プロローグ2
「ハッ!!!!!!!!」
「あ、目が覚めた?死んでしまうとは情けない~」
目を開けると、「私」は、林檎の木の下で紅茶を片手に装飾の施された白い椅子に座っていた。
キョロキョロと辺りを見回すが、どう考えを巡らせてもそこは美しく整えられた庭で、優雅なティータイムを催している一幕にしか見えない状況だ。
とりあえず掲げていた紅茶を一口飲むと、ソーサーとカップを、椅子と同じ装飾のテーブルへ置いて向かいの席に座る青年に問いかけることにした。
「私の首、ちゃんと体と繋がってる?」
紅茶を飲んでいた向かいの青年は、フフフと笑って紅茶をおくと、テーブルに頬杖をついた。
青年の黒檀のような黒髪がサラッと肩から一房落ちる。
「うん、ここはそういうスプラッタなの無い空間だからね、僕そういうの嫌だし」
「どの口がいうんだか、国政引っ掻き回すのが大好きな性悪大魔術師め」
「口の悪い弟子だなぁ、国の英雄を育てる、大魔術師マーリン様相手に~」
デコピンしようと伸びてくる手を反射神経ではたき落とすと、私は椅子から立ち上がった。
「はい、これでゲームは終わり、第2の生もこれにて終了、これでやっと本当のデッドエンドねありがとうさようならお師匠様」
私の言葉に、マーリンとよばれた青年は椅子からひっくり返りそうなほどのけぞって眉間を押さえた。
「あっけない!僕がせっかく前世で短い生を終えてしまった君を、君が好きだった乙女ゲームの世界に転生させてあげたのに…まさか普通に処刑されちゃうなんて思いもしなかったよ!!もうちょっとシナリオにあらがってみてもよかったのに!?」
「転生はまぁいい、だけど何で悪の魔女を選んだのかが本当に解せない!」
そう、私が今死んでしまった世界は私の二度目の人生だった。
前世で普通の大学生だった私、普通、ではなかったか、父は典型的なプータロー、酒タバコ女博打と怠惰の擬人化のような人間だったので愛想を尽かした母は、私と弟3人を父親のもとに残して出ていってしまった。
父親はそんな子供4人を育てられる甲斐性も持っていないので、私たちを施設に預けて行方を眩ませてしまった。
私は一番上の弟と一緒にがむしゃらにバイトをして、なんとか大学に進学することができた。
大学にいって就職をし、弟たちを養うためだ。
その日は大手企業に内定をもらったのだ、私は喜びを胸に、早く帰ろうとバイクに股がった。
そして、事件が起きた。
たまたま乗っていたバイクにたまたまダンプカーが衝突し、たまたま死んでしまった。
上の弟に苦労をかけるが、まぁあの子なら大丈夫だろうなどと最後に思いながら意識を飛ばしたら、
今と同じ林檎の木の下でお茶をしていた。
そこで今のように登場した魔術師をなのる男が発したのが「君を乙女ゲームの世界に転生させてあげよう」という言葉だった。
私がまだ高校生だったとき、たまたま友人から進められたのが乙女ゲームである『花嫁と円卓の騎士』だった。
名前の通り、アーサー王伝説をベースにした乙女ゲームで、王を初めとした円卓の騎士たちと恋をするストーリーは、当時のオタクたちの心を鷲掴みにしていったのだ。
私はオタクを自称できるほどサブカルチャーに通じていなかったが、仲の良い友達がどうしてもやってほしいとゲーム機ごと押し付けられたのでプレイした、が、なるほど話が凝っていて面白いと気づいた頃には夢中でプレイしていた。
そんな乙女ゲームに転生させられたのだが、まさか転生先がヒロインを苦しめ悪役として滅せられる魔女モルガンだとは思いもしなかった。
モルガンはメイン攻略対象であるアーサー王の異父姉でありながら、婚約者として登場する魔女で、
どのルートでもヒロインの前に立ちはだかり、自分を阻害しようとする国を滅ぼそうとする悪の総大将、黒幕なのだ。
「でもストーリーしってたでしょ?モルガンが死なないストーリーのルートなんていくつもあったのに、何でよりにもよってモルガンが処刑させるアーサールートに進んじゃったの?というか、そもそもヒロインをあんなに迫害しなければ王からのヘイトも溜まらなかったのに…」
この魔術師は、本当にゲーム感覚なのだろう
何でもない事のように私の終わった人生を冷静に振り替える。
私はあえて心底嫌な顔をしてマーリンを睨み付けて地面をダンダンと踏みつけた。
「あのヒロインに優しくするなんて絶対に無理!ヘラヘラして流されがちなのに何をいっても自分の考え曲げないし、都合の悪いことは突発性難聴で聞こえてないし、意思弱いくせにやっちゃダメってことは全部やるし!!挙げ句にはそれが元で私の禁術がバレて糾弾されたのよ?好きになれるとでも思う?え!?」
元々メイン攻略対象であるアーサールートには入りやすいようにゲームシナリオが組まれてはいるのだが、それ以外にも4つのルートが用意されており、全5つのルートの内、3つのルートに進めばモルガンが死ぬことはない。
無いのだが、
