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その魔獣使い、人類の敵につき。  作者: 有澤准
第一章 迷宮編
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第七話 襲撃

 俺がこの村に滞在するようになって2週間が経った。


 流石にそれだけいればある程度どういう状況なのかが分かってくる。


 この狐達の村の生活は平和である。

 断片達の墓場がある森林の一部を切り開いて位置している小さな村だ。特殊な結界によって守られているようで、断片の大樹(残滓を食べていた樹)の侵入を防いでいる。


 村には木で造られた住居と、畑、それに川がある。川には水棲の魔獣や魔物、魚がおり、住人達はそれらを捕って生活しているのだ。つまり、のんびり畑仕事をしたり魚釣りをしているだけとも言える。


 そんな住人達だが、全員が狐の魔獣であり、SSランクの魔獣であるオデットの眷属だ。


 もとはオデットを中心に数体しかいなかったが、3000年経つうちに増えたとのこと。今では100体ほどが生活している。3000年前から生きているオデットはいったい何歳なのだろう。


 さて、3000年経っても100体にしかなっていないのは単純に彼らの寿命が長過ぎて、繁殖能力が異常に低いからである。

 現に最年少は155年前に生まれたニナ。これでも妖狐種の中ではまだまだ赤子なのだという。通常ならばロリババアに分類されるのだろうが、周りがさらに年上過ぎて霞んでいる感じだ。


 そして、数が少ないもう一つの理由は、あまりに退屈すぎる環境に飽き、この階層の下にある迷宮に挑んで命を落とすものがいるということ。


 この村と森林は、ここマルドゥーク大迷宮の事実上の最下層である『第99階層:水没迷宮』の真下に存在している。真上が水没しているため、そこから水が流れ落ち川を形成し、森林を育んでいるわけだ。ついでにいうと、水没したせいで迷宮は突破不可能になり、同時にこちらの階層からも出られなくなったということだ。


『意図的に水没させたということじゃな、儂らを閉じ込めるために』


 というのはオデットの言葉。詳しくは語ってくれなかったが、どうやら彼女が『断片達の墓場』ができるのに不本意にだが一役買っているようだ。SSランクの妖狐を危険だと見なし閉じ込めたということだろうか。


 話は元に戻るが、大迷宮の99階層と断絶されただけで、この『第100階層:無命森林』の真下にはさらに迷宮が広がっている。『第101階層:魔物迷宮』である。


 101階層ではあるものの案外難易度はそこまでではないらしく、村人達が暇つぶしに潜ることもあるようだ。

 だが、その先は別。102階層から先は迷宮も本気を出してきて、これまで105階層から先に行った者はいないということだ。それでも、手に入るものは貴重なものが多いので先を目指そうとするものは減らないとのこと。元がやることがなくて暇な人たちでもあるし。

 というわけで、俺は数千年生きている妖狐達が超えられない迷宮を超えなければ外には出られないのであった。


「前途多難だ……」

「きゅーきゅ!(そんなことより早く次のセットを始める! 素振り100回!)」


 で、俺はというと木刀の素振りをしていた。


 ゲームばっかりしていた影響で俺に筋力は全くない。なので、怪我が治ってからというものひたすら筋トレの日々であった。


 ついでに変な固有スキルのせいで魔法の適性も無い。俺の輝かしい異世界生活への道は厳しい。


「むなしい」

「きゅう!(いいから早くやるの!)」


 弱いついでだが、ニナのレベルが1だった理由は簡単で、最年少故に猫可愛がりされてしまい迷宮に行かせてもらえなかったからだそうだ。


 レベルは他の生物を倒さないと上がらない。

 ステータス上はレベルではなく『階層』になっていることからも、おそらくは戦闘経験によって魂の格を高めているというイメージなのだろう。その点でも魔獣ならばとにかく他の生物と戦うことが肝要なのだ。


「今日のご飯何かな……」

「きゅーう!(もーう! いうこと聞いてよ!)」

「おなかへったなー」


 ニナは自分の方が年上だからとやたらとお姉さんぶってくる。こっちから見るとただの子狐なので、正直あんまりお姉さんぶられても困る。あと、家の中では自分から撫でられにやってくる。お姉さんなのにペットである。不思議。


