突破作戦
起きて朝食を食べ、出発する準備を始める。
ワールドイートタワーに張っている
大量の帝国兵への対処については、ピグナが
朝食を食べているときに、進みながら話すと言っていたので
とりあえず、そうすることに皆で決めた。
ズパーの背中に乗りながら
嵐が周囲に渦巻くワールドイートタワーを見ながら
荒野を進みはじめる。
のっそりと進むズパーの大きな背中の上で皆で集まって
さっそく話し合いを開始した。
「突破するには、ファイナちゃんの魔法を使うしかないと思う」
ピグナはそう言って、真剣にファイナの顔を見つめる。
「わ、わたくしですか?」
「うん。ペップちゃんの格闘術でもいいけど
超広範囲に攻撃はできないでしょ?」
「ちょっと待て、攻撃するつもりなのか?」
「うん。だけどゆーっくりね。
キーを差し込む、塔北にある大きな墓標の周りから
兵士が逃げてくれればいいだけだし」
俺は少し考えてから
「どういう作戦なんだ?」
「ファイナちゃんにまずトレーナーパイセンを千体召喚してもらう」
「ひゃ、千体ですか……わたくしの魔力がもつかしら……」
心配そうなファイナに、ピグナは
「ゴルダブルから生命力を頂いて魔力に変換しよう。
あたしが吸うときは手伝うよ」
「俺?」
「うん。でね、トレーナーパイセンたちを
一斉に塔の北に解き放って大混乱に陥れつつ
それから、さらにファイナちゃんには死神長のノルノルノル
を呼び出してもらう。彼にはあたしたちがキクカちゃんを手伝った
借りがあるからね。来てくれるはずだよ」
「キクカちゃんのお友達の神様だよにゃ?」
ピグナは頷いた。ファイナは自信なさそうに
「ま、また、わたくしですか?」
「ゴルダブルから魔力は吸い取るから
大丈夫だって!心配いらないよ!
あたしがずっと地上で活動していられるのも
ゴルダブルから常に生命力吸ってるからだし。最初のころに言ったよね?」
「いや、待て、俺は大丈夫なのか?」
「大丈夫だにゃ。ゴルダブルの無限なるエッチな欲望も
一緒に吸い取ってもらうにゃ」
「いや、それは今関係ないだろ……」
黙って聞いていたマクネルファーが
「冥界の存在にだけ頼るとは
帝国兵を甘く見すぎではないかの?
相当に練兵されとるぞ?」
いつになく真剣な顔で言ってくる。
「じいさんは、死神長の凄さを見たことないから
そう言うこと言うんだって。大丈夫だよ!
それからね、トレーナーパイセンで驚かせて
死神長にかき回してもらってる間に
あたしたちは、全速力で走って塔まで行くんだよ」
「ズパーはどうするのです?」
「んー死神長に捧げものとして使おうと思うんだけど。
今後のあの方との、おつきあいのためにもね」
「いっ、生贄ですの?」
「うん。もう要らないでしょ?家畜だよ?」
キョトンとした顔で俺たちを見てくるピグナに
「ああ、そこはやめてくれ。命を粗末にするな」
「だめ?ダメかー?まあ貸しあるしいいかなぁ」
悪魔なので人の倫理観は未だにどこか
わからないようだ。
「ズパーの身体に派手に貴重な鉱石を括り付けて
冥界の生物たちと突入させてはどうかの?
如何に訓練されているとはいえ人間じゃ、兵たちの中には金に目がくらむものもおるじゃろうし
捕獲された後も、マリーなら
わしが関わったものを無下には扱わぬはずじゃ」
「それだね!さすがじいさん!小狡い!あれ小汚いだったかな……」
「おい、さっぱり褒めとらんぞ」
「へへ、じゃあ、そういうことで!
