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その魔獣使い、人類の敵につき。  作者: 有澤准
第一章 迷宮編
9/73

第九話 勝ち目は無くても

 遠くから戦闘の音が聞こえている。

 魔物の絶叫、獣の咆哮。

 予想以上に大きな戦闘のようだ。


「……」


 俺は、このままでいいのだろうか。


 膝を抱えながら、俺は考える。


 確かに、今の状況だとこうしているのがいいのは間違いない。

 結界もある。ここには何もやってこない。


 だけれど、胸騒ぎがした。

 動くのは間違っている。でも、ここで動かなければいけないような気がしたのだ。


**


 案の定だった。

 私が村についた時には、結界は破られていた。


 私は屋根と屋根を飛び移りながら、静かに魔物に接近する。

 魔物は人型ではあったが、ゴブリンとは比べ物にならないほど巨大だった。


『種族:魔物『マルドゥークディープトロール:D』

名前:なし

性質:異端の魔物

適性:なし 

階層:「魔物領域Lv56」「神聖領域Lv1」

ステータス

基本体力:560

基本耐性:730

エーテル適性:89

エーテル耐性:570

神聖領域干渉限界:0/5

技能

開示不可

特殊技能

開示不可』


 ゴブリンより、そして私よりも強い。

 強制干渉のレベルが2に上がったことでステータスも見られるようになったのはいいが、スキルが見られないのは不安が残る。


 おそらく、魔法で結界は突破したのだろう。どんな魔法を持っているのか分からない以上あまり戦いたくはない。

 レベルから見ても、明らかに101階層の魔物ではない。102階層から上がってきて、そのままここまでなだれ込んだのだのだろうか? それとも、101階層で異常に成長したのか? どちらにしろ分が悪すぎる。


 しかし、そうも言っていられなくなった。

 トロールがユキトの隠れている家に気づいたのだ。


「オォオオオン!」


 マズい。とっさに身体強化し、自分のステータスを確認する。

 基本体力は強化後で700強まで伸びていた。これならいける。倒せるはずだ。


「キャォオオオン!」


 喉から声を絞り出すようにして咆哮をあげ、注意を引きつける。


「オオオオン!」


 すぐにトロールはこちらに気づいた。返すように咆哮をあげてくる。


 私はすぐにユキトのいる家とトロールの間に回り込んだ。

 この先には行かせない。


 即座に決める。狙いは首。私は爪に魔力を集中させ飛びかかる。

 しかし、私の爪はトロールの首を引き裂くことは無かった。いや、ほとんど傷を付けられていない。


「!?」


 奴の耐久力と私の攻撃力は変わらないはず。こんなにダメージが通らないものなのか。


 一体何が起きているのか、と考えたところで、トロールの拳が飛んでくる。

 全力で回避する。ステータスに出ないから分からないが、速度で言えば私の方が上らしい。


 もう一度攻撃を試みる。今度は無防備な脚。

 しかし、結果は変わらない。


「(どうして!)」


 攻撃はかわせている。だが、それもいつまで続くか。自分の身体強化の魔力が切れたら終わりだ。

 身体強化?

 身体強化の魔法は自分のステータスを何倍にも引き上げる。比較的貴重なスキルらしいが、使える魔物がいないわけではない。


「きゅうっ(まさかっ、さっき感じた魔力は身体強化のっ……)」


 ハッとして、鑑定した隙。それが命取りだった。


 基本体力:1120、基本耐性:1460。そんな数字を表示してくる鑑定スキルの表示が一瞬見えて、私は圧倒的な威力の拳に吹き飛ばされた。


**


「キャオォオオン!」

「オオオオン!」


 狐と何かの咆哮がすぐ近くで聞こえた。

 嫌な胸騒ぎは継続している。

 言いつけを破ってでもここで行かないと後悔する。


「……」


 だが、自分が行って何になるのだ?


