1話 種馬
「若。起きてらっしゃいますか?」
未だ夜も明けきれていない晩冬の早朝では黒王樫の高級材製のベッドから這い出すには途轍も無い努力が必要だ。
「起きてるよ〜?未だ時間じゃないだろう?」
「いえ間も無くお館様が見えられます、、、、
ご準備を。」うん?親父殿は未だ北部鎮台に滞陣中だった筈では?
「親父殿が?陣を解いたのか?」
「その様です。皇帝陛下よりの命で我が軍のみ退いた様です。」
皇帝?勅命か、何かあるのかな?
「わかったよ。、、パルメを呼んでくれるかい」
「畏まりましてございます。」
メイドのパルメに支度させ、玄関に向かう。
「シグルス、親父殿は何時頃到着予定だい?」
「はい、先程大門を潜られたとの事ですので、すぐにでも、、、お着きです。」
騎馬二段縦列の集団が我が家の門に差し掛かる。
先頭左の黒馬に跨りし美丈夫が我が父ルイフィーズ・ヴァイスヴァルド。
右の茶馬がナイトハルト・ヴァイスヴァルド我が兄である。何れも遠景からでも絵になる二人で有り。此処が劇場でこの二人が今の様に登壇していれば観客の貴婦人が何人失神しているか。
「アッシュ!出迎え大義!変わりは無いか?」
「ハッ!父上!無事なご帰還祝着にて!こちらは何ら問題ございません!」
「うん!大義!」
玄関前での親子のお約束行事は終了!
居間へと移動する。
先程の威勢は何処へやら親父殿は居間にいる家族や家来達を見回し、目的の人物が此処に居ない事を確認した様で、小鼠の様に身を震わせ、キョどりながら囁いた。
「アッシュ、で?か、母さんはどうした?」
「エート?親父殿?何をされたんですか?5日前領地から来た手紙を読んでから、部屋から出て来ないですよ?」
「エッ!」非常に整った顔が曇り左頬が痙攣している、又やらかしたのか?
同じく美麗な顔の眉間に皺を寄せた兄が、深い溜め息をつきながら、親父殿を責める。
「だから〜!なぜ親父殿は過去から、嫌!たった2年前の事を轍として学ばないのですか?酒が入ると、、、「兄上!もしかして、」、アァ!アッシュそうだよ!又だよ、今度は弟だ!」
ウーン、絶倫親父殿は11人目の庶子を授かり我が母はそれにより、、、、、、、、知〜らね!」
我が家はヴァイスヴァルド家
バルクコーネ帝国内バクスエル伯爵家の末家に連なる家である。
とは言え伯爵家現当主と親父殿は14親等も離れていてほぼ他人ではあるが男系で続いている為辛うじて士族家としての家格は保ち続けている。
ヴァイスヴァルド村領士。
領士とは領地を拝領している士族であり、士族最上位ではある。ではあるが、領地と言っても大体が一村程度であり、店舗持ちの商家の方が領士より裕福と言われる程度で、半分以上の領士の台所は火の車である。
ご多聞に漏れず我がヴァイスヴァルド家も領地経営は赤字続きであるが、何を隠そう今俺の目の前で首を竦めながらビクついているこのイケメン絶倫親父は当然我が家の当主であり、超一流の騎士である。『麗剛ルイ』の二つ名を持ち、伯爵領士でありながら、帝国軍北部鎮台第3騎士団長の職責を担う為、帝国准男爵(一代男爵の為貴族位は無い)でも有る。
この帝国への奉公に対する御下賜金が結構出る為、普通の領士に比べればかなり贅沢の出来る暮らしぶりで有る。今俺が寝泊まりしている、この屋敷も帝国軍の高級武官の官舎であり、タダだ。
要は我が家はこのイケメン絶倫親父殿の双肩のみで暮らしが成り立っているので有る。
閑話休題。
兄上は親父殿に容赦無く吐き捨てる、「取り敢えず、親父殿!母上は自室です。すぐに向かってご機嫌をとって来てください。明日の朝には登城して陛下に拝謁しなきゃなんないんですよ!母上だって殺しゃしないでしょ、4.5発殴られて来てください。良いですね?」
超絶イケメン親子の非常に残念な会話が終わり、
本当に本当にトボトボと言う言葉が地で行っている漢が長い廊下を歩いて行った。
「ハア、全く親父殿は本当に、、、」我が兄は肺の二酸化炭素を全て出し切るか如く溜め息を吐き、俺に向き直る。「アッシュ!」
「はい、兄上。」「エートなぁ、明日の陛下の拝謁な、」「はい?」「お前も同行だ!」
「エッ!」
なんだか訳判んない内にお目見得の身分になる様だ。