お膳立て
見つめ合っていると
気配が一瞬、笑った気がして
そして周囲の景色が一気に崩れ落ちた。
次の瞬間には、高い塔の広い円形の頂上に俺たちは立っていた。
辺りは星空で、眼下には何と惑星が見えている。
「ワールドイートタワーの頂上ですね……」
俺の隣に居るバムが呟く。
目の前にはいつの間にか、
真っ黒な人形が立っていた。
その顔はまるで……まるで、バムと俺を
混ぜ合わせたようである。
背丈は俺と同じだ。
無表情なまま、その人形は俺たちを
指さして
「殺す……」
と呟くと瞬間移動して目前まで詰めてきて
本気で俺を殴り掛かりに来た。
横からバムが入って止めるが
二人で同時に遠くへと飛ばされる。
「くっ……ここは食王の精神世界で
我らは付属物、いやノイズにすぎません……」
「勝てないってことか」
バムは悔しそうに頷いた。
食王はゆっくり距離を詰めてくるが
俺はまだ何の恐怖心も感じていない。
二人とも助かる。それは分かる。
だから……。
「……っちなのはいけない……」
つい、俺は口ばしってしまう。
その声を聞いたのか食王はいきなり、
歩みを止めて、ブツブツと呟いて小刻みに震え始める。
「いやだいやだいやだ……」
「ゴルダブル様……一体……」
バムは戸惑っているが俺は落ち着いて
言うべき言葉を、震えている食王へ向けて叫んだ。
「エッチなのはいけないにゃああああああああ!」
口を大きく開けて叫んだ瞬間に俺の口の中から
ペップがぬるりと出てくる。
俺とバムの目の前で、次第に大きくなり
いつもと変わらぬ体長に戻ったペップは
汗をぬぐいながら
「ふぃーやっと出られたにゃ」
バムが不思議そうに
「こ、これは一体……」
「ふふふ。ピグナちゃんが上手だったということだにゃ。
それよりも、エッチなのはあいつかにゃ?」
ペップは食王を指さして、
食王は震えてとうとう背中を向けた。
「地上にエッチの螺旋を一度造りし、大罪人を裁くにゃ……」
ペップはすぐに虹色のオーラに包まれて
眼を真っ赤に光らせながら
悲鳴を上げて逃げていく食王を追い
そしてその身体を、粉微塵に引き裂いてしまった。
同時に辺りの景色が崩れだす。
次にバムと目を覚ますと
ペップは消えていて
辺りは夜の宮殿の大広間だった。
シャンデリアに照らされながら
形の崩れた顔の、真っ黒な食王が
「グギギギ……ユルサヌ……」
次第に膨張しながら、俺たちに迫ってくる。
すると今度は俺の右手がいきなり
食王に呼応するかの様に膨張しだして
そして銀色の金属製に変化していき
そしてどんどん伸びていき、ついには切り離されると
大広間を埋め尽くすような
ロボットの上半身になり、そしてロボットは
右手を思いっきり、壁を壊しながら振りかぶると
膨張している食王へと向けて
凄まじい勢いでスイングした。
食王はロボットのパンチに当たって
壁を何枚もぬけ、吹っ飛んでいく。
バムと唖然としていると
ロボットの後ろ頭の扉が開いて
中からマクネルファーが姿を現す。
「はっはっは!見たか!このマクネルファーロボの……」
勝ち名乗りをあげようとすると
景色は崩れだしていき
マクネルファーは慌てて
「ちょ、ちょっと待て!わしにもかっこつけさせ……」
また景色が切り替わって
今度は、紫色の大地が広がる
おどろおどろしい荒野である。
「冥界ですね……精神世界ですが、そっくりです」
バムが俺の手を握って呟いた。
いきなり、空を覆う黒雲が
憤怒の表情になり
「ゆるさんぞおおおおおおおお!!
絶対にお前ら許さんぞおおおおおおお!!」
威圧的な叫び声がそこら中に響き始めた。
俺の髪の毛が一本はらりと落ちて行くと
それはいきなり、煙を上げて
気付くとすぐ近くにファイナが立っていた。
「ふふ。ゴルダブル様、バムさん、見ていらしてくださいな」
ファイナはそう言うと、
聞き取れない程の速さで呟いて
バムが驚愕した顔で
「ま、まさか、滅亡禁呪を使えたとは……」
そして、
「この世の全てに問う。我と彼の者
どちらに理があるのか、そしてどちらが
より多く非があるのか、さあ!
