学園編-5
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「モルガン、貴女の髪は本当に美しいわ、夜空のような深い闇の色ね」
母は、私のうねりの無い真っ直ぐで艶やかな自慢の髪へ櫛を通しながら、その鈴のなるような心地良い声で語りかけてくる。
一度目の人生ではかけられたことの無かった母からの愛情がくすぐったくて、でも心地よくて、背後にいる母の胸へと背中を預けると、母は「コラ、まだ解かしてる最中よ」と咎めながらも、私を抱き締めて頭を撫でた。
「モルガン、ほら見ててね」
そう言うと母は私の目の前で手を合わせると、一瞬にして真っ白な百合の花を咲かせた。
私は瞳を見開いてその花に触れようとすると、花は強く輝いて蝶になり、光輝く麟粉を散らしながら羽ばたくと溶けるように消えていった。
「お母様、お花何故消してしまったの?」
私はすぐに消えてしまった美しい花が名残惜しく、振り向いて母に問いかけた。
母は、その端正な容姿で困ったように笑い、私の頬をなぞった。
「モルガン、私の可愛い妖精さん、魔術では生きたものは作れないの、それに、消えてしまうからこそ綺麗なものがこの世界には多いのよ」
私には、そういって笑う母の顔が寂しそうに見えて、思わずぎゅっと母の首に抱きついた。
「私は、すぐに消えない綺麗なままのお花を魔術で作れるようになりたい!このお屋敷中をお花や綺麗なもので埋め尽くすの、そしたらこのお屋敷から出れないお母様もきっと楽しいはずよ」
本気だった。
幼いながらに前世の記憶のある私には、母が顔の見えない私たちの父親に、この屋敷から出ないよう言いつけられ見張られているのだと薄々わかっていた。
母はそんな中で私と、妹であるモルゴースを産み育てた。
もちろん私たちもこの屋敷から外には出してもらえた事がなかった。
母はそんな私の言葉に、顔をあげぬまま私を抱き締める腕の力を強める。
「ああ!ねぇ様かあ様ズルい!アタシもぎゅってする!!」
バタバタと走りよってくる気配がして、それと同時に私は母の肩から顔をあげ、その愛しい妹に笑いかけて手を伸ばした。
「おいでモルゴース、私が髪を結ってあげる」
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「ピッチリ結びすぎじゃないか?」
「それで良いのよ、貴方の前髪、貴方が思ってる以上にうっとうしいわよ」
前髪までぴしっと後ろ手に結わえ、すみれ色のリボンでしっかりと結ばれた頭を撫で付けると、ガラハットはまだ不満なのか馬車の窓ガラスに映る自身の姿を見ながら少しだけ前髪を乱した。
「大丈夫よ、貴方の憧れてるガレス叔父様みたいにしたから」
グローディアの言葉に、ガラハットは勢い良く振り向いた、耳が少し赤い。
「うるさい!!あぁもうほら、学都に入るぞ!!外を見ろ外を!!」
いつの間にか外の景色も赤く色付き初めていたが、それより目を見張るのは学都の門をくぐった先に広がるまるで王都のように栄えた街並みだった。
学生のような歳の人ももちろん多いのだか、老若男女、分け隔てなく街を闊歩しておりとてもただの学園には見えない。
グローディアも、モルガンの頃にもみたことの無かった光景に思わず圧倒される。
「すごい…!本当にこれが学校なの…?」
あまりの規模に、開いた口が塞がらない。
ガラハットも、目を輝かせて窓に張り付く。
「さすが学びの都と称されるだけある、高位の貴族になると召し使いごとこの学都へ住み込むことになるというし、これだけの人が集まるのも頷けるが…それにしても規模が大きいな…!!小規模な王都のようだ」
ガラハットが馬車を停めるように伝えると、馬車は噴水のあるロータリーのような広場をぐるりと回って停車した。
従者が馬車の扉を開けると、ガラハットが先に降り、手を差し出す。
グローディアはその手をとり、広場へと降り立った。
「すごいな、王都で流行りのパティスリーのサロンまである」
その後も続々とやってくる馬車は恐らく新入生達のものだろう、皆一様に学都の様子を輝いた瞳で見渡している。
「なぁ、入学式は夜からだし散策しながら行かないか?」
ガラハットも例に漏れず、珍しく年相応にはしゃいだ様子でグローディアへ同意を求めてくる。
グローディアはフフ、とそんな子供びた様子を暖かい気持ちで笑うと、二度頷いた。