第十七話 存在を忘れてた
「クッソ!」
悪態をつきながら必死で短刀を振り回し、襲いかかってくる雑魚ゴブリンを牽制する。
このダンジョンの謎は解けた。
ゴブリン以外の敵が出てこなかったのは3000年の間に狩り尽くされたから。
そして、ゴブリンが一切魔石などを落とさなかったのは全部このグランドゴブリンが生み出した分身であり、ダンジョンが生み出した魔物ではなかったからだ。
おそらくこの階層にはもう魔物や宝箱を生み出す魔力が残っていないのだ。
「危ない、ユキト! 焰!」
飛びかかって来たゴブリンを切り伏せると同時に背中に熱気が来る。振り返ると俺を背後からナイフで突き刺そうとしていた3体のゴブリンがニナの魔法で焼き尽くされるのが見えた。
「サンキューニナ!」
「油断しないの! って言っても、この状況じゃ油断も何も無いよね……」
ゴブリンは斬っても斬ってもまた生まれてくる。グランドゴブリンは延々と咆哮を上げ続け、黒い霧を垂れ流し続けている。
どうにか攻撃して阻止したいところだが、群れをなして襲ってくるゴブリンに応戦するのがやっとで攻撃の隙がない。
「共鳴……ッ!」
『警告:神聖領域干渉限界:250016/999999』
すでに共鳴も8回目。戦闘は長引き、30分を越えている。いい加減足と腕の筋肉も悲鳴を上げているし、あちこち切り裂かれて出血もバカにならない量になりつつある。ニナの魔力もいい加減尽きかけているらしく、ニナは焰槍ではなく消費魔力が少ない焰に魔法を切り替えていた。
共鳴の効果は5分で消滅する。重ねがけすることで5分延長はされるが、効果が延々と上昇するわけではない。重ねがけによって上昇した倍率は先にかけた共鳴の効果時間が切れると同時に減少する。
つまり、5分ごとにかけ続けた場合だと倍率自体は上がらない。瞬間的に強化したいのなら5分以内に何度も重ねがけする必要があるということだ。
「不便なスキルだぜ……!」
頭痛も段々酷くなってきている。干渉限界まではまだだいぶあるが、ここまで上昇したのは初めてだ。そもそも常人だと25万なんて数値に到達することは無いのだろうし、限界に達していなくても悪影響は発生するのだろう。最後は発狂だ。それだけは避けたい。
ゴブリンの群れをどうにか切りつけながら後退する。気づいたらニナのそばまで戻って来てしまっていた。グランドゴブリンが雑魚ゴブリンの生産にいそしんでいる今はいいが、生産をやめたら俺を狙うグランドゴブリンの攻撃がまた再開するだろう。そうなればニナが巻き添えをくらってしまう。
慌てて距離を取ろうとしたが、ニナは俺の服の裾を掴んで引っ張りながら壁際に後退し、「聖盾」と唱えて光の壁を作り出した。おかげでどうにか一息つく隙が出来る。
半透明の光の壁にゴブリンが殺到するが、盾の防御力は十分らしい。満員電車を外から見ている気分だ。
「……どうしようなあ、お姉ちゃん」
「こんなときばっかり調子いいんだから……でも、どうしようね、このままじゃジリ貧……なにか新しい手があれば……」
ニナも俺同様傷だらけで、白いローブは鮮血で染まりところどころ破けている。
「攻撃魔法は焰と焰槍だけなのか?」
ニナは先程から俺の援護だけでなく、グランドゴブリンにも焰槍を撃ち込んでいた。しかし、焰槍の危険性に気づいたグランドゴブリンによって刀で受け流されてしまっている。雑魚ゴブリンを生産しながらでも受け流すことぐらいは出来るらしい。
「一応もう一個、あるにはあるんだけど」
「あるけど、ってことは使わなかった理由があるんだな……」
「うん……焰焦砲槍って魔法がある。発動に時間がかかるけどこれなら多分あの大きいのは倒せるよ。でも私、まだコントロールできなくて魔力は使い切っちゃうかな……」
魔力切れ。それはただ魔法が使えなくなるというだけではない。魔力は体内のエーテルを変換しているため、魔力が切れるということは体内のエーテルも極限まで減らされるということになる。エーテルは生命力そのものと言ってもいい。生命力を失うということは……。
「まさか、死ぬ……?」
「ううん、そこまでじゃない。魔力変換にはリミッターがかかるから、死ぬまではいかないよ。でも気絶はしちゃうかな。私が気絶すると身体強化も切れちゃうでしょ? そうなるといくら共鳴しても上昇値が微々たるものになるから、ユキトだけじゃ残ったゴブリン数百匹を相手にするのは無理……まあ、気絶した私をほっとけば分からないけどね?」
「んなことするか。ほっとくわけないだろ」
「えへへ、知ってる」
ニナはこんな状況でも冗談を言って意地悪そうに笑った。しかし、確かにそれなら焰焦砲槍を使うというのは駄目だ。先に雑魚ゴブリンを殲滅するのも増える量の方が多いから無駄、先にグランドゴブリンを倒すしか無いのは間違いない。
