第十六話 初ボス戦、開幕
俺たちの目の前には巨大な扉があった。扉は古ぼけていてシンプルな作りをしていた。何か装飾が施されているわけでもない。
だが、土の壁で出来た洞窟のようなダンジョンの中で唐突に現れた扉そのものが異質な雰囲気を漂わせており、その奥に何かがあるということを伝えていた。
「いや、まあ、ボス部屋……だよなあ」
「そうだね、地図の通りここが101階層の終わりだよ」
ニナが折り畳まれていた紙片を開く。これは今まで迷宮を探索して来た村人達が作り上げた地図だ。俺たちは初の迷宮攻略ということでお借りしている。
まあ、地図というよりは各所に攻略ポイントが書き込まれていて攻略本のようになってしまっている。よほど暇だったのだろう、どうでもいいコラムとかまであった。迷宮の中に畑を作る方法とか書かれても困る。
「でもこの先は確かに大部屋だけど、下の層への扉があるだけなんだって」
「え? ボスとかいないのか」
まさかのボス不在である。そんなことがあっていいのだろうか。本当に101階層はただのレベル上げダンジョンなのか?
「いないって。今まで誰も見たこと無いみたい」
「うーん。ちょっと見せてくれる? 地図」
「いいよ」
ニナから地図を受け取って101階層の地図付近に書かれているコラムを読む。ちなみに多少文字の形や文法が違ったりするがほぼ日本語だ。やはりこの世界の言語は謎である。
『101階層は初期の頃はゴブリン以外の敵も見られたものの、500年ほどで姿を見せなくなった。大部屋は一切敵が出現することは無く、3000年間で一度も確認されていない。扉もあるので絶好の休憩スポットである』
「休憩スポット呼ばわりっすか……」
「確かにそろそろ休憩しても良いね。3時間ぐらい経ってるし」
「逆に言うと3時間でここまで来てしまったわけだが」
だが、休憩できるというのならいいだろう。あまり扉の前に長居していてもゴブリンが新たに湧く可能性もあるのでさっさと入ってしまうことにする。
「おっじゃましまーす」
軽い調子で扉を押し開けて中に入る。広い空間だった。天井は低いが面積だけで言えば中学の時の体育館ぐらいあるかもしれない。
壁には謎の鉱石がはめ込まれており、俺が入室すると同時に青く輝いた。照明だろうか?
「はぁ、まあ歩き通しだったから疲れたな……」
と、座り込もうとした瞬間。
唐突に目の前の地面が盛り上がり、巨大な黒い影が飛び出した。
「ギィヒヒィン!」
あまりに唐突で硬直してしまう。飛び出して来た何かは即座に持っていた巨大な刀のようなものを振り上げた。
「は?」
「ユキトッ、危ない!」
突然首根っこを掴まれたと思ったら一気に後ろまで吹き飛ばされる。同時に轟音が響き、さっきまで俺がいた場所に巨大な刀が振り下ろされていた。
「うぉおっ!?」
「ユキト、油断しない」
見上げればニナが俺の首根っこを掴んでいた。彼女が引っ張って助けてくれたようだ。
「いや、油断しないも何も油断するわ! 攻略本嘘じゃねえか!」
「……うん、私もびっくりしたかな」
「びっくりで済むんですね……」
刀を振り下ろした謎の生物は攻撃を外したことに気づいたのか周囲をキョロキョロと見渡し、俺たちを見つけると唸りながら睨みつけてきた。見た目は巨大なゴリラに角が生えた感じだ。とりあえず今の隙に鑑定してみる。
『種族:魔物『マルドゥークグランドゴブリン:C』
名前:なし
性質:異端の魔物
適性:なし
階層:「魔物領域Lv43」「神聖領域Lv1」
ステータス
基本体力:870
基本耐性:620
エーテル適性:10
エーテル耐性:470
神聖領域干渉限界:0/5
技能
開示不可
特殊技能
開示不可』
「アレでゴブリンかよ!? というかCランク……」
前回村で戦ったトロールはDランクだったはずだ。それよりはレベルは低いが体力は高い。ランクが高いとステータスにも補正がかかるのだろう。870とは凄まじい数値である。思わず驚きが声に出てしまい、グランドゴブリンを刺激してしまう。
「ギィイイイイヒィッ!」
「ユキトのばか!」
「ごめんなさい!」
「いいから共鳴!」
ニナは俺を叱咤しつつも魔力を練り上げ身体魔法強化する。普段は彼女は魔法攻撃が専門だからあまり必要ないのだが、この強化効果は共鳴する俺にも適用される。ニナには強化魔法と攻撃魔法を同時に使わせるため負担をかけてしまうが、いざという時には使うと2人で決めていた。
「共鳴っ!」
『警告:神聖領域干渉限界:180032/999999』
ステータスの底上げを感じると同時にわずかに頭痛が走る。3時間の連続使用でかなり干渉してしまっている。出来る限り早く決着をつけたいところだ。短刀を抜き両手で構える。