「わかってた!!わかっているとはいえ、仮にも自分が産み出して育てたモードレットとガレスは!絶対にあの女に渡したくなかったの!!!その為にはランスロットルートに進ませるしか無かったの!!!」
私はその場に崩れ落ちるように膝をついた。
柔らかい芝生の感触を感じる。
マーリンはニヤニヤと笑いながらそんな私を見下ろす。
「でも君焦って大失態をしちゃうわけだ、あれは僕も驚いたよ、シナリオに無いことしちゃうんだもん、どうなるかと思ったけどランスロットが真面目ちゃんだったから、余計アーサールートを加速差せちゃったわけだけどね」
私は声にならない声を上げて芝生をブチブチと抜く。
「そんな君に朗報なんだけどね、」
うつむいていた私の視界に影が射す。
見上げるといつの間にか、私の目の前に大魔術師が慈愛に満ちた微笑みを称えしゃがみこんでいた。
大降りのローブもあいまって、私の視界にはマーリンだけが写ることになる。
「君が前世…うーん、前々世かな?まあダンプカーにひかれて死んだ日はある出来事が起きていたんだけど…なんだか知ってる?」
「何、パンダでも産まれたの?」
「ううん、じゃじゃーん!はいこれ引っ張って」
マーリンがどこからともなく取り出したのは小さなおもちゃのくす玉。
そのひもを引っ張れと促され、私は怪しみながらもそのひもを勢いよくひいた。
するとくす玉は『パンッ』と小気味の良い音と共に綺麗に割れて、ちょっとした紙吹雪と文字のかかれた紙が垂れ下がった。
目の前にかかる文字の内容を理解すると、私は頭を全力で殴られたような衝撃が走った。
「は…え?」
「『花嫁と円卓の騎士Ⅱ』発売日でした~!おめでとう~~!!イエーイ!ドンドンパフパフ!!」
「まてまてまてまて、続いてたの!?あれ続くの!??!?」
私が飛び起きると、マーリンはヨイショと良いながら立ち上がり、くす玉を私に渡してきたので私はそのままくす玉を流れるように地面に放り投げた。
「続くよ、君がたまたまアーサールートでこの物語を終わらせたからね
Ⅱはね、アーサーとヒロインが結婚した後の話なんだ、もし君が他のルートに至っていたら君のこの物語に続きなんて無かったんだ、ホントに引きが良いね君は!ネタバレするとね、アーサールートでは実はモルガンは死んでないんだよ!!どう?驚いた?」
くす玉を拾いながら悪戯っ子のように無邪気に笑うマーリンをゴミを見るような目で見ながら私は声を荒らげた。
「アホか死んだわ!!首に処刑人の剣の歯が当たる瞬間まで体験したわ!!しかもついさっきね!!確実に死んでるっつうの!!」
ついさっき首を落とされたのに、そんなスナック感覚で生き返ってたまるか!
マーリンはいつのまにか手に持っていたくす玉をゲームの説明書に変えており、そのページをめくりながらあらすじを読み上げ始めた。
「悪の魔女モルガンを倒し、平和が訪れた世界。アーサーの娘であるエリザベートは、16歳の春に貴族や王族の子供が集まる学園都市に入学することになる。そこで出会う魅力的な学生たちに翻弄されながらも、平和な世界に静かに蔓延り始めた闇へと気づいてしまい…
だってさ!この蔓延る闇ってのがモルガンでね、実はモルガン、自分の魔術でホムンクルスの赤ん坊を作っていて、そこに魂を移し変えたんだ!そしてアーサーの子供のいる学園へ入学して、この国に復讐をしようとするんだよ~すごい執念だね!」
物凄い真相をネタバレされてしまったが、私はそれどころではない。
また悪役として転生しろというのか?懲悪されると分かっていながら?冗談ではない。
「そもそも私、自分の器になるようなホムンクルスなんて作ってないから辻褄が合わない!」
「そんなの僕が作るから気にしなくて良い、君にできて師匠の僕にできない魔術なんてないよ?」
「禁忌!国の魔術師が軽々禁忌破るのやめろ!」
息巻く私に、まぁまぁと良いながら説明書を渡すマーリン。
そのまま殴らなかっただけ誉めてほしい、殴らなかった、というより殴れなかったのだ。
ぐにゃりと足元がふらつく。
ズブズブと泥のようになった地面に足がめり込んでいく仕様は流石自分の師匠なだけあり悪趣味だ。
「何はともあれ、セカンドステージの幕開けだ!次こそは生き延びてね、あ、それと僕からのプレゼントを君が育つ家の書庫に置いてあるから、文字が読める歳になったら読むと良いよ!」
腰まで地面に埋まった私の頭を優しく撫でて、マーリンは微笑んだ。
「プレゼントとは…?」
「『花嫁と円卓の騎士Ⅱ』のネットレビューのコピー」
そう言うと良い笑顔で、私の頭を地面へ力強く押し込んだ。
私の「そこは攻略サイトのコピーにしろよ!」という叫び声は、クソ魔術師には届かなかったのであった。
一人残った大魔術師は、顎にてを当てて「フム」と漏らした。
「君がⅠで作ってしまったいくつかのイレギュラーによってキャラクターの設定が変わっている場合があることを良い忘れていたなぁ…まぁいいか」