このペースなら、もうすぐ部隊が見えてくるから準備を始めてね。
墓標の位置はすぐにわかるから」
しばらく進むと、ワールドイートタワーを進む
大兵団が見えてきた。
数万人は居そうだ。ズパーと共に近くの大岩の
陰に即座に隠れる。
「あれ、もしかして全部わしのために……」
「皇帝の命令だと思うよ。バムちゃんが
他の守護神たちの探索を遮ってると思うから
ロボットの操縦者が誰なのかは直接は分からないだろうけど
まあ、帝都の破壊された場所とか盗まれたロボット
それに居なくなったあたしたちとかの状況証拠から推測を立てて行けば
自然とこうなるよね」
「うう……マリーよ……もう諦めてくれんかの……わしは抱き枕ではないんじゃ」
マクネルファーは頭を抱えてしゃがみこんでしまった。
「とにかくみんな、兵士たちを殺さないようにしてくれ。
できれば傷つけるのもダメだ」
「死神長に言っとくよ。
トレーナーパイセンたちは害がないのは知ってるでしょ」
俺たちは作戦の手順を短く詰めた後に
本格的に準備を始めた。
ファイナは巨大な魔法陣を近くに描き始め
そして俺たちは、ズパーの身体中に大き目の輝く鉱石の塊を縄で結んで
大量にぶら下げ始める。
竜の巣で採取してきたプラグナニウム鉱石とも
北の果てで採取してきたスーミルオン鉱石とも
いよいよお別れである。本来の使い方は
マクネルファーが新研究所を爆発炎上させたので
とうとうできなかったが
結果的に旅の資金に大いに役立ってくれた。
感謝しながら縄に結んでいく。
全ての鉱石をズパーの身体に括り付けてたらし終わると
ペップが荷物と共に、別に分けた残った肉団子の袋を全て背負う。
俺は荷物を背負って、ピグナと共に
魔法陣を描き終わったファイナに近づいた。
ピグナは俺の右手を、そしてファイナの背中に手を当てて
「よし!ゴルダブルからエネルギーを取り出す準備は整った!
ファイナちゃん、やっちゃって!」
「行きますわよ!ダ・トレーニンゲストラル・ヴァー!」
ファイナが両手を掲げて空へと叫ぶのと同時に
凄まじい虚脱感に俺は襲われる。
直系数百メートルに及ぶ巨大な魔法陣からは
次々に土人形のようなトレーナーパイセンたちが現れてきて
「なんね?」「あんたなんばしよん」「よびすぎやないね?」
「こんなにわたしたちを呼んでどうするね」
次々に疑問を口にする。
呼び出されていくトレーナーパイセンたちを
ピグナは満足そうに見ながら
俺とファイナを繋いでいる自身の身体は動かさずに
「トレーナーパイセンたちよ!
ワールドイートタワーの付近に
もっと鍛えたいと渇望している者たちが居る!
彼らをどうか鍛えたまえ!」
ファイナが叫ぶのと同時に
肉団子を両手に持ったペップが
「トレーナーパイセンたち、こっちだにゃ!
こっちに鍛えたりない集団がいるにゃ!」
ワールドイートタワーに向けて走り始めた。
腹を空かせているズパーもそれに釣られて
鉱石を揺らしながら、ワールドイートタワーに向けて
いつもの倍の速度で走り始めて
さらにトレーナーパイセンたちも
「なんね」「なんしよん」「なんばしよっと」
と一斉に南へ向けて駆けだし始めた。
次々に召喚陣から出現する大量のトレーナーパイセンたちが
南の、帝国兵が囲むワールドイートタワー周辺目掛けて
猛烈な勢いで駆けていく。
トレーナーパイセンたちが魔法陣から出てこなくなると
ファイナはスゥーと大きく息を吸い込んで
「メ・ルグマスッド・モーラー!
