助命
俺たちが振り返ると
マーズラーヴァが振り返って
輝くような微笑みを向けてきて
「ここは水があふれる麗しき世界……と見せかけて全て毒水
正直者の人たちが住む世界と見せかけて
真実を語るものは一人もいない。
という惨状だったのですよ」
「そうだったのかにゃ……」
「また、危なかったですわね」
マーズラーヴァは微笑みを絶やさずに
二十メートル背後で、また土下座をしている
ピグナを指さし
「あのような下賤な者を従えていては
とても時間がかかったと思われますわ。
今から私が、あの汚らしい者の卑しい魂まで焼却致しまして
すぐに代わりの、大悪魔級の者を寄こしますので
少し、このままお待ちくださいね」
微笑みながらピグナの方へと歩み寄っていく
マーズラーヴァを慌てて全員で囲んで止める。
今までの話が全部本当なら、この大悪魔は
ピグナを躊躇なく消滅させてしまいそうだ。
「マーズラーヴァさん、それは堪忍してくれんかのぅ……」
「そうだにゃ。ピグナちゃんの助けが
あったからこそ、ここまで来られたにゃ」
「申し訳ないですけど、もう助けは十分ですから……」
三人で必死に頼み込んで、最後にファイナが
マーズラーヴァの前へと進み出てきて真剣な眼差しで
「獄炎王様、あの方は、わたくしが召喚して
ゴルダブル様の生命力で、現世に維持されています。
なのでわたくしたちの責任で、最後まで面倒を見たいと思います。
ご容赦いただけますか?」
そう言うと跪いて、深く頭を垂れた。
マーズラーヴァは数秒、ファイナの下げられた
後ろ頭を無表情で見下ろして
そして再び顔のこぼれんばかりの笑みを戻すと
「よろしいでしょう。英傑の皆様の
御助命を一生魂に刻むがよい……資格無き下賤な者よ!」
二十メートルほど離れたファイナへと腕を伸ばして
指をさして恐ろしい声を上げ一喝した。
ピグナは土下座したままブルブルと震えだした。
マーズラーヴァは本当に申し訳なさそうな顔で
「我々の判断違いとは言え、あのような下賤な者を
送り込んでしまいまして、大変失礼を致しました。
気に食わぬ時は、召喚で私をお呼びして頂ければ
いつでも完全焼却致しますので
気軽にお声をかけてください」
頭を下げてきたので、皆で慌てて
「い、いえいえいえ、それには及びません。
あの、もう本当に結構ですので」
「もう十分だにゃ……助かったにゃよ……
あとはこっちでやるにゃ」
「そ、そうじゃな。ありがとうございました」
最後にファイナが
「冥王様、そして死神長様に宜しくお伝えください。
ありがとうございました」
立ちあがって、深く頭を下げると
マーズラーヴァも深く頷いて微笑み
そしていきなりスッと消えた。
その瞬間に辺り一面についていた火炎がすべて消えて
灰だけが残る。黒煙が渦巻いていた空も
次第に晴れてきた。
全員でその場に座り込む。
俺はずっと背負っていたパシーを降ろして
雲間から次第に見えてくる青空を見上げて呆然とする。
「あっ、ピグナちゃんが……」
ペップとファイナが立ちあがって
二十メートル後ろで土下座したまま震えている
ピグナに走り寄って行った。
俺は近くで同じように座り込んでいる
マクネルファーに
「あれが本物の大悪魔なんだな……」
「そうじゃろうな……マリーの近くにも
似たようなのがおったわ……そっちは天使や神かもしれんが……」
「そう言えば、会った覚えが……」
紳士的な雰囲気だった気がする。
いや、今の大悪魔も丁寧な人だったが
ピグナへのゴミのような扱いを見ると
俺たちの能力に価値があると認めているから
大事に扱っているだけのようだ。
「よく話を思い出すと、人間性の欠片もなかったぞい……。
大悪魔じゃから当然じゃが……」
「自分にとって価値があるかないか
不快かそうじゃないかしかないんだろうな……」
パシーがタイミングよく起きてきて
「う、うーん……あれ……何か、景色が違いますよ?」
と言ってきたので、今起こったことを説明すると
真っ青な顔をして
「や、やっぱり私、天界に帰ります!」
背中の翼をはばたかせて、飛び去ろうとして
向こうでピグナを介抱していたペップに勘付かれ
放たれたペップの気弾が見事に頭に命中して
すぐにまた地上へと落ちてきていた。
どうやらもう逃げられないらしい。
結局、気絶したパシーをまた俺が背負って
大穴へと近づいていく。
ピグナは全身の体液を全ての穴から垂れ流して
土下座のまま、気絶していたらしく
ペップとファイナが着替えさせて
そしてペップが荷物と共に背負っている。
真黒な大穴を全員で見下ろす。
階段も底も何ひとつ見えない。
「飛び降りるしかないにゃ」
「そうですわね」
「そうだのう。せっかく短縮してくれたからのう」
「……じゃあ、せーので」
と俺が言った瞬間にペップが荷物とピグナを背負ったまま
躊躇なく飛び降りて、ファイナとマクネルファーも
それに続く。俺も今度は足をくじかないように
慎重にパシーを背負ったまま飛び降りた。