 ちなみに俺は今オデットの家に居候している。ニナも元からオデットの家に住んでいたので3人暮らしというわけだ。


 オデットの作るご飯はなかなか美味しい。狐の村というから最初は生魚とか食わされるんじゃないかと思っていたが、案外普通にパンもあればスープもある。流石に3000年も素材そのままの味で生活してたら飽きもする、と彼女は言っていた。


「はぁ……ほんと前途多難だわ」

「ぐるるるるるる」

「ん?」

「ぎゃおん!(早くやれって言ってんでしょ!)」

「ぎゃぁあ!?」


 ガブリと頭頂部をやられ、俺は半泣きで素振りを再開することとなったのだった。


**


 結局そのあと1000回以上素振りさせられ(ついでに10回以上噛まれ)、オデットの家に戻った時には俺の頭頂部と全身の筋肉はボロボロだった。そもそもこの木刀が異様に重いのも良くないと思うのだ。というか、人の死体を食った樹で木刀を作るな。


「おーおー、今日も惨惨たる有様じゃの」

「誰のせいだと思ってるんすか」

「まぁまぁ」


 そう俺をなだめるように言うと、オデットは家に入ってきた俺とニナに回復魔法をかけた。筋肉の痛みは消えないが、所々に出来ていた傷は消える。噛まれた傷とか。


 ニナは素振りこそしていないが、彼女は彼女でエーテルを練って魔力に変換させる練習をしていたので体内のエーテルが枯渇していたらしい。毎回こうして回復してもらっている。


「正確にはエーテルを回復させているわけではなく、体内に広がるエーテル脈管を修復しておるだけじゃがな。流石にこんな短期間で鍛えると脈管も無理に広げられて傷つくわけじゃ」

「ふーん。無理に広げると悪影響とかって無いんですか?」

「あるぞ、もちろん。最悪二度と魔法が使えなくなるな」

「えぇ……」

「そこでどん引くな。儂の回復魔法と、ニナ自身の妖狐としての適性が為せる鍛え方というわけじゃ。傷つけて広げた方が成長しやすい。お主にやらせている素振りも同じじゃな」


 そういえば、筋肉痛って一回筋肉を傷つけて回復させている痛みなのだって聞いた事があるような。


「ただのスパルタじゃなかったのか……」

「何だと思っとったんじゃ。傷ついた筋肉をニナの回復能力で回復させることで二ナの能力も鍛えられて一石二鳥。やはり痛めつければ痛めつけるほどあとあとレベルアップした時のステータスの上がり幅も大きくなるからの。それに二人一緒に特訓させることで魔獣使いとしての絆レベルも上がって一石三鳥じゃ!」


 なるほど、と俺は頷いた。


 確かに、今はまだレベルアップしていないからか普通にちょっと筋肉がついたような気しかしていないが、レベルアップしたら分かると。


「……ん? 魔獣使いとしての絆レベル? どういうことっすか?」

「いや、魔獣使いのくせに使役が無いじゃろ? だったら一緒の時間を増やして絆を深めるしかないじゃろ。なんのためにずっと一緒にいさせていると思っとったんじゃ」


 いや、初耳であった。

 というか、ニナが俺の魔獣だったことも初耳であった。


「きゅう、きゅきゅう(当然でしょ? ユキトは私がいないと駄目なんだから!)」


 当然らしかった。

 とりあえず、ものすごく、とてもなし崩しではあるが俺は魔獣使いとしての一歩を踏み出したのであった。

 どっちかというと魔獣使いというより、魔獣がパーティメンバーみたいな感じだが。

 なんかもう尻に敷かれてる気もするし。


「まあ今日も儂お手製のご飯を食べてゆっくり休むがよい。儂は今日もお主達のためにやることがあるのでな! 楽しみに待っとれ!」


 そういえば、オデットは毎晩俺たちが眠ったあとに何か作業をしているようだった。

 何かを作っているようではあったが、詳細は不明。

 たまに『くくく……この機能は必要じゃのう! 絶対に面白いのじゃ!』とか言っているあたりろくでもないもののような気もする。というか、そうだ。


 まあ、俺たちのためにわざわざ夜なべして作ってくれているのだから良しとしよう。


「いつもありがとうございます」

「くふ、お礼が言えるのは良いことじゃ! なぁに、儂とて可愛い眷属と人の子のためなら手間は惜しまんよ」


 くふふ、と可愛らしくオデットは笑う。


「オデットさん……」

「あと、退屈じゃったし?」

「台無しだよ!」

 

