学園編-6
舗装された道を並んで歩く、メインストリートにはレストランやベーカリー、最新の出版物が並ぶ本屋に、王都で人気の高い帽子屋まで軒を連ねていた。
所々に荷物を運び込む屋敷も見える。
「金持ちの貴族とかだと、この学都の中に屋敷を借りて、使用人も泊まり込みで生活するらしいな、お前はどうするんだ?」
グローディアは、鉄格子に囲われたレンガ造りの大きな屋敷を見上げながら「フゥン」と漏らした。
「私はもちろん寮よ、騎士科の生徒はみんなもれなく騎士寮なんでしょ?それって王子様も寮生活ってこと?」
それを聞いたガラハットは、片眉を上げてそのレンガ造りの屋敷を指差した。
そこには人だかりの奥に、一際豪華な金を貴重とした装飾のついた馬車が止まっており、ちょうど人だかりから喚声が上がったところだった。
「あそこが騎士寮だ、ちょうどくだんの殿下も到着されたらしいな…人だかりが収まるまで、お前を寮まで送って時間を潰す」
「へぇ、王族も寮なのね、暗殺し放題じゃない…平和ボケしてるのね」
「お前のそう言うところ、俺は嫌いじゃない」
二人は目を合わせてクスクスと笑うと、一般寮の方へと足を向けた。
寮は校舎の程近くにあった。
5階建てのレンガ造りの趣ある外観で、フロントの中央に大階段があり、右には食堂へ続く渡り廊下が見える。
グローディアの部屋は4階の一番端だった。
朱色の重たいドアを開けると、左右に天外付きのベッドがおかれている。その奥には窓の側に机がそれぞれ置かれており、
中央にはソファーが2つとローテーブル、奥の壁にある暖炉には、今は火は灯っていなかった。
同室のご令嬢はまだ到着していないらしく、荷物すら運び込まれていない。
グローディアは、一式届いていた自分の荷物を荷ほどきした。
クローゼットを開けると、すでに洋服などは整えられている。恐らく寮付きの使用人が整えてくれたのであろう。
グローディアは「よし」と呟くと、クローゼットから制服を出し、袖を通す。
リボンタイをしっかりと結び、クローゼットの扉の内側につけられた鏡に映った自分と向き合った。
真っ黒な私服と比べると、制服に着替えた自分が幾分か明るく見えるが、それにしても陰鬱な外見だと、グローディアは自分の頬に手を当てる。
今まで何事もなく生きてきたので忘れがちではあったが、ここはマーリンいわく乙女ゲームの世界なのだ。
しかも、そのゲームが始まるのはこの学都の中、学都で学ぶ3年間のどこかから物語が始まる。
「第一に目立たないこと、第二に王族とは極力関わらないこと、第三に、王族と対立しているようには見せないこと」
背後からよく通る涼やかな声が聞こえた。
モルガンは自分の姿を見たまま、大きなため息を付くと、クローゼットの扉を大きな音を立てて閉めた。
「レディの部屋にノックもなしに入るのは宮廷魔術師としていかがなものなの、お師匠様」
閉めた扉の向こう側に、壁に肘をついてニヤニヤ笑う男の姿が現れる。
「やぁグローディア嬢、制服似合っているよ~根暗そうな見た目がちょっぴりマシに見える」
「誉めてないしそれ、あと私の身体を作り出したのはあなたでしょ、ちゃんとマシに作りなさいよ」
そうなんだけどねぇ、と笑いながら空いているベッドに座る青年魔術師、マーリンを無視してグローディアは身支度を整える。
「上手く魔力を隠しをしてるね、僕から見ても普通の人間にしか見えないよ…ところで、その荷物の中にある代物はなんだい?」
マーリンが手招きをすると、無造作に置かれていた革の袋が宙に浮き、マーリンの手の中へ飛び込んだ。
「ちょっと、人の荷物を勝手に漁らないで」
髪を整えたグローディアは、勢い良く振り替えると大股でマーリンの前へ詰め寄ると、フンッと鼻息荒く腕を組んだ。
革袋の中から出てきた短剣をしげしげと眺めて、マーリンは頭を掻いている。
「それ、あのタラシ神父から貰ったの、魔力隠しのせいか詳しいことは感じ取れないんだけど、精霊の加護がどうとかって言ってた」
「タラシ神父ってランスロット卿のこと?はぁん…なるほどねぇ、これはモルガン・ル・フェにはぴったりの代物だぁ、大切にしなよ」
グローディアは差し出された短剣を、引ったくるように取り返して革の袋に戻す。
「それより、なにしに来たのよ、まさかこれを見に来ただけって訳ではないでしょ?」
マーリンはそのヤギのような金色の瞳を半月のように細めて笑った。
「そうそう、さっき言ったみたいにさ君は魔力を隠したり、できるだけ目立たないようにこの学園で生活を送ると思うけど…1つだけ忠告しとこうと思って」
そう言うと、マーリンは音もたてずに立ち上がり、グローディアの目前に顔をグッと近づける。
グローディアは目をそらさずに、じっとマーリンの瞳を見つめ返していた。
「殿下と関わらないようにするのは多分無理だよ、君がモルガンの時に前提条件を変えてしまったからね」
白魚のようなひんやりとした手の甲で頬を撫でられ、グローディアはその手を叩き落とした。
「どういう意味?前提条件って、私がモルガンの時に起こしたイレギュラーのこと?それならむしろ逆に働いてくれてもいいくらいじゃないの?」
「そう捲し立てないでくれよ、まぁそのまんまの意味だよ、詳しく話したら面白くないでしょう?」
グローディアは険しい顔でマーリンを睨むが、本人は全く気にもしない様子でニヤニヤと笑い続けている。
「自白の魔術でもかけてやりたい気分」
「でも君は今魔術を使えない、残念だったね」
マーリンはローブを翻し、グローディアと距離をとると右足で床を踏み鳴らした。
すると青白く光る陣形が出現する。
「前提条件が変わったことで、どういう未来が訪れるのか…あとは運命次第さ、君の3回目の人生が素敵なものになるよう祈っているよ~」
次の瞬間、マーリンの姿は消えていた。
残されたグローディアは誰もいなくなった部屋で1人「嫌なやつ…」と呟いた。