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竜の瞳と聖女の涙  作者: 小鳥遊 美鈴
第一章  竜の瞳と宝石の花
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小さな嵐の芽②

 日が傾き、そろそろお腹の虫の合唱が始まる頃にようやく夕食の準備に入った。と言っても今回主に作るのはドロワだ。簡単な指示だけを出しそれをしてもらっている間、レナはシャンディが今日泊まるための準備を始めた。


「あっ、あたしそれぐらいなら自分で持ってるから大丈夫。ほら」


 そう言ってマジックアイテムの袋から着替えを始めとして石鹸など体を洗う物からなにやらを取り出し始める。どれも品質の高そうなものばかりであった。


「そう、なら寝床だけね。テントで寝るならここで泊まる意味がないでしょう? 今ドロワ……あの女の子があそこにはいっていった小屋が見えるよね、夜はそこで寝てもらおうと思う。ベッド組み立てたらすぐに使えるし。そのあと私夕ご飯作りに行くししばらく時間がかかると思う、準備が出来たら呼びに行くからそれまで好きに自由に動いてて大丈夫」


「そうか? 悪いな、ちょっと走り回ってくるわほんとありがと!」



 木の上から飛び降りて走り去りあっという間に姿が見えなくなった。


「さっきまで倒れてたとは思えねぇな」


「ほらはやく組み立てて。あの子を引き止めたあなたが主体でやって」


「うっ、まじかよ。1番弱っちぃ俺が力仕事すんのか? まぁ良いけどさーちょっとは手伝ってくれよ」



「無理そうならね」



 少し前までの嫌な予感はなんだったのか、ここまで平和な事実にレナは首を傾げていた。うまくやり過ごせたのだろうかと思いながらゴーシュが苦戦していれば手伝い、時折ドロワの様子を見にいきながら準備を進めていく。そしてそろそろシャンディを呼びに行こうかといったところでその当人は帰ってきた。


 小麦色の髪は乱れ、片側は今にもヘアゴムが落ちそうである。


「随分と動き回ってきたみたいだね、片側のゴム落ちそうだよ」


「えっ、ああ……あたしが結んだやつだからなぁ、不器用だからさよく結び直すんだよね」



 するりと両方のゴムを取り去ってしまえば、変に癖のついた髪型になってしまったが本人は全く気にしてはいないようだ。


「おい、整えてやらねぇのか?」


「いつもドロワにやっている誰かさんが得意でしょう、そういうのは」



 ゴーシュは繊細な作業などは得意な方であった。たまにドロワの髪を編んだり結んだりと中々に凝ったものを作る。そのドロワよりも髪の長い本人は下ろしたままか一つ結びしかしないのだが……。


「その誰かさんは別に誰彼構わずやりたがってるわけじゃないそうだ」


「そう残念」



 本人が気にしていないためそのままに3人は小屋の中へと入っていく。ドロワはちらちらとシャンディの髪を気にするがレナたちも気にしていないためそのままに夕食が始まった。

 夕食はホクホクのじゃがいもと厚めに切られたベーコンがメインだ。端がカリカリとなったベーコンの塩加減とじゃがいもの相性がたまらない夕食にシャンディはよく食べた。簡単で沢山食べれられるものをと選んで良かったとレナとドロワは思った。


「こ、これ……」


「ん?」


 食後のデザートを出している時の事だ。客人がいるとのことで少し奮発して貴重なケーキを差し出した時シャンディが興奮した。


「中々食べられないやつだよこれ! 予約も取れない、当日並んでも売ってくれなかったりする偏屈じーさんのケーキじゃん!? すごっ、どうやって手に入れたの?うわーっ本当に食べて良いの、いいの?」



 見た目には何の変哲もないケーキだ。確かにこれはレナがたまたま依頼で知り合った人の伝で獲得したものだった。それがなければ恐らく手に入れる事は出来なかったであろうケーキで今所持している数はあまりない。購入したものと、たまたま持っていた素材とケーキ複数個交換の形で手に入れた2種類だ。しかもレナが渡した流通の少ない特殊な素材で作られたこのケーキは販売をされてもいない言わば幻とも言えるもので、王都でのケーキマニアならどんなに大金を払う事になっても食べたいと思う一品。


