心中
「ゴルダブル様、ゴルダブル様」
次に気付いたときは、まるで落書きのような
光景が延々と広がっている世界で
バムに起こされる。
浅黒い肌で、皮パン皮プラの
いつものバムである。
ホッとして立ち上がって
「なんだここ……」
辺りを見回す。
「食王の精神世界の中です。
私は、何とかこの中に取り込まれずに
自我を保っていました……」
バムは俺に強く抱きついてきた。
俺も抱き返してすぐに
「すぐに助け出す」
と言う。
「で、でもどうやって……一度、あの……」
迷宮の出口まで走って
また食王に取り込まれた時のことだろう。
「……大丈夫。分かるんだ。
俺はバムを助けられる」
根拠は無いが確信はある。
バムの手を取って
クレヨンで幼児が
太陽や青空、木々や草原を描いた世界を歩き出す。
手を引かれながらバムは
「これが食王の心の中の基調です。
彼は、とても孤独で、心がまったく発達していません」
「だろうな。話したよ。
泣いてしまった」
「あの、仲間たちは……」
心配そうに尋ねてくるバムに
「食王に全員やられた。だけど……」
「そうですね」
バムは俺がその先で言いたいことを察して
力強く頷いて、手を強く握り返してくる。
延々と二人で、クレヨンで描かれた草原を
歩き続けていると、遠くから
醜悪な顔をした、ゾンビのようなら人間たちの
集団が近づいてくる。
そして俺たちを見つけると
「死ね!化け物が!」
「死んでしまえ!」
と次々に手に持った棍棒や鍬を俺たちに
振り下ろしてくるが
全て透過して行く。
「これは恐らく、食王が生まれてすぐに
人間たちから殺されかかった記憶だと思います。
異形の姿ですから……」
「ああ、だろうな」
今は何が起こっても動じない。
俺たちは罵倒されながら、さらに進んでいく。
さらに進むといきなりレンガの街の中に辺りが変わる。
盛況な市場の中で、ニッコリと綺麗な売り子が
リンゴを俺に差し出してくる。
今度は打って変わって辺りの反応が好意的だ。
「これは、初めて転生をして皮の中に居た時の
記憶だと思います」
「そうか……」
俺は両目から涙をこぼし始めた。
バムも頷いて
「優しくされたことが、寄生した他人の中だとしても
嬉しかったんでしょうね……」
「進もう」
バムの手を取って市場を歩いて行くと
今度は、森の中で
足元には、眼をギョロギョロサさせている
皮が体液塗れで、脱ぎ捨てられたところだった。
「初めて転生をしたところか、それとも
印象的な被寄生者を脱ぎ捨てたところでしょうね……」
「なあ、脱ぎ捨てられた皮は……」
「数日生きますが、その後、栄養素が足りずに
枯れていって死にます。ゴルダブル様は
中身の身体を何度も入れ替えたので
問題ありませんでしたが……」
もう涙は止まらない。
拭いもせずに俺はバムの手を引いて
その場を後にした。
その後、飛行船が爆弾を落として焼け焦げる街や
王が高い処刑台でギロチンで首を落とされる場面
裸の子供たちが聖職者から虐待されている場面や
強そうな男の首が横に捻られて折れる場面など
永遠に続いたと思われるほど
凄惨な場面が何千回、何万回と続いて
さらに縁側で黒いバムの姿の食王が俺とスイカを食べる
場面の目の前へと、一瞬だけ切り替わった後は
俺とバムは、先ほど俺が食王から飲み込まれた
宇宙船内の食堂に立っていた。
そこには誰も居ない。
俺はバムの手を取って
落ち着き払って、先ほどと同じテーブルの周りに
椅子を二つ横に並べ座る。
「あの、ここは……」
不思議そうなバムに
さっきここで食王と対話したことと
それが印象的な場面として記憶されていたから
ここに連れてこられたのではないかと教えると
「そうか……分かりました」
バムは深く頷いて、意を決した顔で
腰を椅子に深く落ち着けた。
しばらく待っていると
食堂の扉が自動で開いて、微かに認知できる
透明な気配がゆっくり入ってくる。
そして俺たちとテーブルを挟んで反対側に座った。
気配は、何を言うでもなく
黙って座ったまま佇む。
しばらく全員で黙ったまま
食堂に座った後に、俺は気配に向け
「なあ、スイカ、夢の中でも旨かっただろ?
きっと、俺が食べていた味と同じだろ?」
と語り掛けた。
気配はジッとしたまま動かない。
「もう、止めよう。なあ、もう
大丈夫だ。俺たちはお前を害さないし
お前も俺たちを害さない。
それでいいだろ?もう、止めよう」
透明な気配はジッと俺を見ているようだ。