千年
「わしは長いこと待ったんじゃよ……」
「どのくらいだにゃ?」
マクネルファーは右腕に巻かれた腕時計を見て
そして
「ざっと千年くらいじゃ……」
とまた涙目になる。
「ほ、本当ですか?よく生きていられましたわね……」
「なんでか死なんでのう……」
ピグナが鋭い目つきで腕を組みながら
「つまり、じいさんは、あたしたちから別れてから
千年をこの世界で生きていたんだね?」
「そういうことになるのう……」
俺は頭が混乱してきて
「ピグナ、どういうことだ?」
と尋ねると、ピグナは頷いて
「んとね、つまりフロアごとに時間の流れが違うんだよ。
恐らく、ここの世界は時間が外と比べて
とても速いんだと思う。当然、体感も
この世界に合ってるから、だから千年に感じる」
「……つまり、マクネルファーが塔から落ちて行って
別れた後に、俺たちが上の世界で過ごしていた
十数時間で、こっちでは千年経っていたってことか?
これで合ってる?」
「完璧だよ。みんなも分かった?」
「なんとなくは分かったにゃ」
「分かりましたわ」
マクネルファーもため息を吐きながら
「皆が歳を取っとらんということは、そういうことじゃろうな」
力なく頷いた。
「で、じいさんは今度はどんな自逆風自慢をするにゃ?」
「そうですわ。千年の楽しみ方を早く聞かせてくださいな」
ペップとファイナが目を輝かせて
マクネルファーの方を見つめる。
彼はまた深くため息を吐きながら
「いや、辛く悲しい、時間じゃったよ……」
壮絶な千年間を語り始めた。
「わしは、この世界に落ちてすぐにこの墓石の街に
たどり着いてな。そしてすぐに
あの機械人形たちに出会ったのじゃ。
人間そっくりな機械人形たちは、ずっと
あのように葬列ごっこを延々と繰り返しておった。
ある特定の時間に、各々の家から起きて
そしてあのローブを着て、この聖堂まで空っぽの棺を
もっていき、そして葬式を始めて
終わると家に帰ってローブを洗濯して
室内の乾燥している場所に干して、眠りにつく」
「ふむふむ。不思議ですわね」
「その家も見てみたいにゃ」
「わしは、それらを観察しつつ、まずは食料を探した。
すると、以前の階で廃墟の中の調理場のようなところが
あったじゃろ。あれそっくりな調理場が
この聖堂の脇の部屋にあるのを発見してな」
「そこもあとで探索するにゃ。減った食料補充するにゃ」
「まだ自逆風自慢まで行ってないですわ」
俺とピグナは黙って聞いている。
「食料の心配がなくなったわしは
機械人形たちをさらに観察することにしたんじゃ。
ローブを脱がせると、男女ともに
殆ど質感は人間そっくり裸だった。
さらに一体を捕らえて、開胸してみると
中は金属で歯車とモーターで回っていることがわかった。
こうなったらわしの得意分野じゃ。
持ち前の機械工学と、そして魔導学を駆使して
わしは、機械たちの空っぽな頭に機械の簡単な脳を植え付けて
わしの命令を何でも聞くようにした。
幸いにも、材料はこの聖堂の地下空間に膨大に落ちていてな。
困ることは無かった」
「ふむー。エッチな臭いが若干してきたにゃ」
「ペップさん、まだ堪えてください。まだですわよ?」
「その後は、そうじゃな。ペップさんが居るから
詳細は伏せるが、女性の方の人形を複数使って
色々としたりもしたわい。でもそのうちに虚しくなってのう。
たかが人形じゃよ。人間ではない。寂しくもなる」
「じいさん、ナイスだにゃ。これで私も続きが聞けるにゃ」
「マクネルファーさん、その調子でお願いしますわ」
「虚しくなったわしは、もっと人形たちの脳を複雑にしようと
思い立って、研究を開始したんじゃ。
大体、ここまでで五十年じゃ」
「辛かったですわね……」
「いや、毎日、わし専用の人形たちと色々と……。
おっと、その話はここまでにして続きを話すかの」
マクネルファーを睨みかけていたペップがニコッと笑った。
「そして、さらに百年経った頃にとうとう
わしは完成したんじゃよ。殆ど人間と変わらないような
思考をする機械人形をな!
それからは毎日がパラダイスじゃったわ。
創造神とあがめられて、連日祭りのような日々じゃよ。
新しい街も周辺にいくつも作った。
あらたな機械人形たちを生産して、数も何万体に増やしたんじゃ」
「ふむふむ。でもこの街にはいませんでしたわよ?」
「じいさん、妄想の世界で生きてないかにゃ?」
「いや、実際近くに街の跡がある。時間があれば
行ってみてくれい。そして八百年は平和で
わしも楽しい時間を過ごし
神とあがめられてチヤホヤされておった。
だがな、ある邪悪な英雄が機械人形たちの中から生まれて
事態が一変したのじゃ」
「興味深いですわ」
「じいさん早く続きを聞かせろにゃ」
「トンファーケリーという名のその男の機械人形は
わしが造らなかった邪悪な心をもって
他の機械人形たちを支配しようとした。
そこで、街と街の間に戦争が起こって
それが延々と広がっていき、五十年ほどで
せっかくの機械人形たちのパラダイスも全て廃墟となり
最後に生き残ったトンファーケリーも自殺して
わしの千年のすべてが灰燼に帰したわい……」
「ふむふむ。つまり機械人形たちは自滅したんだにゃ?」
「そういうことにもなりますわね」
「それでわしは、絶望の淵に落とされて
残されたプロトタイプの機械人形たちと共に
毎日葬式ごっこをするしかなくなったわけじゃ。
そこまで落ち込んでいても、病気一つせんでのう……死ねなかったんじゃ」
「マクネルファーは、トンファーケリーに対して
何か対策はしたのかにゃ?」
「不幸にもあいつは、わしより、頭が良かったんじゃよ……」
「それはもうどうしようもありませんわね……」
「でも、マクネルファー、一つ言いたいんだけど」
ここまでずっと黙っていたピグナが口を開いた。
恐らく俺と言いたいことは同じだろう。
「なんで、味覚の妥協点を探る研究しなかったの?
それを完成させる絶好の機会だったのに」
マクネルファーは口をあんぐり開けて
「あっ……思いつきもしなかったわ……」
全員で力が抜ける。