食べ物
食王は意外な顔をして顔を歪める。
「食べ物?食事について私と話すのか?
やはり、君は興味深い」
俺はしばらく黒いバムの顔を
落ち着いた心で眺めると
「お前は、食べ物についてどう思っている?」
「必要な栄養素の摂取だ。
バムスェルを吸収したのもその範疇だと食事だな。
それに転生して、皮たちの中身を
抜き取るのもそうだ」
「そうか」
しばらく間を置いて
「お前以外の生き物の食事について
お前はどう思っている?」
「私と同じだ。栄養素の摂取に過ぎない。
彼らはその哀れな生を全うするために
義務的に食べ、そして死んでいくだけだ」
俺はバムを乗っ取った食王の
訳知り顔をしばらく見つめる。
哀れな生き物だ。個体としては強いのかもしれないが
大事な事は何も知らないままだ。
「どれくらい生きた」
「私か?果てしない時間を生きたよ。
何千回、いや、もしかすると何十万を数えるほど
転生を繰り返したかもしれないな。
もうよく覚えていないが」
それでこれか。
俺の両目から涙が流れてくる。
感情は高ぶっていないが、なぜか両目から
涙が止まらない。
「どうしたんだ?」
「お前の、それにお前に吸われたバムの代わりに
泣いていると思う」
「共感。くだらぬな。世界は弱肉強食で
シンプルにできている。
すべては理由があり、数式のように
解き明かすことができる。感情などというのは
君らで言う脳の物質が、生存本能に従って
放出されたり、止まったりすることによる結果に過ぎない」
「本気でそれだけか?」
俺は涙を拭わずに食王に尋ねると
「ああ。それだけだ。突き詰めると全ては
因果に則った通り過ぎていく現象に過ぎない」
無言で俺は食王を見つめて
涙を流し続ける。
「どうしたのだ?」
「バムがお前の傍に居た理由が分かる。
お前は孤独なんだよ。本当は何も知らないんだ」
「狂ったのか?いや、狂っていたのか?」
食王は顔中を歪めて、嬉しそうに尋ねてくる。
俺はふいに夢の中で食王にスイカを
食べさせたことを思い出す。
「スイカ。覚えていないか?」
いきなりけたたましく食王は笑い始め
「ああ、何十万回と食べさせられたよ!
君の精神に内在していた牢獄の中でな。
スポーツというのか?あれは酷いものだな」
「違う、俺と縁側で食べたスイカだ」
食王は、ピタッと笑いを止めて
「あれは……」
と言葉に詰まった。
「人間にとって、食べ物は喜びなんだよ」
食王は黙っている。
「労働や、学業、旅や研究、それに飢餓や病気
不幸、幸福、どんな状況でもいい。
それらに例え微かでも楽しさや、
喜び、または思い出を添えてくれるのが
食事の役割だ。どんなに旨いものでも
どんなに不味いものでも
ああ、お前が遊びで、味覚を壊して
今この世界で、毒を食べているような人たちでも!
毎日嬉しそうに食べてるんだよ、だから、だから……」
「何も分かってない、お前如きが!
わかった様な口を聞いてるんじゃねええええええ!!!!!!!」
食王に叫びながら、今までの冒険で
仲間たちと作ってきた食事の数々の姿かたちや味が
幾つも、食べている場面と共に、頭の中を過ぎっていく。
元の世界で死ぬ直前に食べた
不味い作り方をした即席ラーメンも。
食王は明らかに一瞬、泣きそうな表情をした後に
先ほどまでよりさらに顔を歪めて笑い。
「ああ、そうか……やめた」
と席を立ちあがった。
そして俺を見下ろして
「ゴルダブル君、私は君とは相棒になれると思っていた。
けれど、どうやら相容れぬようだ。
しかし、君の複雑かつ頑強な精神世界は惜しい。
なので、君ごと貰うことにする」
俺はその言葉を待っていたかのように立ちあがった。
そしてツカツカと食王へと近寄って
「いいぞ。食え。お前にとって
俺を食うことは利益になるんだろ?
それも喜びだ。俺たち人間も命を食って生きている。
お前と同じだ。俺を食え。
そして、少しでも人が食べ物で知る喜びを知れ」
一瞬、食王は怯えた表情をして
そしてその小さな真っ黒な口を、いきなり両手で広げると
俺を頭から丸呑みした。