速に近いてきているのを察知し後ろへ飛んだ瞬間巨大な植物が現れた。よく見れば蕾のような形をしている。そしてシャンディもびっくりしたのか腰を抜かしていた。


「間に合って良かったぁ」


 蕾の中からのんびりとした声が聞こえて来る。その声に敵意は全くない。だが、先程までレナの探知に一切引っかかる事なくここまで近づき姿を現している。何か厄介な相手だろうと見当をつけレナは警戒を強めた。



「サンドラ、無茶はいけないよー? 怪我をしてるし、今からすこーし眠ってようか」


「ブルーメまっ——」



 甘い香りが辺りに漂う。レナは咄嗟に自らの周りの空気を風魔法で散らし吸わないようにした。シャンディは抵抗も出来ずその場で眠りについた。


「2人を殺すのは待って欲しかったんだよねぇ。一応僕の知り合いだし」


 そう言って蕾の花弁が少し開かれ中から一糸纏わぬ男が上半身だけ姿を見せた。緩いウェーブのかかった長い若草色の髪はふわふわとしている。眠たげな表情もあってか顔立ちは中性的だ。衣服を着ていたなら性別は良くわからなかっただろう。


「あなたは?」


「あっそっかぁ初めましてだよねぇ。うん、僕はブルーメ。君はレナでしょ、僕知ってる」


 にっこりと微笑むその姿からは何も読み取る事はできない。



「あはは、そんな警戒しなくても見ての通り無害な男さー。えーっと、どこまで話したっけ? うーん……あぁそうそう、2人を殺さないで欲しいんだ」



「なぜ? 私は大人しく攻撃されていろってこと? それは無理な相談」


「んーん、違うよ。僕が2人をなんとか矯正するからさぁ。もちろん反撃してもいいけど殺さないで欲しいってだけー。君なら簡単に出来るだろう?」



 レナとブルーメと名乗るこの男とは初対面だ。だが何故かブルーメはレナの事を知っているかのような空気でレナは薄気味悪さを覚える。

 時折りあくびをしたりと隙を見せているが果たしてそれは本当に隙なのか……はたまたただの演技なのか、この時点では判断材料が少ない。確かなのはブルーメは2人と接点があるという事。そして、瞬間移動とも取れる動きが出来るという事だ。


「私がよく知りもしない相手の言葉を信じるとでも?」


「うん。だって君は優しいから。殺さなくて済むならそれがいいって思うでしょう? サンドラと仲良くしてくれてたしー」


「サンドラって言うのも気になるけど……まるで見てきていたみたいな口ぶりね。あなたは一体どこから監視を?」


 人聞きが悪いなあとブルーメはポリポリと頬をかき、


「僕は元精霊なのさー。どこまで話そっか……えっとねー、精霊ってさ、概念みたいなものっていうのは分かるよね。触れられないし肉体を持っているわけじゃない。でも人格だってあるし、移動も出来る。

 けどある時、精霊を捕まえる人が現れてね。僕は眠くって逃げなかったらなんか受肉って言ったらいいのかな? んーと、とりあえず肉の器に入れられちゃってね。


 なんか喋り方とか雰囲気のイメージでこんな姿に作ったんだってー。精霊ってこれって姿はなくて、相手の精霊のイメージを借りて姿を現すって感じだったのにこれで固定されて変な感じだよー、あはは。

 それでね、後はこの子たちと同じようにこの魔力を食べていかないといけない体にされたんだよね。まあ食べないけど。


 元々僕って植物とか自然の中にいる精霊だったからさ、この姿になってもその頃の力が使えたりするの。

 今は植物たちに力を分けてもらってこの破壊衝動とか抑え込んでるんだぁ。でね僕はね。植物がある所なら見聞きできちゃったりするんだなー」



 すごいでしょうとブルーメは薄い胸を張って自慢している。がレナはそれにははんのを返さなかった。


(つまり植物があるとこだったからさっきも一瞬でここに来られたのかな? 植物さえあればどこにでも見聞きできるし移動も出来る。ちょっとどころではなく面倒な相手……)



「あれっ僕の事敵だと思ってるー?僕は戦うのはやだよ、疲れるし寝てたい。それに君には敵わないからねぇ……ふわぁ、もう今日は10年分動いた気がするよ。

 また植物たちに癒してもらわないと。とりあえず2人はなんとかするから、殺さないでねー。近いうちにこの子たち連れて来るから君に攻撃しなくなるまで特訓に付き合ってね。そろそろ本当に疲れちゃった。

 ……眠い、帰るね」



 それじゃあねと蕾の中へブルーメは戻り、新たに地面から生えた蕾が眠る2人をそれぞれ回収して止める間もなく地中に潜り何処かへと消えてしまった。


「あれは一体なんなの……?」


 1人残されるレナ。


 そんなレナをシャンディが作ったクレーターのうちの1つ、その中心にいつの間にか出来た一輪の花だけが見ていた。

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