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竜の瞳と聖女の涙  作者: 小鳥遊 美鈴
第一章  竜の瞳と宝石の花
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プロローグ

 ーーさぁ、はやく!行きなさいっ……!!


 あの時必至に私を逃がそうとした彼女は今生きているんだろうか。

 もう記憶の中の彼女の姿形はぼやけた形でしか思い出せない。とても……大切な人だったはずなのに。


 人は声から忘れると聞いたことあるけれど、私はあの時の声だけは鮮明に覚えている。

 うす暗がりの中、時折爆発するような音、木の焼ける匂い、怒鳴り声、それから……それから。


 悲しみと、強い意思を感じたあの声は……。



「おかあさんって、呼びたかったな」





 パチパチと爆ぜる音と共に香ばしい香りが辺りに漂い始める。少しの空腹感を抑えながら肉が焼けるのを待った。


「そろそろ仕入れに行かないとな……」


 味付けは塩のみのシンプルなものだった。

 それだけでも美味しいのは美味しいのだが、毎日毎食では流石に飽きるというもの。香辛料を取りに行くのはめんどくさいからと無くなっても出かける事はなかったが、既に肥えてしまった舌は我慢の限界だった。


 思い出補正もあるのだろうがあの人のご飯は美味しかった。いつも暖かく、優しい味がしてた……と思う。


『ちょっと焦げちゃったけど、大丈夫よね』



 そう言いながら焦げの部分は自分の皿にだけ盛り、目の前の皿には美味しい所だけしか盛ることはなかった。


 またたべたい。


 そんな気持ちが、想いがこの頃強くなったように思う。

 今すぐ叶えられない虚しさを振り払うように良い感じに焼けてきた肉にかぶりついた。



「明日は森を出るか……」


 火を消し、後は寝るだけの状態まで片付けなどを済ませ空を見上げる。明日は晴れそうだなと思いながら少しずつ輝きを増す星を指でなぞった。


 グオォ……


 静かな森に魔物の声が響いてくる。

 明日見かけたら捕まえようかなどと考えながら探知の結界を張り、夜の帳が下りきる前に瞼を閉じた。




 翌朝、日が昇る前に目を覚まし体を伸ばす。


「んっ……」


 ぐぅーっと体を伸ばす際自然と声が漏れるが声を出す方が気持ちが良かった。


「さて行きますか」


 少しの空腹感の中走るのは体が軽く感じた。進む森の中、まっすぐな道など1つもないのにどんどん景色が加速して移っていく。


 しばらくすると、明らかに人の手が加えられた道に出た。とは言えまだまだ森の中ではあるのだが。だか道無き道を進むよりは遥かに楽になったと速度を緩める。


 先ほどまでと同じように急いでも良いのだがここで人間に出会ってしまうと少々の面倒ごとが出てきてしまう可能性があった。


(見つかって追いかけられたんだよなぁ)


 普段人と合わず常に森の中で悠々自適に暮らしているが故に他との付き合いはひどく煩わしく感じているところで、大声で追いかけられた事はそれなりのトラウマだった。


 もちろん追いつかれることなく逃げ切れたのだが……。


 しばらく道なりに進むと人の気配を感じた為そっと道から逸れて木の上に隠れて様子を伺う。前方からガチャガチャと鎧を鳴らしながら数人が歩いてきているようだった。陽気な声も聞こえてくる。



「んでそこで俺は言ったんだよ。尻尾切って逃げるなら今だぞってな」


 ゲラゲラと面白くもない会話で盛り上がっているようだった。


 この森はとても静かだ。だから声がとてもよく聞こえた。そしてそれがとても耳障りで仕方がなくイライラし始めていると、


「ん、何かいるのか」



 一瞬漏らした殺気に気がついたらしい、即座におふざけをやめ辺りを警戒しだした事に感心した。

 どうやらそれなりには腕は立つようだ。


 じっと息を潜め彼らの出方を伺う。


「索敵開始と洒落込みますか…」


 どうやらこのまま見逃してはくれないらしい。

 ここで素直に現れてもきっとロクなことにはならないだろう……が、このまま隠れていても見つかるような気がした。さてどうしたものかと考えているとどこかで聞いたようなうなり声が響いてきた。


「チッ、魔物かよ」


 確か昨晩捕まえるか迷ったんだっけと思い出していると鎧の集団は何を勘違いしたのか声のした方へ駆け出した。


「……ご飯……」


 小さな呟きは鎧の音にかき消され誰にも気がつかれる事はなかった。



 それからは特に人に会うこともなく道なりに進んでいくと森を抜け草原に出た。さやさやと草を撫ぜる風が心地いい。


 ひとつ深呼吸をして建物が見えるまで一気に駆け抜けた。早朝から移動し続けて街にたどり着いたのは昼下がりの事である。


 汗ひとつかくことなく街へと入る関所の門の前で足を止めた。



「ここへは何しにきた」



 先客が居たようで関所の前では数十人程並んでいた。眺めていると並んでいるのは団体で列が長いだけですぐに自分の番が来そうだと分かる。


 それでもじっとしたままでちりちりと肌を焼く日差しからは逃れたく、列が無くなるまでは門のすぐ横の壁で出来た日陰に避難をした。


 それからしばらく待つとようやく人が見えなったため再び日陰から日の照る場所へと出る。



「ここへは何をしにきた」


「買い物。香辛料欲しくて」


「身分証はあるか」



 無愛想な門番に通行料の500ギルを手渡し名前などが書かれたプレートを見せた。


「魔力をプレートに通してくれ」


 言われた通りにプレートに魔力を通すと白く光った。これは、プレートに登録した人の魔力以外が流れると赤く光る仕組みになっておりこれで身分証に偽りがないと分かるようになっている。


「ん、通ってよし。エストリア王国へようこそ」



 レナと書かれたプレートをしまい込んでいると重たげな門が静かに開き王国への道が開かれた。


 門番に礼をいい門をくぐる。


 街まではまだまだ草原が広がっており、ここからまた更に歩く事になる。

 少し離れた所で先ほどまで並んでいたグループが歩いていた。


 追い抜く事も出来るがそう急ぐ事も無いだろうとのんびり後を付いていくように足を動かした。


「ついでにお金も稼いでおかないとなぁ」


 レナは手持ちを思い出しながら時折吹く風に髪をなびかせ街へと入っていった。

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