 そんな思考がまたよぎった。

 自分なんて、たいした存在でもないのに。スキルも無いのに、力も無いのに。


「……いや」


 それでも、俺は思う。

 ここにいたら、絶対後悔する。


「後悔するぐらいなら、やってみるべきだ」


 やってから後悔すればいい。

 枕元にあった木刀を持って家を飛び出す。


 そして、

 最初に見たのは、かがり火に照らされてゆらめく巨大なトロールと、吹き飛ばされ壁に叩き付けられる狐の姿だった。


「ニ、ナ?」


 尻尾も二本あり、大きさも一回り大きい。だが、直感的にニナだと感じた。


 遅かった。

 迷っている暇なんて無かったのだ。


「クソッ!」


 咄嗟にニナの方に駆け出し、彼女のボロボロの身体を拾い上げる。


「オォオオオオオオオン!」


 俺を見てトロールが咆哮をあげるが、竦みそうになる足を無理やり動かしてニナを拾い上げた勢いのまま建物の影へと滑り込んだ。


「ニナッ!」

「きゅ……(ユキ、ト……)」


 ニナは、うっすらと目を開けて俺を見た。


「なんで……なんで一人であんなのと戦ってんだよ」

「……きゅう(……だって)」


 ニナが、うっすらと笑ったような気がした。


「……くう(……恩返ししたかったんだもの)」

「恩、返し……?」


 一体何の恩返しだというのか。

 俺は彼女に何もしてあげられていない。

 いつも鍛錬では脚を引っ張っているし、呆れられてばっかりだ。


「……まさか、最初に会った時のことか?」

「……きゅ(それも、あるけど……)」


 最初に会った時。俺は脚が折れ、大樹によって養分にされかけていたニナを助けた。だが、アレはいずれオデットが来て助けていただろうし、俺だって死ぬ前に少しでも役に立とうとしただけなのだ。


 ニナはもう何も言わない。目を閉じ、ゆっくりと身体から力が失われていった。


「ニナ! ニナァ!」

「オオオオオオオオオオオン!」


 トロールが徐々に近づいてきている。もうどうしようもない。


「クソッ、クソ! どうにか、どうにかなんねえのかよ!」


 二週間前みたいに、また死が近づいてきている。奇しくも、またニナと一緒の場所。


 ……いや。


 なにか、忘れている。

 俺は、あの状況を突破した何かを忘れている。


 ……俺はニナの折れた前足をどうやって治したんだ?


「共、鳴……?」


 そうだ。

 あの時、ニナは前足が折れていた。しかし、俺の腕が突然折れたのと同時に治った。


 つまり、俺はニナの折れた前足を俺の腕と状態を交換したのではないか。


 そんなことができそうなスキルは、俺の中には正体不明の『共鳴』しかない。


 このスキルで今のニナの傷の状態を俺に移し替える。彼女を守れるように。命を張って俺を守ろうとした彼女を守れるように。 


「いい加減仕事しやがれ、ゴミスキル! 共鳴!」


 叫んだ瞬間、俺とニナの身体が白く輝いた。そして、遅れて鈍い痛みがやってくる。


「ぐっ、う」

『特殊技能:共鳴:Lv2に上昇』


 脳にハッキングが情報を伝えてくる。


「成功したッ……!」


 ニナの傷は一部が塞がっていて、呼吸も元に戻りつつある。代わりに俺の全身あらゆるところから血が流れ始めたが、ちょうどダメージを半分ぐらいずつ折半できたらしく動けないほどではない。

 だが、状況はまだ終わっていない。

 このトロールをなんとかしなければいけない。


 誰か来るまで持ちこたえられればいい。俺はニナを物陰にそっと横たえると、木刀を構えて飛び出した。


「こっちだ、デカブツ!」

「オオオオン!」


 トロールは即座に俺を見つけると咆哮して地面を踏み鳴らした。

 それだけで地面が揺れてバランスを崩しそうになる。


「……」


 トロールはそんな俺を見て暴れるのをやめてゆっくりとこちらを見下ろしていた。その目には嘲笑のような感情が込められている。

 俺のステータスはこいつからすればゴミのようなものだろう。


 ただでさえ筋肉痛が酷いところにニナの傷を請け負っている。

 レベル差も歴然。

 勝ち目は無い。

 いや、誰か来るまで生き残れるかも分からない。


「来いよ」


 だが、俺はあの子狐を、俺を命がけで守ろうとした彼女を守らなければならないのだ。

 何があっても、何をしてでも。

 それが恩を返すというものだ。

 彼女は俺に恩を返したいといったがそれは違う。俺の方が、あの子に恩を返さなければいけないのだ。

 今ここで、守ってくれた恩義。

 そして、この森に落とされたあとの絶望的な状況からオデットを呼んで救ってくれたのも間違いなく彼女なのだから。

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