登る準備
「て、天国が見える……て、天子様かな……」
自分の顔をタオルで吹いているピグナに
横たわったマクネルファーは朦朧としながら尋ねる。
「悪魔だよ……それよりじいさん、今は喋らないでよ」
「ふむ……身体に傷はありませんわ」
「ちょっと帯電してるにゃ……稲妻が落ちなくてよかったにゃ」
「ゴルダブル、ここでキャンプを張ろう。
じいさんが回復するまで、休息をとらないと」
俺は介抱から離れて、一人で近くにテントを立てながら
周囲を見回す。壁は真黒な石造りで
照明や光の類はないが、不思議と辺りに光量は不足していない。
この階は巨大なホール状になっていて
奥には上に登るための大きな階段が見えている。
内部に苔などは生えていない。
静寂に包まれていて、危険な雰囲気ではない。
しばらくは休息できそうなので
安心してテントを張って、寝袋を出し
介抱の終わったマクネルファーをその中へと
仲間たちと寝かせる。
金属化は、ファイナが再び魔法を唱えて
解いたようである。身体は軽い。
寝かせ終えると、全員でテントの外へと出て
「休息した後に、登るしかにゃいんじゃにゃいか」
「ピグナさんならば、知っているのでは?」
「いや、あたしも中のことまでは詳しくは……。
上級悪魔じゃないし……」
俺は周囲を見回して
「……マクネルファーが回復したら上がろう。
それまでは動かない方が良い気がする」
全員頷いて、食事の準備を始める。
密閉空間なので、煙を立てない方がよいと思い
準備してきた作り置きを出そうとすると
ピグナから耳打ちされたファイナがいきなり
「ヴァイ・ホバアズ・ダナン!冥界の炎よ!
指先に宿れ!」
人差し指に激しく燃え盛る炎を灯した。
ピグナが紙切れを持ってそれに近づいて
燃やし、煙が出始めると
その上の空間に小さな真黒な穴が出来て
煙を吸い込み始めた。
「やっぱりそうか。塔が内部から壊れないための
冥界の技術の一つだよ」
「つまり火を使ってもいいんだにゃ?」
「温かいものが食べられますわね」
ファイナの指に宿った炎で
俺たちは温かいスープを作り始める。
器具で固定された鍋の下に燃え盛る指を入れて
しゃがんだファイナは
「結構楽しいですわね」
と言いながら、ガスバーナー役を
無邪気に楽しんでいるようだ。
完成したのちに、四人で
スープとパンを食べながら今後への確認を始める。
「食料は、一か月分ある上に、切れたらファイナちゃんの魔法で
冥界の食物を召喚すればいいからね。
心配はしないでいいと思う」
「にゃあ、ピグナちゃん、冥界を経由して
この塔から自由に出入りってできないにゃ?」
ピグナは苦笑いして
「冥界の環境だと、こちらの生物は数時間で息絶えるよ」
ファイナが驚いた顔をして
「そうだったのですか!?」
「知らにゃいのか……暗黒魔法の達人にゃのに」
道理で以前の大会で
冥界に対戦相手を躊躇なく引きずり込んだわけだ。
「それから一度入った冥界から出るためには
暗黒魔法での召喚が必要だね。
つまり、冥界を利用して自由に出入りするのは
無理ってこと」
「でも、死神長はキクカとずっと居るんだろ?
召喚からも呼べたりして、何か変じゃないか?」
ピグナは真面目な顔で
「あたしたち、並みの悪魔や天使より
もっと上位の存在は、自由にこの物質世界と
冥界や天国を行き来してる。
召喚魔法も、相手が嫌なときは簡単に拒否するんだよ」
「少なくとも死神長に嫌われてはいないにゃ?」
「応じてくれたから、そういうことだね」
「とにかく、もう登るしかないってことだな」
「腕が鳴りますわ!」
ファイナはやる気のようだ。ペップも
静かに闘志をためている。
「かなり上まで登らないといけないのは
確かだから、みんな慎重にね?とにかく
無駄にエネルギーや食糧を使わないようにしよう」
「そうだにゃ!エッチなことを考えるエネルギーを
今は生命力に変えるにゃ!」
「う、うん……」
それから俺たちは
この階から動かずに
体調の調整や、器具の再点検などをして
回復してきたマクネルファーと夕食を食べ
翌朝までテントの中で寝た。
ちなみに俺は入れなかったので
寝袋で外で寝た。どこに行っても
立場は変わらないらしい。