第八話 想いは言葉にならず
ニナ目線です。
私は、ただ言われるがままになっているユキトを見ていた。
私の念話スキルは7だ。二週間の間彼とずっと接してきて、話さずとも彼の気持ちはある程度伝わってくる。
彼は、自分の弱さに苦しんでいた。
本来ならば戦わせてあげたい。だが、それはできない。
今来ている魔物がレベル1の戦闘スキル無しの人間では決して勝てないことは分かっていた。
「分かったじゃろ? 大人しく隠れておれ。いずれ戦えるようにはなる」
「……分かりました」
彼は辛そうに頷いて、ゆっくりと座り込んだ。彼の中でものすごい葛藤があるのが分かった。
オデット様が私に目配せをして、部屋から出て行く。
私は、彼に何も言えなかった。
でも、私は彼の強さを知っている。
だからせめて、そのことを伝えようと彼の目を見たのだけれど、彼は私を見てくれなかった。
私は念話でしか話せないこの身体がもどかしい。
オデット様のような人間の身体が羨ましかった。
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「こりゃ今回は酷いのう」
私とオデット様が村からかなり離れた前線に到達すると、アドルフさんたち三尾以上の村人が主になって波のように襲いかかってくる魔物に応戦していた。
アドルフさんは普段の人間の姿ではなく、獣の姿に戻って魔物達を蹴散らしていた。普通の狐の10倍以上ある巨躯が、純粋に筋力の暴力で魔物を叩き潰していく。しかし、オデット様の姿を見つけると戦闘から離脱し、こちらにやってきた。
「オデット様! やべえな、確かに今回の周期は長かったがこれほどまでとは」
こうして下層から魔物の群れが押し寄せることは稀にではあるが、無くはない。だいたい3年周期で発生する現象だ。
ここの階層は人間が立ち入らない。また、私たちも頻繁に入ることは無い。
つまり、魔物達は生まれるだけ生まれでて、外部からの要因で減ることが無いのだ。自然発生する魔物達は基本的には別種族同士で食い合い、その数をある程度は減らす。だが、それでも魔物の自然発生する数と、自然に食い合って減る数では増える数の方がわずかに多い。
結果的に、ある程度の周期で、他の階層に魔物が溢れるという現象が発生する。それがこの現象だ。
しかし、今回はその周期が妙に長かった。前回は5年前だった。2年以上も遅れたことになる。
「104階層で異常に強い魔物が発生したんじゃろうな……なんなら、105階層から溢れたか」
オデット様はこういうとき、詳しくは語ってくれない。私もまだGランクということもあり、あまり頭は良くないが考えてみた。
仮に、オデット様の言う通り、104階層で強力な魔物が発生したとしよう。
最初はその魔物はその階層の他の魔物を圧倒的な力で蹂躙するだろう。つまり、溢れることが無くなるということだ。ここで、本来無かった周期のズレが生まれる。
だが、それも長くは続かない。その強い魔物と同等クラスの魔物が自然に生き残るようになるからだ。そして、結局はその強い魔物ばかりになり、それが上へと溢れる。
上へと溢れた魔物はその階層の魔物を蹂躙し、弱い魔物は上へと逃げる。
その弱い魔物でもその上の階層の魔物にとっては強敵だ。それがさらに本来その階層にいた魔物を上へと押しやる。その連鎖が続き、最終的にはここに出てくる。101階層に現れた102階層の魔物によって、101階層の魔物が丸々溢れ出たわけだ。
「正解じゃ、ニナ」
どうやら途中から私の思考を読んでいたらしく、オデット様は厳しい表情は変えないまま正解を告げた。
「アドルフ、状況は?」
「魔物の数が多すぎる。俺たちがここで大多数は引きつけて村に近づけないようにはしているが、周りの森にも結構な数が入り込んだな。大樹達のトラップに引っかかってある程度は死ぬだろうが……結界に反応は?」
「ふむ、今のところ攻撃はされても問題なさそうじゃな。101階層の魔物に突破されることは無いはずじゃ」
その声にアドルフさんがほっとしたような表情を見せる。
「ならよかった。とりあえずユキトは置いてきたんだな?」
「うむ。流石に死にに行かせるわけにはいかんよ」
「ま、そうだな」
随分と可愛がってるもんなあ、とニヤリと(狐の顔だからすごく凶悪な笑みに見える)しながら、アドルフさんは次に私を見た。
