第十五話 第101階層:魔物迷宮
村の様子はもう分からない。結界は上の音を完全に遮断していた。
「オデットさん、大丈夫かな……」
ただ、俺たちの降りる階段にも上階の振動が散発的に伝わって来ていた。土で出来た壁から土片がポロポロ落ちて来ていることからも何か凄まじいことが起きているのが分かる。
「大丈夫だよ、オデット様は最強だもの。何が来たって負けるわけない」
「信頼してるんだな」
「……ううん、違うよ」
「違う?」
「オデット様が強いのは事実。信頼とは別だから」
ニナは階段を先行して駆け下りているので表情は読めない。だが、その声は硬く、底の知れない感情が含まれていることは明確だった。
だけど、オデットが強いということを事実としているそのことこそ信頼というのではないかと俺は首を傾げるのだった。
「……まあ、何があったかは知らないし無理に聞く気はないけど。何かあれば相談しろよ、お姉ちゃん」
「だから私のこと年下扱いしないでって……アレ? ん? 今お姉ちゃんって言った?」
「よし、階段の終わりが見えて来たな! 101階層だ」
「え、え? あ、うん!」
上手く気分を切り替えることには成功したらしい。ニナは首をひねっていたが、元気よく返事をして階段の最後の数段をジャンプして飛び降りた。
階段から降りた先は洞窟のようになっていた。土でできた壁はなぜか発光していて完全な暗闇ではない。だが、先の方の道はいくつも枝分かれしていた。
壁を鑑定してみると『マルドゥーク大迷宮第101階層:魔物迷宮』と情報が出た。
「迷路みたいだな……上の階層は広かったのにな。狭すぎだろ。でもまあ、まさにダンジョンって感じだな」
「うん……結構上層だとこういうのも多いらしいんだけどね……魔物迷宮って割と簡単なダンジョンで、本来はこんな下層にあることはないんだってオデット様は言ってた」
ニナが歩き出したのでついていく。まあ、こんなところで立ち話もなんだろう。
「そうなのか?」
「うん。ほら、私たちの住んでた階層は森でしょ。本来は下層になるほど環境が独特になっていくの」
「へえ……つまり、ここは下層の割には簡単だってこと?」
「そういうこと。ま、初心者のユキトにはちょうどいいかも?」
そう言うとニナはこちらを見て面白そうに笑った。こんな幼女に煽られている。
「……いや、お前も戦闘では初心者じゃ……」
俺が言い返そうとしたと同時に通路の横にあった小部屋から黒いゴブリンが勢い良く飛び出してくる。ゴブリンが持っているダガーは明確にニナの首を狙っていた。
「ニナッ……」
「焰」
警告しようとした瞬間、ニナの片手から薙ぎ払うようにして炎の塊が飛び出しゴブリンを焼き尽くした。炭化したゴブリンは即座に黒い霧となり、持っていたダガーが地面に軽い音を立てて落ちて持ち主を追うように崩れて消えた。ニナは俺の方を振り向いてにっこり笑う。
「誰が初心者?」
「……いや、すんませんでした」
「分かったら早く刀を抜く! 油断し過ぎだよ」
「はいお姉様!」
「え? えへへ、おねえさま?」
お姉様と呼ばれてはにかむニナも油断に溢れている気がするのだが、まあ彼女の言う通りここはダンジョンなのだ。俺も腰に差してあった短刀を抜いて魔力を込めた。短刀は柄の部分からじわりと黒く染まる。
「とりあえず通路の脇は全部小部屋みたいだな……こりゃ慎重に行かないとな」
「あ、平気だよ。私気配感知のスキルも頑張って取得したから。小部屋の中に敵がいるかいないかはバッチリ分かる」
「えっ」
さっきの炎魔法といい、気配感知スキルといい、なんだろう。
「俺、異世界召喚されたのに現地の人のニナより圧倒的に弱いような」
「? 異世界召喚とか強さに関係ないでしょ?」
「ごもっとも……へこむわぁ……」
「大丈夫、たまに敵回してあげるからゆっくりレベル上げよ?」
「オンラインゲームのベテランプレイヤーかよ! ここぞとばかりに年上ぶりやがって! ありがとうお姉ちゃん!」
まあ、そんなわけで。
俺がニナにかばわれる形になりながらだが迷宮攻略はスタートしたのであった。
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というわけで、迷宮攻略は主にニナの活躍により順調に進んでいた。
「あ、共鳴切れた。かけ直す」
「うん」
俺は数分ごとに共鳴をかけ直して自分たちの身体能力を強化しつつ、ニナが回してくるゴブリンを弱点を狙って短刀で切り裂いていく。
