決勝戦
控室で入念に準備を始める。
二度とやり直しのきかない決勝である。
器具と食材を点検しながら考える。
ここに至るまで色んなことがあった。
ふっとばされたり、燃やされたり
気弾みたいなのを打ちまれたり
神の力を使って、相手の神を引き剥がしたり
……料理大会でもなんでもないよな……。
いや、五回戦と準決勝は
それなりに料理の力で勝ったし、少なくとも
今回は審判員たちに小石とか食べさせても居ない。
純粋にこの世界の料理を作って
勝ち進んでいる。
この状況で毒を食べさせていないのは誇ってもいい。
魔界の植物はちょっと怪しいが……。
審判員たちが呼びに来たので
クェルサマンは姿を消し
控室から全員で競技ゾーンへと向かう。
キクカは今日は全身紫装束とマスクである。
本人によると遊び心を大事にしたいそうだ。
まずは主将挨拶をやりに中心部へと駆けていくと
既に待っていた全身を黒装束で包み込んだ男が
右手を手を出してくる。
左腕には丸い大きな何かを抱えているが
気にしないようにして、握手をすると
「よろしくー」
と男の声が抱えられた丸い何かから
いきなり出てきて、焦りつつも
「よろしくお願いします」
と何とか返して、手を離した。
自チームの待機している窯や器具の前へと行くと
笛が吹かれて、試合が始まった。
俺たちは今回は、クェルサマン一人を監視に残して
ファイナ、ペップ、ピグナ、俺、キクカの
五人で全力で料理に取り組む作戦である。
試合が始まると
足元に相手の能力を測るために置いていた
腐ったリンゴが、見る見るうちに
生気を取り戻していく。
準備の手を止めたキクカが躊躇わずに齧り
「うむ。フレッシュだな。能力は本物だ」
再生能力は伊達では無かったらしい。
俺たちは今回揃えた食材を
テーブルの上に置いていく。
まずは新鮮な青魚の皮である。
そしてパン粉と油と新鮮な卵。
さらには採れたてのダイオウイカの肉
あとはキクカが取り寄せてくれた
中身がぬめって、糸引いている謎の黄色い果物
ジュバングルメサというネーミングも酷いが
とにかく新鮮な果物だ。味は当然酷い。
ちょっと舐めただけで、生きているのが嫌になるレベルである。
さらには一振りでこの世界の味覚以外の人間は
吐き気を催せるだろう香辛料の数々。
隠し味には、帝都で売っている高級酒を使うことにした。
これも酒というよりは、機械などの消毒に使う
アルコール溶剤のような臭いである。
まずはフライパンを油で満たして
ステーキくらいのアツさと大きさの
ダイオウイカに肉を丹念に揚げる準備を始める。
新鮮なダイオウイカの肉は貴重だったので
中々の大枚をはたいた。
味についてはこの世界の貴族が好んで食べていると
言えば察してくれるだろうか。
揚げる準備をペップとキクカがしている間に
残りの俺たちは入念にちょっと黄ばんだダイオウイカの肉に
様々な香辛料をできるだけ味の
不協和音を起こすように塗り込んでいく。
それが終わると、今度はパン粉と卵と別の香辛料を混ぜたものを
丁寧に黄ばんだ肉の周囲へと塗りつける。
そしてそこからはキクカとペップが
その準備が出来た肉を
強火で二度揚げして真黒にしていく間に
俺たちは、その料理につけるソースを作り始める。
まずはアルコール溶剤の様な酒を水で薄めて
そしてその中に醤油のような見た目だが
味は廃液の様なソースと、精製が適当すぎて
岩の味がする塩を少々混ぜ込んでいく。
そしてそれらを灰色になるまで混ぜ込むと
いよいよ、ジュバングルメサの登場である。
切り刻むと納豆の様になる
その謎の黄色い果物を灰色の汁へと
混ぜていく。すると粘り気と臭みが出て
これで特製ソースの完成である。
このソースだけでも俺が食べると、一週間くらいは恐らく
何も喉に通らないだろう。
キクカたちが黒くなるまで焦がした
ダイオウイカの天ぷらを
粘り気が全体を覆うまでそのソースに絡めて
一口サイズに切ってから
