服喪
パシーの指示通り、料理を作ると
黒い水に浸された麦飯が出来上がった。
臭いも酷い。マクネルファーが堪えきれずに
近くの岩陰で吐いている。
「あの……」
全員でパシーを見つめる。
味覚が違うファイナですら近寄ろうとしないので
相当にやばい代物ができたらしい。
パシーは慌てて
「こ、これでいいはずです……」
自信なさげに言ってきた。
そうこうしている内に
なんとキクカが躊躇なく料理の入った鍋に
スプーンを突っ込んで、口に入れた。
「うむ……塩が足らない。
あと、ムチャクを小さじ一杯入れて臭いを消すといい」
「だ、だいじょうぶですの?」
「問題ない」
キクカは頷いて、塩の瓶と、真っ赤な溶けた液体が詰まった
見知らぬ調味料の瓶を渡す。
ファイナがキクカの言ったとおりに
塩と調味料を鍋の中へと入れると
臭いは消えた。
「できた。皿に入れて持っていけ」
「改めてみると、お粥みたいな感じかにゃ」
「食王側の味覚なんだろ?味見は禁物にしよう」
「その方が良いよ」
「私でも、食べられませんわ……」
パシーは申し訳なさそうに俯いている。
吐いていたマクネルファーは
キクカと共に外で待つことになった。
墳墓内の案内は一体の骸骨がカンテラを持ってしてくれるらしい。
金属の扉を開けて、墳墓内の通路へと入っていく。
先ほど作った料理は
お盆に置いた皿の中で揺れていて
ペップが丁寧に持っている。
折れ曲がった土の通路を
骸骨の持ったカンテラを頼りに進んでいくと
途中で宝石で飾り付けられた金の棺の
置かれた部屋を横に幾つも見ることになる。
「棺が無暗に豪華だにゃ」
「こりゃ、国にあったら盗掘されるよねー」
「中はミイラなんでしょうか?」
骸骨は無駄口を叩かないで案内していくので
詳細は分からないが、
この墳墓の中の棺だけでかなりの額になりそうである。
さらに通路を進んでいくと
「ここです」
骸骨は鉄製の棺が置かれた小さな部屋を指し示した。
狭い入り口を頭を下げて潜っていくと
中にはボロボロの服を着た
小柄な痩せた男が筵の上に寝ていた。
髪の毛も髭も伸び放題である。
「この人が、サリさん?」
ピグナが骸骨に尋ねると、黙って頷く。
ペップが近づいて
「あー栄養失調気味だにゃ。
あと光を浴びてないから骨密度も酷いもんだにゃ」
「分かるのですか?」
「最近何か、色々と見えるにゃ。
ゴルダブルと旅をした成果かにゃ」
「とりあえず起こしてみようよ。ほらパシー
頑張って」
「わ、私ですかぁー?」
パシーが困惑した顔で、サリの肩をツンツンと突くと
「お、おお……寝てしまっていましたか」
サリが起きてきた。
髪と髭が伸び放題で
服もボロボロの男は筵の上に正座して
俺たちを見上げてくる。
「食事を持ってきましたわ」
ファイナがペップから受け取って
彼の前にお盆に乗った皿と箸を並べると
サリは両手を合わせて
「かたじけない」
と俺たちに頭を下げるが
一切、食事には手を付けない。
「お腹痛いにゃ?」
「食べた方が良いよ。このままじゃ後二年の服喪期間持たない」
ピグナが真面目な顔でそう言うと
サリは首を横に振り
「もう、良いのです。一年間ここで考え続けて
馬鹿馬鹿しくなりました。我が国の争いは
きっと未来永劫止まぬでしょう。
ならば、私でなくとも……」
「即身仏にでもなるつもりなの?
くだらないって、せっかく生まれたんだから
病気とか老化で、それに事故とかで
どうしようもなくなって死ぬまでは生きようよ」
「……」
サリは済んだ瞳でこちらを見上げて首を横に振る。
ピグナが思いついた顔で
「じゃ、パシーちゃん、大天使が命じます。
この男を説得して食べさせなさい」
「えっ、またわっ、私ですかぁ?」
パシーは涙目で俺たちに助けを求めてくるが
俺たちも妙案が思いつかないので
目をそらす。
パシーは仕方なくしゃがんで
「……あのー貴方がしてることって
緩やかな自殺ですよね?
そういうの天国にいけませんよ?」
「わが国では自殺が罪ではありません」
「いや、そういうことじゃなくてぇ……。
ちゃんと命を使い切らないと、お空に昇れずに
色々と不幸な形でさ迷うことになるんですよぉ……」
「命なら、もうここで使い果たしました。
祖父の亡骸に寄り添いながら逝こうと思っています」
「いや、だからぁ……あなたまだ
色々と未練があるでしょお?そのために
戦わないで逃げるのですか?」
サリの顔が急に険しくなって
「逃げる……いや、逃げではありません。
ここで考え続けた末に色々理解したのです」
パシーは困った顔で
「あのですねぇ……こんなジメジメした土の部屋で
色々と考えてもネガティブなことしか
思い浮かばないんですよぉ……人間の頭って
そう言う作りになってるんです」
「そういう作りとは?」
「きちんとした食事、それから
筋肉を維持するための適度な運動と、身体の回復のための睡眠
あと日光にもちゃんと当たらないと
次第に狂っていくのが、人間の脆い思考力なんですぅ。
だから、せめて食べてくださいよぉ。
きちんとした上でぇ、死にたいならもう止めませんけどぉ……」
サリは何とパシーを羨望の眼差しで見つめる。
「一つの真理に出会ったような気がします」
「真理じゃなくて、人間の生活人の常識ですよぉ……」
パシーは両肩を落とす。
「思ったよりやるもんだにゃ」
「そうですわね。ポンコツなりに説得してしまいましたわ」
「意外と底が知れないね」
「そうだよな……」
四人で部屋の隅で頷き合っていると
サリが黒いお粥を啜り始めた。
パシーはホッとした顔でピグナのところにきて
「あのー何ピグナポイントでしょうか?」
オズオズと尋ねてくる。
ピグナは少し考えて
「十三ポイントくらいあげてもいいかもしれないね」
「えっと、十三足す今まであったポイントの八で二十ですね!」
パァっと明るい顔になったパシーに
「二十一だにゃ」「二十一ですわ」「だな……」
全員で一斉に突っ込んで
ピグナが大きなため息を吐いて
「やっぱダメだ。マイナス一点で言ったとおりに二十にしとくよ」
「そ、そんなぁ……」
パシーはその場でしゃがみこんでうな垂れていた。
サリは棺の近くで旨そうに料理を食べつづけている。