魔力を込めないと切れ味が落ちるようで、常に魔力を供給し続けている。とはいえ、もともと短刀が送り込んで来ている魔力を返しているだけなので俺としてはあまり魔力を消費しているという感覚がない。体内の澱みは徐々に消費されている……のか? あまり実感は湧かないのでたいして消費はされていないのだろう。
ニナはというと炎魔法を連発して次々に敵を焼き尽くしていく。彼女はどうやら魔法の才能があったようで、簡単に高火力の魔法を繰り出していた。
本来は詠唱などが必要なんて聞いた気もしたのだが、本人曰く、魔力を練る工程を言葉にした方が分かりやすいというだけでひと言発すれば十分らしい。頭のいい奴の言うことはよく分からない。そもそも俺は魔法は一切使えない。
だが、それにしても。
「……それにしても、ゴブリン弱いな!」
「そうだねえ。私が最初に戦ったのもゴブリンだったけど、赤ちゃんだった私でも倒せたし……」
「ここ101階層だよな……? こんなに弱くていいのか……」
俺は飛びかかってくるゴブリンの喉を切り裂いて消滅させつつ不安を口に出す。今ので今の小部屋から出て来たゴブリンは最後だったようだ。
「レベルは高いんだけどね……こっちもレベルが上がるから良いんだけど」
ニナもあまりにサクサク進むことに疑問を感じているようだ。まあ、ニナはなんというか魔法の威力が高すぎるので普通に圧倒して当然のような気もするが。
「なんか、ボーナスステージって感じだよな」
「ぼぉなすすてぇじ?」
「まあ、簡単なうえに報酬が美味しい場所ってこと」
「うん、そういうことならそのぼーなすすてーじみたいな感じだね。まあ魔石は全く落ちないけど」
「それがまたなんとも不気味だ」
魔物はダンジョン内の濃密なエーテルでできた魔石を核にして発生する。魔石は魔物が存在する限り徐々に消費されていくが、魔物を殺した際に残った魔石が残ることがあるのだ。もちろん、消費され切ってしまって残っていないこともある。だが、それにしても今まで数十体倒してきて全く落ちないというのはおかしい。
「変だな……」
「変だね……」
ついでに言うとあまりに敵が弱いので俺は未だに短刀のスキルを使えていない。いつになったら出番があるのだろう。
「小部屋に宝箱とかも無いねえ」
「そりゃ単純に3000年のうちに村人が取り尽くしちゃっただけだろ、多分」
「あ、そっか……でも空箱も無いってやっぱり変だよ。迷宮って宝箱は自動で生成されるって聞いたし補充されててもおかしくないよ」
「そうなのか? じゃあおかしいな……」
宝箱も無く、ドロップアイテムもない。
「まるでレベル上げだけのために作られたみたいなダンジョンだな……」
奇妙な疑問は消えることは無く、それでも俺たちは先に進んでしまう。
そして、突入したその日のうちにその階層の終わり、いわば。
ボス部屋というものにたどり着いてしまったのであった。
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ボス部屋到達時点のステータス
『種族:人間
名前:ユキト・ブラン・ルナーリア【???達の徒】
性質:???の残滓
適性:魔獣使い
レベル:「人間領域Lv15」(+3)「神聖領域Lv0」「???領域Lv2」
ステータス
攻撃力:54
防御力:50
エーテル攻撃力:10
エーテル防御力:10
神聖領域干渉限界:80080/999999
スキル
「念話Lv4」「ハッキングLv2」「剣術(刀)Lv4」
固有スキル
「魔獣敵対無効」「神聖の拒絶」「人間からの乖離」「共鳴Lv2」』
『種族:魔獣『白狐(人化):E』
名前:ニナ・オデット・ルナーリア
性質:異端の民
適性:魔術師
階層:「魔獣領域Lv25」(+2)「神聖領域Lv1」「???領域Lv1」
ステータス
基本体力:125
基本耐性:92
エーテル適性:480
エーテル耐性:320
神聖領域干渉限界:0/8200
技能
「念話Lv7」「叡智への強制干渉Lv2」「身体魔法強化Lv4」「魔法適性Lv3」
「魔力感知Lv2」「気配感知Lv2」「聖魔法適性Lv2」「炎魔法適性Lv2」「布生成Lv4」
特殊技能
「癒しの毛」「共鳴呼応」』
補足
ステータスはレベルアップで大幅に上昇しますが、単純な訓練でも上昇します。スキルレベルも同様です。ユキトの攻撃力だけが若干耐久値よりも高いのは素振りばっかりしていたせいです。
ちなみに改ざんしてSAN値になっていた神聖領域干渉限界ですが、周りと会話が噛み合わなくなったためにユキトは泣く泣くもとに戻しています。