審判員たちに調理終了を告げる。
やりきった……こんな酷い料理は
たぶんもうこの世に存在しないだろう。
揚げ物というのは、余程でないと
不味く作れない料理だと、大学の友達は言っていた。
だが、この揚げ物は自信をもって不味い。と言える。
散々練習してきたので、二度と作りたくない。
三人の審判員たちは、駆け寄ってきて
静かに切り分けられた
ダイオウイカの天ぷらを口に放り込んだ。
その瞬間、二人が白目をむきながら号泣し始めて
一人が立ったまま失禁した。
我を失くした三人は担架で医務室へと連れていかれ
会場中がどよめき始める。
キクカがボソッと
「やりすぎたか」
と呟いて、ファイナが
「いーえ!絶対大丈夫ですわ」
「旨すぎるものを食べるとおかしくなるんだな……」
「いや、もしかしたらあのゾンビによって
あたしたちの体細胞が活性化されてるから
起きたことかも」
ピグナが向こうでボーっと突っ立っている
黒装束の何かを抱えた男を横目で見ながら言う。
「味覚が活性化されていたと?」
「かもしれない」
しかし不安である。審判の結果は
三人が回復してからということになり
俺たちは制限時間が過ぎるまで
控室で待つことになった。
復旧したらしい控室のモニターには
棒立ちのまま競技場に居る
黒づくめの男を映し出している。
「本当になにもしないんだにゃ……終了間際に
ゴミを盛るだけかにゃ……」
姿を現したクェルサマンが
「ゴルダブルさん達はああならなくて
よかったですね」
と頭の汗をハンカチで拭きながら言ってくる。
確かにその通りだと皆で頷き合う。
そのまま制限時間が過ぎて
さらに試食した審判員たちも回復したとのことなので
結果発表のために、俺たちは再び
競技場へと向かった。
終了間際に確かに黒づくめの男は
生えている草や小石にトッピングをかけて
審判員たちに食べさせていたのを
モニターでは見た。
あれに負けるのは嫌だなと
主将の俺だけが、競技場の中心へと行って
黒づくめの服を着た男と向かい合う。
審判員の一人が静かに俺の背後に回り
「勝者、チームゴルダブル!」
と大声で天へと吠えた。
頭が真っ白になる。
次に長かったこの数か月のことが思い出された。
勝った、初めて優勝してしまった。
長かったなぁ……自然と涙があふれてくる。
仲間たちが駆け寄ってきて
抱き着いて来たり祝福をそれぞれに
告げてくる。夢みたいだ。
良かった。本当に逃げずに努力して
今回の試合も、もし妨害工作や
小石やらゴミに逃げていたら
きっと勝てなかっただろう。
そのまま俺たちは競技場の中心に作られた
台座へと上がって、優勝の表彰式に出ることになった。
どうやら皇帝陛下が直々に表彰するらしく
物々しい警備の中、嗅いだことのある香水の匂いと共に
見たことのある白髪の上に王冠を被り、赤いマントを羽織った女性が
颯爽とこちらへと敷かれた赤いカーペットを歩いてきた。
近づくと女性はすぐに俺に
「また会ったな。優勝おめでとう」
と直接、首に虹色に輝くメダルをかけてくる。
間違いない、塔の上で会った白髪の女性だ。
やはりこの国の皇帝だったらしい。
さらに透明なままのクェルサマン以外の
全員へとメダルをかけ終わると
女性はサッと、マントを翻して後ろを向き
用意された俺たちのものより高い台座に乗ると
いきなり声を張り上げた。
「皆のものにこの場を借りて発表がある!」
同時に競技場内外に配置した兵士らしき人たちが
綺麗にやまびこ上に、全く同じ発言を外へ向けて
伝えていく。そうか、マイクが無いから
そうした方が伝わり易いのか。感心しながら
壇上から眺めていると
「余は結婚する!相手は後日発表する!
以上だ!」
壇上から振り返らずに降りると
女帝は、そのままカーペットの上を歩いて去っていった。
俺たちは唖然としてその後姿を見つめる。
観客も黙ってしまった。
「なんか……全部、もっていかれたにゃ……」
ペップがそう呟いて、全員で頷く。