だが、グランドゴブリンは延々と生産される雑魚ゴブリンに囲まれている。焰槍は弾かれ、俺はグランドゴブリンまでたどり着けない。
「せめて短刀じゃなくてあのゴブリンみたいにデカい刀ならな……」
「でかい、刀……?」
それならば一体一体相手にしなくても薙ぎ払っていくことが出来る。ニナを守りながらでも戦えるはずだ。そこで、俺の言葉を聞いたニナが眉をひそめた。
「……デカい刀?」
「……どうした?」
ニナは俺の短刀に目を向けている。そして、しばらく無言になってからゆっくりと顔を上げる。彼女は俺を軽蔑したような目で見ていた。いわゆるジト目で。
そこで、俺もようやく気づいた。
「あのさ」
「……はい」
ニナは短刀を見ていただけではなく、鑑定していたのだ。
そして、短刀の説明文はご覧の通り。
『名称:狐式白刀
分類:刀
澱みを周囲、使用者から吸収し魔力に変換し、還元する。
魔力を込めることで起動。追加で魔力を込めることでスキル発動。
【壱ノ型:情緒纏綿】刀身に魔力を纏わせる。』
刀身に魔力を纏わせる。
まあ、つまり刀身を魔力で強化するということだろう。
つまり……。
「なんで刀のスキル使わないの」
「……いや、あのですね、いろいろあったじゃないですか……存在を忘れてました」
「ユキトのばか! さっさと行く!」
「すいませんでしたァ!」
光の壁が解除されて掻き消える。
突然消えた壁に戸惑うゴブリン達に対し、俺は短刀を振りかざし魔力を込める。
「壱ノ型、情緒纏綿!」
スキル名を叫んだ瞬間、短刀から黒い澱みが吹き出した。澱みは放出され続け、燃える日本刀のような形状を取る。
「おぉおっ!」
横薙ぎにしてゴブリン達を一気に切り捨てる。あくまで黒い澱みのオーラであり、実体はないものの切れ味が上がっている。また、一回形状を固定してしまえば魔力消費はそこまでではなさそうだ。
「いや、まだ足りない、もっと長く!」
さらに魔力を込めると澱みが再噴出し、長さがさらに伸びる。魔力を込めれば込めるほど形状を変化させられるようだ。もちろん、魔力消費もはげしくなるようで短刀からフィードバックされて蓄積されていた魔力がゴリゴリ減っていくのが分かる。
だが、これなら行ける。
俺は2メートルほどの長刀のようなオーラを纏う短刀を振り回す。次々に切り飛ばされて消滅していく雑魚ゴブリン。
しかし、そこでグランドゴブリンが異常に気づいた。
次々にゴブリンを消滅させる俺に危機感を抱いたのか、咆哮をやめて応戦体勢に入る。周りにいるゴブリンも一斉に矛先を俺へと変えた。
「好都合ッ、ニナ!」
「分かった! 10秒耐えて!」
俺はピンチだが、ニナにターゲットが行っていない今このときが発動に時間がかかる焰焦砲槍を撃つチャンス。
「――照らせ、燃やせ、焦がせ」
ニナは詠唱を開始し、高く上げた掌に炎が纏い収束を始める。まるで小さな太陽だ。
「共鳴、共鳴、共鳴!」
俺もどうにか耐えるため共鳴を連続発動。振り下ろされた巨大な刀をどうにか受けて弾き返し、そのまま振り抜いて雑魚ゴブリンを切り捨てる。
「――さあ道を開けろ、全てを灼き貫き我に道を創れ」
ニナの詠唱は続く。そろそろ10秒。おそらくボスが死ねばこのゴブリンたちは標的を俺のみの状態からニナにも向けるようになるだろう。少しずつ後退し、すぐにニナを守れる位置へ移動する。
「撃つよ、ユキト!
――これは我らを導く原初の焰、覇道の槍! 焰焦砲槍!!」
詠唱が終わると同時に、ニナの頭上で収束していていた白く発光する炎の球が爆発的な光を放つ。
目を灼くような真っすぐな光の軌跡がニナの手とグランドゴブリンの頭を結んだように見えたかと思うと、揺らいで消えた。
「……ごめ……あと、よろ、しく、ね」
そして、ニナが気絶して倒れると同時に、超集束された熱線によって頭を消し飛ばされたグランドゴブリンが爆散するようにして黒い霧になって消滅した。
**
そのあとは消化試合。
俺は気絶したニナを背負いつつ、ボスを失っても戦い続けるゴブリンたちを斬り倒し続けて殲滅した。
「……なんとかなったな」
壁際に移動してニナを前に抱え直してからずるずると壁に身を預けるようにして座り込み、ニナを地面に寝かせようとして、ゴブリンの血やらで濡れ、踏み荒らされてデコボコになった汚い地面を見てやめた。
しょうがないので彼女が起きるまではこのまま抱っこしておいてやろう。起きた時にまた『年下扱いするな』と怒られそうだがしょうがない。
すうすうと寝息を立てる彼女を前に抱え直し、汚れたフードを取って彼女の白い髪を撫でているとだんだんと俺も眠気に襲われはじめる。
初めてボスを倒したんだし、今ぐらいは休んでも良いか。
とりあえず、イレギュラーなことばかりだったけれどようやく101階層突破である。