決勝戦への準備
翌朝、決勝に向けて俺たちは
作戦会議を始める。
回復したファイナも含めて
メンバー全員でだ。
クェルサマンが真面目な顔で説明を始める。
「決勝の相手は、首の無いゾンビと
猫の守護天使であるミャーエルです。
二人とも五年ぶりの出場で、いきなり決勝まで勝ちあがりました」
「また変なのが相手だな……」
「私たちには関係あるのかにゃ?」
「いえ、本人に話を聞いたことがありますが
猫しか守護しないそうです」
「そうにゃのか……」
「ゾンビが何で出場していますの?」
「何か目的があるようですが、それは分かりません。
それにゾンビの方は、しっかりと変装しているので
見た目は人間と変わりません」
「どんな対策をすればいいんだ?」
クェルサマンはキクカを見る。
「そのゾンビは腐ったものを再生させる能力がある。
つまり、私たちの食材を台無しに
できるということだ。その力で相手を妨害して
勝ちあがってきた」
確かに腐ったり、腐りかけのものは
料理によく使うので問題である。
「触らせなければいいんじゃ?」
「ゾンビの方が、最大で半径十キロほどを再生
できる能力を有しています。
つまり試合に入ると逃げることは不可能ということです」
「そこまでいくと救世主にゃのでは?」
確かにすさまじい能力である。
本人は腐っているのに周りを治すというのも変な話だが。
「この世界では嫌がられる能力ですよ。
食べ物の味も変えてしまいますから」
「それでどうやって、決勝まで勝ち進んできたんだ?
妨害能力として最高レベルなのはわかったけど」
俺の質問にピグナが
「料理の方は、炊いてない米とか、パン粉に
小石とか草とかにトッピングして
審判員に食べさせてたんだよ」
「……つまり料理するのは最初から
放棄していたわけだな……」
気持ちは分かるが、それをこの大舞台でやるのは
よほど覚悟がいることだろう。
絶対に勝ちたい理由がありそうだ。
「実はさ、毎年、この大会の勝者の料理を
この国の皇帝が食べるって慣習があるんだけど……」
「そんなことがあるの?」
初耳である。
「あのコンビが優勝したら、皇帝が今度こそ病気になるのではないかと
我々天使や悪魔、そして神々の間では
囁かれています」
「……もしかして……」
「うん。皇帝陛下は味覚がまともなんだよ。
毎年、この大会の後に三日くらい寝込むのが
恒例になってるんだよね。国民にも公然の秘密だね。これは」
それも初耳だ。ファイナが首を傾げて
「まともとはどういうことですの?」
と言ってくる。確かにこの子だけは味覚が違うのだ。
ピグナは苦笑いして
「ファイナちゃんもあたしたちと一緒に
旅していて、そろそろ気付いたんじゃないの?」
「何をですの?皆さんは、修行で不味いものを……」
ファイナが驚いて、周りを見回した。
「も、もしかして……皆さん……味覚が」
やっとである。何か月一緒に居たんだよというくらい
長い旅と各種大会を経て、ようやくファイナが気づいた
「びょ、病院に行きましょう。きっとメンタルの病気……」
「いや、そうじゃなくて……」
ペップが真面目な顔で
「ファイナちゃん、違うにゃ。この世界の味覚のほうが
狂ってるにゃ。不味いもの好きが高じすぎて
毒を食べている人も居るにゃ」
「……」
ファイナは黙り込んでしまった。
「それでゴルダブルが、その味覚を正そうとずっと
旅をしてるんだよ」
「この大会に優勝すれば
前の食王の居るワールドイートタワーへの道が開けます。
そうすれば味覚を変える手立てを探せるかもしれません。
なので必死にやってきているのです」
クェルサマンも真面目に説明する。
「そうだったのですか……私はずっとゴルダブル様が
ただ、新食王になるための
栄光を得るために旅をしているのかと」
「栄光とか要らないけど、この世界は
ちゃんと普通に戻したいんだよ。それは決めてる」
「……少し、考えさせてください」
ファイナは寝室へと籠ってしまった。
気にはなるが時間も惜しいので
作戦会議を続ける。
「で、どうするんだ?」
「先ほど話忘れた部分なのですが
こちらからの妨害は殆ど効きません。
強力な再生能力があるので
何をされても、元の状態に戻してしまいます」
「本体を直接攻撃しても?」
クェルサマンは頷く。
「そして料理は、最後の最後に数十秒で
適当に作るだけなので、そちらへの妨害も無理です」
「極まってんな……」
勝つため以外の全てを捨てている感じだ。
「天使の方は何をするんだにゃ?」
ペップが真面目な顔で尋ねると、ピグナが
「特に何も」
「……?」
「透明なまま寝っ転がってるだけだよ」
「ゾンビだけでいいのでは?」
「仲いいから一緒に居たいみたいね」
天使を警戒する必要はないらしい。
「そ、そう……とにかく対策を立てよう」
その後、全員で真剣に話し合った結果
難しいことはやめることにして
腐ったものを再生してしまうのならば
腐ってなくて、元々不味いものオンリーで
小石や雑草に負けない
本当に不味い料理を作ろうという
結論になった。
「まともな味覚だったら、気絶するほどの
究極の不味い料理を造るにゃ!」
「その意気だね。キクカちゃん、味見頼める?」
「任せろ」
と俺たちが盛り上がっていると
ファイナがソッと寝室から出てきて
「私が味見は致しますわ」
と言ってきた。
「いいのかにゃ?迷いがあるにゃら
やめた方が……」
「いえ、わたくし決めました。やっぱり
わたくしは皆さんと行くしかありません。
エルディーン家に華々しく凱旋するためにも
そして……」
ファイナはポッと頬を赤らめて俺を見つめる。
お、おお……?
なにか良さげなことが起こりそうな予感に
嬉しくなっていると
「つまりゴルダブルへの恋のためか。
負けないからね!」
ピグナがいきなりファイナをビシッ指さし
それを見回したペップが
「うーむ……今のところエッチではないにゃ。
まだ焦る時間ではないにゃい……」
真面目な顔をして考え込み始めた。
俺は心の中でファイナを全力で応援する。
それから決勝戦まで四日間は
ひたすら、腐っていない健全な食材のみを
使って、健康に食べられる究極に不味い
料理を極めようとする日々だった。
しかしそのうち三日は失敗の連続で
ファイナは感動した顔をするが
両方の味覚を知るキクカが
「ダメだ。まだ極わずかにお前らの味覚的に
旨い要素がある。作り直し」
とダメ出しをしてくる。
そして最終日の四日目、とうとう俺たちは
腐っていない食材のみを使い
不味さの極みへとたどり着いた。
味覚がこの世界基準のファイナはあまりの旨さに気絶して
キクカは何度も頷き
そしてやめとけばいいのに
ペロッと舐めたペップがその場で
胃の中のものを全てバケツに吐いて
さらにトイレへと駆けこんで行った。
「完成だな……」
もう間違いない。こんなに不味いものは
どこにもないだろう。
決勝に臨むにふさわしい料理を手に入れた俺たちは
いよいよワールド料理カップ
決勝戦当日を迎える。