**


 寝る前にいつもステータスを確認する。


 レベルは今のところ上がっていない。スキルレベルはいくつか上がったものもあるかなと言ったところだ。


『種族:人間

名前:白井行人【???達の徒】 

性質:???の残滓

適性:魔獣使い

レベル:「人間領域Lv1」「神聖領域Lv0」「???領域Lv1」

ステータス

攻撃力:16

防御力:16

エーテル攻撃力:10

エーテル防御力:10

SAN値:40/999999

スキル

「念話Lv4」「ハッキングLv1」

固有スキル

「魔獣敵対無効」「神聖の拒絶」「人間からの乖離」「共鳴Lv1」』


 ついでに、今あるスキルやワードの効果も調べておく。


『「【???達の徒】」

 情報開示不可』


『「???の残滓」

 情報開示不可』


『「魔獣使い」

 魔獣を操る適性。

 推奨スキル「使役」「隷属」「統率」など』 


『「人間領域」Lv1

 人間としての階層。

 レベルアップ条件:戦闘経験』


『「神聖領域」Lv0

 神聖なるものとしての階層。

 レベルアップ条件:神聖への貢献、神聖な力の使用』 


『「???領域」Lv0

情報開示不可』


『「念話」Lv4

 音を使わず会話が可能になる。

 Lv1:ごく稀に相手の思考が確認できる。

 Lv2:稀に相手の思考がある程度具体的に確認できる。

 LV3:相手の思考が具体的に確認できる。

 LV4:相手の思考が具体的に確認でき、適用範囲が広くなる

 レベルアップ条件:スキル使用』


『「ハッキング(叡智への強制干渉)」Lv1

 神の叡智に強制的に干渉する。神聖領域に干渉する。

 Lv1:自分や他人のステータスを確認できる。自分のステータスの改ざんが可能。

 レベルアップ条件:スキル使用』


『「魔獣敵対無効」

 特殊技能。知性のある魔獣から基本的には敵対されなくなる

 習得条件:情報開示不可(条件を満たしています)』


『「神聖の拒絶」

 特殊技能。神聖からの加護の一切を拒絶する。

 習得条件:情報開示不可(条件を満たしています)』


『「人間からの乖離」

 情報開示不可』


『「共鳴」Lv1

 詳細不明。

 習得条件:「人間からの乖離」の習得(条件を満たしています)』


 相変わらず情報開示不可のオンパレードである。


 ついでにいうと、説明文も凄く簡素だ。これはハッキングスキルのレベルが低いことが原因らしく、レベルが上がれば情報開示量も増える。ついでにSAN値の上昇量も減る。


「といったってなあ。ここの村人はみんな鑑定しちゃったし、レベル上がりづらいんだろうなあコレ」

「きゅ〜?」


 小声でぼやくと、隣で腹を出して寝ていたニナが薄目を開けた。


「あ、悪い悪い、起こしちゃった? 寝てていいよ」

「きゅぅ……ッ!」


 もう一度寝かせようと撫でようとした瞬間、ニナが飛び起きた。


「ニナ?」

「……」


 様子がおかしい。彼女は全身の毛を逆立て、窓の外を睨んでいた。同時に外の様子が慌ただしくなる。


「なんだ……?」


 慌ただしい音は広がり、家の中の別室に誰かが駆け込んでくる音がした。


「オデット様! 下の階層から……!」

「分かっておるわ。全員戦闘準備。随分と大量に上がってきたもんじゃな」

「はい!」


 村人が家から飛び出していった音がして、オデットが俺たちが寝ていた部屋に入ってきた。


「起きておるな? ユキト、ニナ。魔物の群れが下層から侵入した。流石にお主らに戦わせるわけにはいかぬ。ニナはついてこい。ユキトはここで隠れておれ。良いな?」

「い、いや、でも」

「素振りしかしていないお主が魔物と戦えるわけないじゃろ」


 確かにそれもそうだ。だが、それならエーテルを練っているだけだったニナも一緒のはずだ。


「ニナにさせていたのはエーテルを練って身体を強化させる訓練も兼ねていたんじゃ。ニナ、エーテルを練ってみよ」