(特その中でも特に特別なものだって伝えたらもう興奮して食べる所じゃなくなってしまいそうだ)


「ひんやりしている1番美味しい時に食べないともったいないよ」


 そう声がかけられればハッとしたように、シャンディとそのシャンディの興奮に呑みこまれていたエルフの双子は我に返りケーキを味わいながら食べていく。


「今日ここに泊まれて本当に幸せだぁ……」


 今日1番に幸せそうな笑みを浮かべひと口ひと口大切に食べるその様子を見ながら双子もとても貴重なものと知ってか同じように大切に胃に収めていく。レナもそこでようやくケーキを口にして美味しいともぐもぐ、4人は甘いひと時を過ごした。



「いやー食べた食べたー! あたしもそこらの奴よか美味いもん食べてるつもりだけどさ、ほんと負けてないね。特にケーキ、あれは凄い……貴族でも手に入らなかったりするんだからな!! レナはすごいな、そういうコネは大事にするんだぞ。はぁ、あのじーさんのショートケーキは認められた奴にしか売ってないからな、あたし何度も食べたくて行くんだけど売ってくれなくて食べた事なかったんだよ。

 他のケーキも美味いけどほんと別格だったわ」


「喜んでくれたようで何より。明日はどうする、朝食べてから人探しに戻る?」


 食器などを片付けながら聞けば名残惜しそうに朝食を食べるまでを選択。余程夕食が気に入ったらしい、空になった皿をずっと見つめている。


「……なぁ、もちろん明日から風来者を捜しに出るけどさ。けどさ、もしあたしが家事とか食いもんの調達とかとにかく出来る事するって言ったらもう少しここにいさせてくれたり、出来ないか?」


 もじもじと少し恥ずかしそうな様子は少しの諦めと少しの羞恥心から出来上がっていた。双子は歯を磨きながら2人の様子を見ている。



「食料は正直ストックは沢山ある。それに片付けもすぐ終わるからやる事ない」


「や、やっぱそうだよな……」


 ダメ元なのは承知の上だったようだがそれでもかなり気落ちしてしまった。だが、レナの続けられた言葉に顔を上げることになる。



「素材とかそういうものを集めてくれたら助かるかな。あればあるだけ後々楽になるし」


「ほんとか!? やったぁ、嬉しいなぁ!! ここにいると何故か体が軽いし飯は美味いし。昔のあたしに戻ってるみたいで……まあとにかくこの恩はきちんと返すからな!」



 にこにこと笑顔の花を咲かせ少し調子外れな鼻歌を歌いながらシャンディは上機嫌に。レナはまた暫くとても賑やかになるなとどこか遠い目をしながら片付けを終わらせるのであった。


 暫くして歯磨きを終わらせた双子はレナの元へと集まる。


「この様子だと夜更かししそうですね」


 苦笑しながらドロワがいい、暇だからとレナに道具を借りて小屋の中をさらにきれいにしようとシャンディも誘って拭き掃除を始めた。一方ベッドの組み立てで疲れていたゴーシュは早く体を洗ってゆっくりしたそうだった。


「お疲れ様」


 レナはゴーシュが体を洗えるようにし、ドロワとシャンディに混ざって掃除を始めていく。

 そうして4人の穏やかな時間が流れていくのであった。


 それからシャンディが泊まるようになってどれほど経っただろうか簡易的ではあるが新しく小さな小屋も出来上がり、もう落ちる落ち葉もほとんどなく辺りはすっかり物寂しい景色へと変わっていた。そんな時、パキパキと小枝が折れる音が聞こえて来る。

 その音に反応して先程までぼーっとしていたレナが顔を上げるとドロワが両手いっぱいに椎の実を拾って持って近づいてきていた。


「よく見つけたね」


「意外と近くに落ちてたんです。虫食いも沢山あって中々食べられる実が少なくてこれだけしかなかったのは残念でしたけど」


「充分だよ。この辺りはだいたい収穫してるからね、見つけられただけでも凄いよ。んー、今日はこれを使っておやつ作ろうか」


「おやつ! 作り方を——」


「もちろん教えるよ」



 やったあと大きく喜ぶドロワの手からポロポロと椎の実が零れ落ちた。すぐにそれらを慌てて拾い直し、汚れを落とすためドロワは水を貯めてあるところまで走って行った。おやつ作りが楽しみで仕方がないようだ。