「ニナは戦うのか?」
「きゅ(うん)」
「よし、頑張れよ」
「きゅう(うん)」
私は返事もそこそこに、エーテルを変換し魔力を一気に身体に回す。
「ニナは儂の周りで戦え。危険になったら合図を出す。一気に離脱するんじゃぞ。戦闘法はアドルフを見習うこと。魔法は今度教えてやるから今回は儂の真似は無しじゃ!」
「きゅ!(はい!)」
そして、アドルフさんとオデット様について、私は魔物の群れへと飛び込んだ。
初めての戦闘。恐怖はあった。
しかし、ここで戦わなければ強くなれない。
私は彼がこの迷宮を出るのを助けなければならないのだから、今のうちに強くなっておかないと行けない。
目の前に最初に現れたのは黒い小人のような敵だった。
即座に鑑定すると、マルドゥークディープゴブリンというDランク種族で、Lv32であると表示された。圧倒的に格上だろう。だが、私には150年あの森で特訓を重ねた体術と、ようやく教えてもらえた身体強化の魔法があった。レベルは低くても引けはとらない。
一気に爪に力を込め、エーテルを集中させてゴブリンと通り過ぎるようにして首を搔き切る。
「ギィッ!」
呻くような悲鳴を上げゴブリンが霧散する。途端に、強制干渉スキルが脳内に直接情報を伝えてきた。
『魔獣階層:Lv2に到達』『魔獣階層:Lv3に到達』『魔獣階層:Lv4に到達』『魔獣階層:Lv5に到達』『魔獣階層:Lv6に到達』『魔獣階層:Lv7に到達』『魔獣階層:Lv8に到達』『魔獣階層:Lv9に到達』『魔獣階層:Lv10に到達』『進化可能:ベイビーフォックスから野狐に進化します』
倒した敵とのレベル差で一気に成長したらしい。戦闘中に進化してしまうことに隙が出来てしまうのではないかと心配したが、進化は私の動きを阻害することは無かった。仲間を倒されて激昂するゴブリンの攻撃をかわしながらも、私の身体は徐々に変質していく。
『進化完了:ベイビーフォックスから野狐に進化しました』
『GランクからFランクに昇格しました』
『技能:魔法適性Lv1を獲得』
『技能:魔力感知Lv1を獲得』
『技能:聖魔法適性Lv1を獲得』
『技能:炎魔法適性Lv1を獲得』
進化が完了する。自分の身体がどうなっているのかは分からないが、一気に力が湧いてくる。尻尾も二本に増えたようだ。
飛びかかってくるゴブリン達の動きもさっきよりもよく見える。軽く躱して、私はすれ違いざまに炎の魔力を乗せた爪の一撃を顔面に食らわせた。
「ギャァッグェッギィっ」
流石にまだ上手く扱えない。炎は爪の速度について来れず、ゴブリンに叩き付ける前に消えてしまった。だが、私の爪はゴブリンの顔面を抉り飛ばした。浅かったかもしれないと思ったが絶命したようで、ゴブリンは霧散した。
『魔獣階層:Lv11に到達』『魔獣階層:Lv12に到達』
「ギィィン!」
不愉快なわめき声をあげながらゴブリンが襲いかかってくる。飢えと殺意にまみれた目だ。人間に近い見た目でも、理性などかけらも無いのだろう。しかし、そんなゴブリンでもまだレベルは私よりも高い。
それでも、どうにかして倒していく。即座に鑑定して、レベルが低いものから叩き潰す。
『魔獣階層:Lv13に到達』『技能:叡智への強制干渉:Lv2に上昇』
だが、彼を守れるようになるには、まだ足りない。
『魔獣階層:Lv14に到達』『技能:身体魔法強化:Lv2に上昇』
まだだ、まだ狩らなくてはいけない。
『魔獣階層:Lv15に到達』
まだ足りない、まだ——。
そこで、私の新しく手に入れたスキル魔力感知がおかしなものを感知した。
エーテルを変換させた魔力しか感知できないスキルだと叡智からの情報では伝わってきている。つまり、魔法攻撃や魔法強化にしか反応できないスキルだ。
現にこの戦場では大量に魔力を感知できているが、他の場所のエーテルには反応できていない。だが、私の感覚は遠くの方に魔力反応を感知していた。
具体的には、村の結界の外縁に当たるだろうか。
そこで、何かが魔法を使っている。
嫌な予感がした。
思わずオデット様とアドルフさんに伝えようとしたが、2人は村の皆と魔物に応戦している。
2人はこの村の一番と二番だ。主戦場のここから2人が抜けるのは良くない。
「きゅ……(私が行かなくちゃ)」
そして、私は戦場から離脱して村に向かって駆け出した。