変化
バムはどんどん加速して、雲の中とへ突っ込み
そして、その上へと抜け出した。
太陽の光に二人で照らされながら
大空を加速していく。
まったく風圧を感じないのはきっと
バムの力なんだろうなと思いながら
「なあ、バム、最初に村に居たときに
セメカとして、居ただろう?あれって」
何となく気になったことを訊こうとすると
「次の食王転生がありそうな場所の候補に
私以外にも大天使を何人も潜ませていました。
私は、たまたま食王の力が及ばずに
味覚が変わらず、差別されていた人たちを
陰ながら守ることも兼ねて、あの村に」
「一石二鳥っていって良いのかわからないけど
そうだったんだ……」
「意識を分離させて、同時に天界の主の仕事も
していましたよ」
「他にも候補地があったんなら、俺が
バムの近くに現れたのは……たまたまだったんだな」
「そうですね。さっき会ったハイネも
候補地の一つである帝国の北部の村で
村娘として過ごしていました」
何となく運命を感じてしまうと言ったら
きっと大げさなんだろうな、ただの偶然だなと
その言葉を飲み込むと、バムが恥ずかしそうに
「言ってください……」
察してくる。
「……バムと会ったのが運命を感じるなと」
「……嬉しい」
さらにバムはスピードを上げ始めた。
眼下の景色も辺りの雲も
あっという間に通り過ぎていく。
俺を抱えて飛び続けているバムは
余計なことだと思いますがと前置きして
「味覚が変わっても、この世界には
悲しみが溢れています。
過ちや間違いも日々、起こり続けています。
本当に味覚だけでいいですか?
食王であるゴルダブル様は、人の近くに変化を起こすことは
何でも可能ですよ?」
念を押すように、そう尋ねてくる。
「ああ、それだけでいいよ。
あとはきっと俺には手に負えないから。
だけど味覚だけは、きちんと元に戻したい。
毒を食べている人たちを救わないと。
あとはきっと、生きている色んな生き物たちが
自分たちで解決すべきことだろう?」
先ほどと同じことを繰り返すと
「想いは、深く、受け取りました」
バムは雲を突き抜けるように
空の果てまで伸びる塔の直前で止まると
その壁に沿うように、垂直に急上昇していく。
この塔はワールドイートタワーだろうな
と俺は思う。こんなでたらめな高さの塔は
世界中探しても、ここだけだろう。
黙って抱えられたまま、上昇していく
気付いたら
バムと抱えられた俺は塔の円形の広い頂上へと
立っていた。
眼下には青い惑星が広がっている。
静かである。何も聞こえない。
俺を圧倒するように、青い星が広がっているだけだ。
バムから両手を離されて
見覚えがある……いや、空気が……。
と口で手を抑えて見回していると
「大気圏の外です。空気は我々には必要ありません。
真空状態でも活動できますよ」
と口を閉じたバムから手を触れられて
念話みたいなもので話しかけられる。
俺もバムの手を握り返して
「空気が無いから普通に会話ができないんだな。
ここで、味覚を元に戻すのか?」
そう心の中で想いながら顔を見ると頷いて
また念話で
「さあ、今、私にしているように念じてください。
世界の味覚よ。百年前に戻れと。
そうすれば、直ちに戻ります」
即やろうとして、恐ろしいことに気付いてしまう。
「変化が急だと危険じゃない?」
今まで食べていたものが毒だと知ったら
心労で狂ったり病気になる人が世界中で出そうである。
そんなことをしたら、俺は前の食王と
同じような罪を犯すことになってしまう。
バムは嬉しそうに微笑んで
「ふふ、気づかなかったら言おうと思っていました。
そこでこれです」
着ている真っ白な装束の懐から
紙の束を取り出してきた。
手を離したら、無重力に散りそうなそれを受け取って
読むと"極秘!マクネルファー研究資料"
と書かれていた。
その中には、以前話題になった
"味覚の妥協点"についての研究結果が
多種多様にかき込まれている。
あの変人の爺さん……研究所を爆発させて、時々裸になったり
マリアンヌ先帝から逃げ回るのが仕事だと思っていたが
……本物の研究者だったのか。
と驚きながら、複雑な数式や、理論が細かく書き込まれた
十数枚の資料を読み込んでいると、不思議なことに気付く。
「なんで……理解できるんだ?」
そんな知能の高さは、元々の俺には備わっていないのはよく知っている。
「食王だからですよ」
バムは微笑みながら念話で答えて
「その資料を基にして、人々が混乱することない
ゆっくりとした味覚の変化に要する時間を、導き出してください」
バムの意図が分かった。
つまり、まともな味覚と、狂わされた味覚の
妥協点について知れば、今の俺の知能ならば
それを基にして、味覚を元に戻すための
無理のない変化に必要な時間を算出できる。
しばらくバムに見守られながら
最後まで読み終わるのと同時に、答えは出ていた。
「……五年だな」
五年かけて、少しずつ味覚を変化させていけば
世界の混乱は最小限に抑えられる。
「さすがです」
バムは資料を受け取ると大事そうに懐に入れ
「では、食王として、この惑星を見ながら
強く祈ってください。味覚を狂わされた人々が
五年をかけて、ゆっくりと味覚を百年前のものへと戻すようにと」
俺は強く頷いて、
円形の頂上の中心に立ち、青い惑星を見ながら
強く、とても強く、
五年かけて人々の味覚よ。元の百年前のものへと、
ゆっくり戻れと祈った。
しばらく、ありったけの目ヂカラで
惑星を見つめて、そう祈るが、特に変化は感じない。
次第に不安になって、バムを見つめると
彼女は微笑んで
「もう終わりましたよ。既に天界では、
天使たちが微かな地上の変化の兆しの報告を
各地から大量に上げてきています。
安心してください」
そう言って、俺の手を取ると
反対側の左手を回し、宙に穴を造った。
「ここから大気圏に戻ると、今度は摩擦熱に焼かれますから
地上へと空間移動しましょう」
念話で言ってきたバムに
あの……最初からその穴で来れば……。
と念話で返そうとして俺は黙る。きっとバムは
俺が大きな決断をする前に、この世界を見ておくべきだと
思ったのだろう。
微笑むバムに手を引かれて、俺は穴を潜っていく。