冥界の死神の長よ!おいでください!」
と空へ向けて叫んだ。
俺たちの頭上張れていた空が、不意に曇って
不穏な雰囲気の中、いつの間にか巨大な召喚陣の中心には
王冠を頭に被って、真っ赤なマントを羽織り
全身にジャラジャラと宝石をつけた骸骨が立っていた。
派手な骸骨は俺たちを見ると、全てを理解したように頷いて
「はぁー、ワールドイートタワーに行くんかぁ。
そりゃまたけったいな目的やなぁ。
まあええわ。あんたらを助ければええんやろ?
これでキクカと遊んでくれた貸しはチャラな。
悪いけど、この中の誰かが生き残ったらキクカとまた遊んでやってくれんか?
あの子、モルズビックに帰ってからボーっとしてて
仕事が半端になっとるんやわ」
「もっ、もちろんですわ!わたくしたちにお任せください!」
ファイナが慌てて、頭を深く下げると
「……まあ、期待はしとらんけどな。
じゃ、行ってくるわ。しっかしトレーナーパイセンの群れかあ。
千体はさすがにやりすぎちゃうかな……ズパーはいいとしても。
バムちゃん、怒っとらんかな……」
ブツブツと派手な骸骨は言いながらフッと消えた。
同時に軽い地震が起こって
晴れた空から稲妻が落ち始め
「ははははははははははははははは!!!!!
我こそは死神長なり!!!!!!貴様らの命を頂きに来た!
命が惜しいものはこの場から去れ!
我と戦う資格のある勇士の命しか要らぬ!」
恐ろしい低い声が大音響で辺りに響き渡る。
遠目から見ていても、帝国の兵団たちは大混乱し始めたのがわかる。
「今だよ!行くよ!」
ファイナとピグナは、待機していたマクネルファーと共に
南の塔へと向けて走り始め
俺もフラフラしながら皆についていく。
背負っている荷物が重い……。
なんか、視界もぼやけてきた。ピグナから生命力を抜かれすぎたのかもしれない。
倒れそうになっていると、ファイナとピグナが走って戻ってきて
俺の左右の肩をそれぞれに抱え、大混乱の帝国兵団へと突っ込んでいく。
兵団の中を走り抜けていくと。
「トレーニングせんね!」「腹筋のつけ方が汚か」
「美しい腹筋はこうすれば……」「あんた背筋がちょっと足らんばい」
などととトレーナーパイセンからしごかれて腹筋や背筋をしている兵士たちの列や
「死神長!我こそは帝国将軍アーサー・ヘンドリケーなり!勝負をしてもらおうか!」
などと空へ向かってブチ切れて吠えている体長二メートルほどの金の鎧を着た
強そうな武将を必死に周りの部下たちが止めていたり
そしてズパーに結ばれた貴重な鉱石の取り合いをしている兵士たちなど
もう殆ど軍隊の態を為していない。
易々と俺たちは兵士たちの中を通り抜けていき
高さ五メートルほどの大きな苔むした石の墓標の前へと
たどり着いた。先にペップとマクネルファーがついていて
「遅いにゃ。キーを回すにゃよ」
ペップは荷物から四人分のキーを渡してきて
俺たちはそれぞれ墓標の下部にある鍵穴に
一人ずつ、差し込んでキーを回した。
俺も力が入らず震える手で回したが
とくに周囲に変化はない。
近くに見える、嵐に囲まれた天まで届きそうな塔も
様相をまったく変えていない。
ピグナを皆で見ると
「これでもう大丈夫だよ。嵐で見えないけど
穴の上に機械の橋もかかっているはず、あとはまっすぐに南に進むだけだよ」
「あの……わしは……」
「だーいじょうぶだって、もうちゃんと考えてるから」
ピグナはニッコリと笑って
「ペップちゃん!ゴルダブル背負って!」
「わかったにゃ!ゴルダブルはエッチな欲望を
吸われすぎたのかにゃ?」
「吸われたかも……しれない……」
ペップに背負われながら、俺はそう呟いた。