学園編-4
ガタカダと車輪が小石を弾く音と、馬の蹄の音が妙にリズミカルで、グローディアは窓の外の田畑を眺めながら、ついうとうととする。
「おい、同行者をほっといて居眠りか、これだからモテないんだ無愛想女」
先程まで黙りこくっていた癖に、向かいに座るガラハットが不機嫌そうに口を開いた。
「さっきから無愛想だの陰険だの、いちいちカチンとくる物言いしかできないのね貴方、外面だけどんなに良くしたって中身がそれじゃ寄ってきたお嬢様方もげんなりでしょうね」
そんな悪態に、すっかり目の覚めたグローディアは、その憎たらしい整った顔を薄目で見つめて深くため息をついてみせた。
「素直に、暇だからお話ししましょうって言いなさいよ」
「だーれがお前なんかにそんな気つかうか、お前こそその達者な口はガキのときから変わらないな、買い言葉、やめた方がモテるぞ」
そんなこと、モルガンの時からわかってるわと喉まで出かかったが飲み込む。
ガラハットとグローディアは幼馴染みだ。
グローディアの父であるヴェインと、ガラハットの父パーシヴァルは騎士団の同期で、学都に通っていた時代からの級友であった。
その縁もあり、同い年で生まれた子供である二人は自然と互いの家を行き来し合い、今この15年間を共に過ごしてきた。
ただ、昔から達観した子供だったグローディアは、どこか子供ながら影を背負っていたガラハットと妙に馬が合い、いつのまにか軽口を言い合うような仲になっていた。
「お父様から聞いたわよ、騎士学科主席で受かったって、昔っからの鍛練の成果がやっと世の中に認められたんじゃなくて?」
グローディアが小さく拍手をすると、ガラハットはしかめっ面をしながら椅子にふんぞり返って脚を組んだ。
「当然だろ、ただ気にくわないのはアイツだアイツ、王子様と同点とかあり得ん、絶対に俺の方が実技は上だった」
「どうだか、まぁ筆記でしょ、あなた筆記は3番目だったらしいじゃない」
ガラハットはグッと唸ると、窓に額を打ち付けたあと、悔しそうに前屈みになる。
「大体、俺はお前のお父上とは違って枢機院に所属したい訳じゃない…騎士になりたいんだから勉強はそこそこでいいんだよ…そこそこで…」
ブツブツと反論をする声に、グローディアは肩をすくめ、ニヤニヤと笑った。
その様に、ガラハットはムッとして体を起こした。
「お前筆記は女子最高位の5番だったらしいな、なにを目指しているんだ、頭の良い女なんてモテないぞ…学園で令嬢としての所作所業を学んだ方が良い、嫁に行き遅れるぞ」
その言葉に、今度はグローディアの眉間にシワが入る。
「私、国で働きたいの、お父様の手を離れても1人で生きていけるように。魔術は…全然だめだから…財務府とか、学園を出て国家公務員として働くのよ」
この国で女が仕事を得るのはなかなか難しいことだ。
国営の学園へ入学するのは、貴族やそこそこ裕福な商人の氏族のみであり、一種のたしなみとされている。
学園では騎士になるべく騎士団の養成課程である騎士科に入るか、一般教養や勉学に励み、政治や国を動かす仕事に就くべく勉強をするか、はたまた、魔術の才能があるものは魔術課程を学び国の魔術機構に身を置くかなどの選択肢があるが、
ほとんどの貴族の生徒はそのような道を目指すわけではなく、貴族としての一般教養や領地運用の知識を学ぶべく学園へ所属する。
特に女子に関しては、嫁入り前の修行、さらにいうならば将来の伴侶と巡り会うためにもこの学園へ入学する者が多いのが現実だ。
そんなご時世に、女の魔術師はいようとも国家公務員はほぼいない。
ガラハットはそんなグローディアの発言を、真顔で受け止めると腕を組んで顎を撫でた。
「そんなことして、家は誰が継ぐんだ…領地もあるのに」
グローディアは、自分の言葉を笑わずに、真剣に受け止めてくれたガラハットに思わず笑みをこぼし、それを誤魔化すように窓の外を見た。
「フォーシス家にはガレス叔父様もいるわ、叔父様がそろそろご結婚なさって子供を作ってくだされば安泰よ…それより、笑わないのね、私が働きたいって言うこと」
そう言うと、ガラハットは少し照れたようすで鼻の頭を掻くと、再び椅子にもたれ掛かった。
「子供の頃からお前と過ごしてきてるんだ、お前の性格くらいわかる。ま、世紀の大魔女モルガンそっくりな真っ黒の髪の毛の癖に魔術はからっきしなんだ、魔術師じゃなければ違う職に就きたがるだろうと思ってたよ」
グローディアは、自分の癖のある真っ黒な髪の毛を指に巻き付けスルリとほどきながら毛先を摘まんで見つめた。
この国では、言い伝えとして『髪の毛の色が濃ければ濃いほど魔術に長けている』と言われており、実際高位の魔術師には濃い髪色の人間が多いのだ。
魂は炎で、この世界に存在する生命の源、ソースであるマナと呼ばれる物質を燃料として燃えていると考えられており、
そのマナを上手く取り込めなくなるのが寿命なのだと言われている。
そして、生命活動に必要な分以上のマナを魂が燃やして出来るエネルギーこそが魔力で、マナの燃焼が上手いほど膨大な魔力を扱うことができるのだ。
髪の色はそのマナを燃やした時の『焦げ』であると考えられているのだが、元々魔術を扱うのはセンスであり、髪の色が薄い魔術師もいる。
しかし、黒髪はこの世界には珍しく、大魔術師の由緒ある家系でしかあまり見られないのは事実であった。
グローディアはそのまま髪から手を離し、もう一度窓の外をぼんやりと見た。
グローディアは、モルガンのときからの魔力を受け継いだまま生まれ変わらされた。
今も膨大な魔力を扱うことが可能だし、その気になれば軍相手でも1人で簡単にあしらうことができるであろう魔術を心得えたままだ。
しかし、それを知る人は自分を生まれ変わらせた大魔術師マーリン以外一人もいない。
自分の親族であるヴェインやガレスにさえ、魔術を使うことが出来ることは伏せていた。
物心ついたときから、自身に厳重に魔力隠しの術をかけ、自分に膨大な魔力があるということを周りに悟られないように丁寧に隠蔽をした。
「私はただ、誰の意図にも左右されずに、特別でない人生を謳歌したいの」
いつの間にか道は舗装されたものにかわり、轍の続く石畳が窓から見える。
太陽が西から温かく照りつけ、馬車の中にまで差し込んできていた。
ガラハットは黙ってグローディアの横顔を見つめる。
「…そろそろ王都も見えてくるかしら」
日差しを浴び、目を細めながらぼんやりとグローディアは窓の外を眺めて呟いた。
ガラハットも窓の外に視線を写すと、フゥ、と一息ついて、肩まで付くほど伸ばされた髪の毛をつまみ上げると「なぁ」とグローディアへ声をかけた。
「髪、結ってくれよ」