悪意
宙から穴が消えてから
恐る恐る俺が
「な、なんだ、あの手……」
呟くと、ピグナが腕を組んで
「上位悪魔だね。あの個性的な手を見ただけで分かるよ」
「じょ、上位悪魔がなんで、この塔に?」
「食王に雇われてるんでしょ。監視兼味見役だね」
「そ、そうか次は三十秒とか言ってたが……」
「……三十秒で作るしかないね」
ピグナがそう言うと、全員がすぐに集まり
次の料理の案を出し合う。ここで立ち止まっている時間はない。
三十秒で出来る料理と言えば
混ぜ物くらししかないので
そうすることにして、次は味覚を俺たち側に
寄せてみることにした。
一応離れたところで、一度試作品を作ってみる。
ほうれん草のようなこの世界の野菜である
レグルリージュの胡麻和えである。
少し卑怯だが、あらかじめ茹でた赤いレグルリージュを
ペップが全速力ですりつぶした胡麻と砂糖と
醤油に近いソイソースに混ぜて
軽く絡めて終了である。
「旨い。これならいけるじゃろ」
マクネルファーも太鼓判を押してくれた。
俺たちは食材を調理機材に置いて
位置につき、時計を持つマクネルファーの合図と共に
全速力で胡麻和えを作り終える。
「よし!ピッタリじゃ!」
すると再び、宙に穴が開きそこから
毛むくじゃらの筋肉質な手が伸びてきて
胡麻和えの皿ごと、穴の中へと取り去っていく。
しばらく穴を見上げて待っていると
「まあまあだな。でも違う。作り直し。
今度は十五秒だ」
と穴の中から低く声をかけられる。
しばらく呆然としてから
穴が閉じると、再び全員で集まる。
「おい、十五秒は無理だろ」
「通さない気では?」
「悪意あるじゃろあれ……」
「ハイキャッター拳の気弾を穴にぶち込むにゃ?」
ピグナは一人黙って考えて
「本当は、食王に喰わせてやろうと思ってたんだけど」
と荷物の中をゴソゴソと漁りだす。
皆で見つめていると
ピグナは荷物の中から、真黒な液体の入った瓶を
取り出した。
それには見覚えがある。
「漁師連合国で、ヌーングサーの娘から吸出した……」
ピグナは静かにと口に人差し指を立てて、皆を集める。
「うん。あの娘の身体中にたまっていた
汚染物質だね。今の食王なら多分
大好物でしょこれ?」
「それで持ってきていたのか」
「で、それをあの悪魔に喰わせるのか?
大丈夫かのう……」
「もちろん全部は飲ませないよ。
小分けして甘い味付けでね。面白いと思わない?」
ピグナはククと小さく笑う。
「まあ、これだけ嫌がらせされてるから
ちょっとくらいは仕返ししないとな」
「悪魔だから死なないんだにゃ?」
「うん。そっちは心配ない。
これでだめなら、ペップちゃんが気弾を
全力で穴にぶち込むということで」
「任せろにゃ!」
「私も闇の獄炎を打ち込みますわ!」
ファイナとペップは腕を立てて頷いた。
再びマクネルファーに時計を持ってもらって
俺たちはコップに小分けした真黒な
汚染物質に砂糖をぶち込んでかき回しまくる。
「よしっ、十五秒じゃ!」
また宙に開いた穴から、紫色の腕が伸びてきて
そして真黒な液体の入ったコップを取り去っていった。
固唾を飲んで上を眺める。
ペップはすでに、穴に向けて気弾を
撃つ準備を始めていて、ファイナも
呪文の詠唱を始めている。
しばらく沈黙が続いて穴の中から
「ごぶぁ!ブホォォオオ!こ、こら審査員である我に毒を!」
と怒った声がした瞬間に
「黄金星光爆裂破ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
力をためていたペップが穴の中に黄金の気弾を
両手から何発も打ち込んで
「冥界の獄炎よ!あの穴の中の者を焼き尽くせ!」
同時にファイナの開いた両手から
怒り狂う亡者の顔のような形をした
巨大な炎が穴目掛けて正確に二発撃ちこまれた。
気弾と炎を吸い込んで
しばらく沈黙した穴を全員で見上げていると
「あの……すいません、もう通ってください……。
おちょくって、すいませんっした……」
すっかり弱気になった声が言ってきて
同時に、俺たちのすぐ近くに、
金属製の螺旋階段が出現する。
穴に向けてペップが
「もう逆らうにゃよ!私たちはエッチ撲滅団だにゃ!
ちゃんと覚えとけにゃ!」
そう勇ましく叫ぶと、逃げるように穴は
シュルシュルと小さくなり消えた。
「いや、エッチ撲滅団じゃないぞ……」
「あれ?違ったかにゃ……」
むしろ、いつ付けたのか教えてほしい。
「あ、みんなこれ見てよ!」
ピグナの指先を見ると
床に投げ捨てられたダイオウイカの肉が
どこかから出てきた数百匹の小さな青い虫たちに
一斉に食べられて、すごいスピードでなくなっていく。
「ああ、そういうことか」
マクネルファーがその光景を見ながら頷いた。
「どうしたにゃ?自分の中の虫マニアの血が覚醒したのかにゃ?」
「違うわい。そうでなくて、わしら以前の
この塔に挑んだ者たちの末路じゃろあれ?」
俺も理解したくはなかったが、その意味が分かってしまった。
「つまりここで無理難題を言われて
上がれなかったら、出られないので餓死して……」
「あの肉の様に綺麗に処理されるのですか……」
ファイナも理解したようだ。
虫たちは床の肉を跡形もなく食べつくすと
フッと消えて行った。
「これも冥界の建物の内部崩壊を防ぐシステムだよ。
不要になったゴミを食べてくれる虫だね」
以前の挑戦者たちの遺体や
荷物などもすべてあの虫に食べられたのだろう。
「やっぱりさっきの悪魔、引きずり出して
殺しといたほうが良かったにゃ?」
ペップが鋭い目つきで言うが
俺は首を横に振り
「とにかく螺旋階段を上がろう」
全員が頷いて、ゆっくりと上の階を目指していく。