 ニナは言われた通りに体内にエーテルを集中させた。それだけならいつも通りの光景だ。


「ユキト。ニナのステータスを見てみよ」

「……これは」


『種族:魔獣『ベイビーフォックス:G』

名前:ニナ・オデット・ルナーリア

性質:異端の獣

適性:なし 

階層:「魔獣領域Lv1」「神聖領域Lv1」

ステータス

基本体力:200

基本耐性:150

エーテル適性:78

エーテル耐性:60

神聖領域干渉限界:0/4500

技能

「念話Lv7」「叡智への強制干渉Lv1」「身体魔法強化Lv3」

特殊技能

「癒しの毛」』


 体力と耐性が凄まじく伸びていた。俺の何倍もある。


「身体魔法強化か……」


 魔法が使えない俺には出来ない手段だ。


「分かったじゃろ? 大人しく隠れておれ。いずれ戦えるようにはなる」

「いや! でも!」


 とはいえ、しょせんただの数字だ。

 こんな小さな子狐に、大人の体格の俺が負けるわけがない。

 しかし、そんな俺にオデットは憐みの目を向けた。


「ニナ、見せてやれ」


 オデットの言葉に、ニナはぎょっとしたようにオデットを見た。

 ふるふる、と首を振るが、オデットは同じように首を振って否定した。


「力の差をみせてやらねば納得するまい。ニナ、こんな弱く幼い人間を戦場に出したくはなかろう? ついてくるぞ、この男は」


 そこで俺も理解した。

 ニナと力比べをしろ、ということか。願ってもない展開だ。俺は腰を落として構えをとる。

 むしろ、俺の方が


「がっ!!!????」


 頭が真っ白になって、呼吸が詰まった。

 景色がひっくり返っていて、ニナたちが壁に立っていた。

 そんなはずはなく、俺が床に無様に転がっているだけだった。

 

 遅れて背中に弱い痛みが来て、乱れた服から襟元をニナに咥えられて思い切り投げ飛ばされたのだと分かった。

 ニナはいつの間にか俺の背中に張り付いていて、そこから徐々に痛みが和らいでいくのが分かった。


「嘘だろ……?」

「これがステータスの差じゃよ」


 オデットは、当然だと言わんばかりにため息をついた。


「まあ、この世界に来てまともに戦ったことがないのだからその気持ちに理解もできる。ここでは、ステータスの数字が全てなんじゃよ。どんなに屈強な男でも、ステータスが負けていれば羽虫にすら負ける。それがこの世界のルールじゃ」

 

 ニナがとことこと離れていく。

 もう痛みはなかった。癒しの毛の効果は、俺をあっという間に癒してしまった。


「これで分かったじゃろう。待っておれ。よいな?」

「……分かりました」


 俺は頷いて、ゆっくりと体を起こした。それを見て、オデットとニナは部屋を出て行く。

 ちらり、と去り際にニナが俺を見たが、彼女は何も言わなかった。


 俺は、この村では何も出来ない。

 いや。


「何も出来ないのは、前の世界と何も変わらない……」


 それが悔しかった。

 俺は動くべきだ。いくらステータスが俺より高くたって、あんな小さな子狐に戦わせて俺は戦わないなんて間違っている、はずなのだ。

 だけれど、こうしているのが最善だ、と俺の理性は間違いなく分かっていて、そこでいつも妹に言われていたことを思い出してしまった。


『兄さんはもっと自分を大事にしたほうがいいよ』


 妹はよく入院する子供で、俺が見舞いに行くたびにそう言っていた。


『どうして兄さんがいつも自分だけ損をしようとするの?』


 自己犠牲は、決して美しくはない。

 そんなことは分かっていた。

 でも、いまここで何もせずにいることは正しいのか?

 

「……ッ!」


 唇を噛んで、立ち上がりかける自分の衝動を押しとどめる。

 足手まといになるだけだ。この世界で俺は最弱だ。

 だから、俺はここで待っているのが正しいのだ。


 そう理性で抑え込もうとしたが、それでもモヤモヤとした気持ちは消えなかった。

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