 ゴーシュとシャンディは2人で魚を釣りに出かけているため、昼食にとサンドイッチを持たせてあった。最近2人は仲がいいようでよく2人は行動している。ドロワにはそれが少し寂しいようだが2人の邪魔をせず大人しくしているのをレナは気にかけていた。


「あの2人には内緒でお昼はちょっと豪華なものにしようかな」


 美味しい食事は心も元気にする事をレナは知っていた。2人には普通のハムなどを使った極々普通なサンドイッチを作っていたが、こちらは王都で美味しいと有名な少々お高い生ハムを使ったサンドイッチにしようと考えた。


 レナは立ち上がり、お昼には少々早いが昼食を作ってしまうことにした……この後おやつを食べるのだ、早めに食べておかなければ夕食が入らなくなると考えて。どこかその足取りは軽やかであった。


「これが生ハム……しょっぱい、けどきゅうりとかチーズとか色んなものと一緒に食べるとちょうど良くなってすごく美味しいです! 味見だけでお腹いっぱいになっちゃいそう」


「あの2人には内緒の生ハムだからね。私たち2人だけのお昼ご飯だから好きなように食べてしまっていいんだよ」


「ふふっ、悪いことしてるみたいでちょっとドキドキします。でもいいんですもんね、このサンドイッチが美味しいんだもん仕方がない! うふふ」



 どうやらドロワは元気になったようだとレナは安心した。辛気臭い空気は苦手なのだ。2人はこっそりと美味しい昼食を終え、そしておやつ作りを始めた。

 荒く砕いた椎の実を混ぜたクッキーを焼き家の中で紅茶を飲みながらゆっくりと過ごすひと時はとても穏やかだった。


 一方その頃、ゴーシュとシャンディは絶好調であった。


「あはは、たかが魚がこのあたしに歯向かうなんざ100万年早いっつーの。よっし、大物またげっとー!」


「焼いたら美味いんだろうなぁ……俺だって」



 シャンディに抱えられながら辿り着いた川は水の流れが早く、最初は竿に魚が食い付いているのかよく分かっていなかったがすぐにコツを掴みゴーシュは何匹も釣り上げるようになっていた。だが、それ以上にシャンディは大物ばかりを釣り上げている。途中昼休憩も挟みつつ競うように釣りを続けていればいつのまにかいい時間になっていた。


「そろそろ帰るか、ゴーシュ」


「あぁ、それにしても腕がもう動かねぇ……」


 男のくせにだらしねぇなとバシバシ背中を叩くシャンディに顔を歪ませながら妬ましいと睨むゴーシュ。帰りも行きと同じく抱えられながら家へと着いた。


 家に着けば晩ご飯の準備が始まろうとしていた。


「レナー、戻ったぞ! 魚沢山取れたんだけど、これ今から使えないかな? 釣ってたら魚がすっごく食べたくなってさー」


「いいよ、じゃあ食べたい魚をここに持ってきておいてね。後で捌いて調理するから。——ドロワ、今日はお手本無しで一人で魚を捌いてみようか」


「は、はいっ!」



 どんどん馴染んでいくシャンディにこのままここの住人になるんじゃないかとレナは予感していた。元々遠慮はあまりなかったがシャンディはグイグイと輪の中へ入ってくる。昼はドロワが寂しくなるが夜は逆にゴーシュが寂しくなる番だった。昔からいる親友のような、それとももはや家族のようなそんな関係になりつつある。



「釣りは楽しかった?」


「別に…疲れた」


 素直ではないゴーシュをからかいながら準備は進んでいき、夕食が始まる。4人の食卓はとても賑やかだ。


 最近まで1人で好きなように食べてきていた。そんな生き方を何年と続けてきていたレナは自分は1人でいることが好きだと思っていたし事実、1人の静かに過ごす時間が大切だった。

 だがたった数週間でその考えが変わってきていることを実感していた。夜は双子と眠り、ご飯は常に誰かと共にし1人の時間が減っていた。最初は煩わしいとさえ思っていたのに今ではこの賑やかさも心地がいいとさえ思えてきた。


 賑やかで穏やかな日常が少し気に入り始めていた。


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