理知の天秤よ!悪しき方を滅ぼしたまえ!
ヴァグナリマル・エグネ・ネガァル!!
ジャッジメント!裁定の鐘を鳴らせ!!」
辺り全てが揺れだして、そして割れた大地の隙間から
空へと何千本もの太い光が照射されだして
黒雲へと全て突き刺さっていく。
憤怒の表情は、光の線にかき消され
そして辺りの景色は崩れていく。
ファイナは微笑みながら、俺たちに手を振った。
また食堂に戻ってきた。
先ほどのテーブルにはピグナと青い顔をして震えているパシーが
並んで座っている。
「あ、ども」
ピグナは軽い調子で手をあげてきて
自分たちの横に着席を促す。
「やつが来るまで、種明かししていい?」
俺とバムが頷くと、
「ああなるって、予想してたから
ファイナちゃんに頼んで、予め、冥王にゴルダブルの精神に
あたしたちを繋げてて貰ったんだ」
パシーが吐きそうな顔で
「全員身体は失いましたが、それは
バムスェル様が、お戻りになればなんとかなります。
魂を避難させたのですぅ……ああ、言えた……。
百八十五回ここで練習した甲斐がありました……」
パシーの肩をピグナが叩きながら
「つまり、あたしたちの魂は、肉体が消滅する直前に
ゴルダブルの精神の中に
全員避難してたってこと」
俺は頷いた。知ってた。
簡単に仲間たちが死ぬわけがないと思っていた。
バムも納得した顔で頷く。
ピグナはニヤリと笑って
「さあ、本当に最後の最後だよ。
あいつの鼻っ柱を完全にへし折って
お膳立ては整えた。ゴルダブル、あとは頼んだ」
と言うと、パシーと共にスゥっと消えた。
入れ替わりに、部屋の扉が開いて
真っ黒な小さな異形の生物が入ってくる。
何本も角が生えた頭についた顔は
悍ましく、口が裂けて、眼が幾つもついている。
尻から生えた尻尾は、何股にも分かれてうねる。
その生き物は俺たちを見て怯え
「あ、あの……僕のパパとママを知りませんか……」
と言ってきた。
バムを俺が見ると頷いたので
立ちあがり、小さな異形の手を取り
隣に座らせる。
そして
「なあ、俺とバムと一緒にスイカ食べないか?」
と言った。
「スイカ?それって何ですか?」
悍ましい顔で俺を見上げてくる異形の子供に
「果物だよ。いや、野菜だな。
甘くておいしいんだ」
「食べたいです……」
小さく呟いた彼の目の前に、
俺はあの夏、草取りを終えた後に
縁側で食べたスイカを思い出す。
食王と夢の中で食べたものより
もっと鮮明で、もっと美味しくてと目を閉じて
しばらく集中し、そして両目を開けると
目の前に切り分けられたスイカが
皿に並んでいた。
さっそく手に取ろうとした異形の子供を手で止めて
「俺の生まれた国では、食べる前に頂きますって言うんだ。
命を食べてさせて頂きます。
って意味だよ」
「はい。頂きます」
皆で手を合わせて、スイカを食べる。
「美味しい。もう一個良いですか?」
無邪気にそう言う異形に、微笑んで頷くと
必死に残りを食べ始めた。
バムと何も言わずに、それを見つめる。
皮まで食べてしまい、皿の中を空っぽにした異形の子供は
「ああ……美味しかった……」
と言うと、スゥっと消え失せた。
また辺りの景色が崩れだしていく。
俺とバムは抱き合いながら、両目を閉じた。
眼を開けると、宇宙船の食堂の中だった。
いきなり、色々な恐怖心や戸惑いなどが
一気に噴き出してきて
俺はその場で、涙と鼻水を流しながら
胃液を吐き出して、しゃがみこんでしまう。
頭の中がパニックでどうにかなりそうだ。
なんて、理不尽で意味不明な体験を
していたのか、食王が怖い。怖い怖すぎる。
なんなんだあの精神世界は、何を見てきたら
ああなるんだ。どれだけ荒んでいたのか。
今更の恐怖感に、しゃがみこんで頭を抱えていると
肩を叩かれて、驚いて振り返る。
そこには、バムが立って、微笑んでいた。
そして柔らかく、温かい体で
恐怖で冷え切った俺の身体を背中から抱きしめてくる。