「焰ッ!」
ニナが炎の球をグランドゴブリンの顔面に叩き付けた。ゴブリンは悲鳴を上げるが、たいしてダメージはなかったようですぐに怒りの咆哮を上げて刀を構え突撃してくる。
「きゃうっ!?」
「うおっ!」
予想以上に素早い。俺とニナは咄嗟に二手に飛んで突進を避けた。ゴブリンは刀を地面に突き刺してブレーキをかけすぐに向き直る。
「……ユキトのエーテル適性、やっぱり低いね……」
「……ごめん」
ニナが視線はゴブリンに向けたまま文句を言ってくる。共鳴は俺とニナのステータスを合計し、共鳴を重ねがけすることでそこに倍率をかけていくスキルだ。
俺のエーテル適性が10しかない以上、ニナの魔法にはほとんど恩恵が無いのである。
「しょうがない、魔力消費は大きいけど……焰槍!」
ニナの簡単な詠唱とともに、彼女の手から炎の槍のようなものが射出される。ただの『焰』よりもスピードがあり、ゴブリンの腹に向かって真っすぐ飛んでいった。
「ギィッ!」
ただ、ゴブリンも的ではない。驚異的な反射速度でかがむようにして身をよじる。結果的に焰槍はゴブリンの肩を掠るようにして壁に激突し掻き消えた。だが、掠っただけでもゴブリンの肩の肉が焼けて抉れる。
「はずしたっ」
「ギィイイイッ」
俺もただ突っ立ってはいられない。短刀を構え、ゴブリンを挟んでニナと反対側に走り込む。彼女は近距離戦闘も身体強化のおかげで出来るとはいえ、人間になって爪を失った今だと遠距離戦闘に専念させた方が良い。要は俺が囮になるのである。
「うおぉっ!」
おそらくゴブリンは高火力のニナを警戒するはずだ。なら、積極的に攻撃して俺が注意を引きつける必要がある。
と、思ったのだが、ゴブリンはニナを無視し、回り込む俺に向かって刀を振り回して来た。
「ッ、マジかっ!」
避けきれない。思わず短刀で受けてしまい、そのまま薙ぎ払われ吹き飛ばされた。地面に叩き付けられる前に受け身をとったが、かなりの衝撃に身体が悲鳴を上げる。共鳴でステータスを底上げしていなかったらマズかっただろう。ステータス的にはもう一回共鳴を重ねれば1.2倍になるので相手の攻撃力と俺の防御力が並ぶはずだ。
「共鳴ッ!」
また脳内で警告が流れるが無視。
ゴブリンは俺を追撃しようと空中に飛び上がるようにして刀を叩き付けてくる。いくら俺の防御力が奴と並んでいるとはいえ、そんなものを食らったらひとたまりも無い。ガードすることは考えず、転がって避ける。
「あぶねええ!」
「ユキト! もう、なんであのゴブリンこっち見ないの? 焰槍!」
ニナの撃った焰槍はゴブリンの背中に直撃する。ゴブリンは背中を焼き焦がされ軽く悲鳴を上げるも、すぐに俺への追撃を再開した。
「おかしいって! ヘイト値なんで俺に全部向いてるのさ!」
反撃する隙もなく必死で振り回される凶刃から逃れる。あまりに攻撃が激しいというか、意外にも武器の使い方が上手い。もしもこの敵が剣術スキルを持っていたらレベル4、つまり二ヶ月訓練した俺並みにはあるだろう。
「へいとち? ……うーん、まあいっか! ユキト、頑張って引きつけてね! 焰槍! 焰槍! 焰槍!」
「ニナぁああ!」
ニナはというと完全にゴブリンの敵意が俺に向けられていることを利用してひたすら魔法を連射している。いや、確かに正しいんだけどなんだか釈然としない。
「うぉおおおお!」
ただ、ゴブリンの注意は完全に俺に向いているようで、ゴブリンがニナに対して背中を向けている分には魔法も避けられないようだ。そういうことならとにかく安全策でゴブリンの攻撃を避け続けることに徹しよう。それならばいずれゴブリンは魔法によって倒されるはずだ。
「焰槍!」
そして、とうとうゴブリンの最初に負傷した右肩に炎の槍が直撃し、ゴブリンの右腕を千切り飛ばした。飛ばされた腕がくるくると回転しながら地面に落ちる。
「よし、ナイスニナ!」
これでゴブリンは両腕で武器を持てない。このまま行けば倒せるはずだ。
「ギィッヒッヒッヒッヒッヒゥウン!!!」
しかし、ゴブリンは悲鳴を上げるのではなく、奇妙な雄叫びを上げ始めた。雄叫びを上げるたびに口から黒い霧のようなものが漏れだす。
「なんだ……?」
「……これは」
漏れた黒い霧は徐々に周囲に拡散し、渦巻いていく。
そして、それらは徐々に人型の形をとりはじめていた。
「「「「「ギィイイイイイイイン!」」」」」
「……マジかよ」
にわかには信じられない光景だった。
黒い霧が消えたあとに現れたのは、俺たちを睨む無数の目。
雄叫びから数秒後、俺たちは黒い霧から生まれた大量の雑魚ゴブリンに囲まれていたのであった。