閑話 三人の不良勇者達
勇者パートに見せかけた残滓説明回です。
俺の名前は峰村斗真。勇者だ。
正確に言えば、41人の勇者の一人。神殿の奴らには使徒なんて呼ばれてるな。
俺たちはくだらねえ講義の途中で突然この世界に召喚された。ゲームじゃあるまいし、なんだそれ、と最初は思ったもんだ。どう考えてもこんな世界にコンビニもゲーセンもあるわけがない。しかも俺の趣味のギターも出来やしない。
だから、俺はこんな世界はゴメンだった。俺はつるんでる2人が一緒にあの神官どもをぶん殴ってやろうと言うのでそれもいいなと一瞬思った。止めたけどな。
だが、どうやらこの世界にはゲームみたいにステータスというものがあるらしい。
あの小難しい話ばかりしている教授がどうやら優秀な魔法使いらしいのだ。
そういう話なら別だ。俺たちにもそういう特別なスキルがあるなら、世間で不良扱いされて白い目で見られていた俺たちにも日の目が当たる。
ちなみに、そんな俺の適性は「戦術師」だった。
どうやら味方の指示に特化したスキル構成らしい。かなり貴重らしく、神官も驚いていた。俺もまんざらでもなかった。
だが、そのあと俺たちの士気が下がる事態が起こる。
オタク2人組の一人、白井が殺されたのだ。
正確には脚を折られてテレポートさせられたみたいだが、殺されたのと同義だ。
さっきまで講堂で俺の前の席に座っていた奴が死んだ。
その事実は俺の心に影を残した。まあ、人によっては色々な反応があったが。
「別にアイツ影薄かったし、仲間にするのも嫌じゃん?」なんて言っている女子もいれば、青ざめている程度の奴も居たな。大多数はあまり気にしていなかった。
だが、俺たち三人とオタクのもう一人、山田は別だった。
俺たち三人組からすればあいつはそこそこマトモなやつだと思っていた。山田と一緒にいつもいるせいでキモオタみたいに周りの女子連中からは思われていたが、たまにグループワークで一緒になると案外なんでもそつなくこなすし、めんどくさいことは自分から引き受ける。常識もあるし、ひきこもってゲームばっかりしていること意外は普通のいい奴だった。
それが、「不明の残滓」なんて訳の分からないモノ扱いされて殺された。納得なんて出来るはずが無い。そもそも、正直言って他のバカたちよりはよっぽど信用できる奴だったのだ。つるむ理由も無かったからたまに声をかける程度だったが。
そして、俺たち以上に山田の焦燥ぶりは凄かった。
アイツにとっちゃ親友だ。ショックも凄かったんだろう。
山田は剣を持った衛兵に果敢に挑んでいった。すぐにねじ伏せられて、それでも抵抗して結局気絶させられたが。
だが、俺たちの中でのアイツの好感度は上がった。
山田は友人のためなら身体を張れる奴だ。だいぶ見直した。今度からは優しくしてやろうと思う。
「って言って、しばらく経つけど山田の奴見ねーよな?」
「あぁ」
あれから数週間。俺たち三人は召喚された場所、スティルゼ大神殿のだだっ広い廊下で立ち話をしていた。
中肉中背の俺に、長身マッチョな鏑木樹。そして、背が低いがすばしっこいイメージの立花大貴。見事なデコボコっぷりだ。
最初に疑問を口にした大貴が続けて喋る。ちなみに
「捕まえられてどこかに行ったけどよ、まだ監禁されてんのかよ」
「っべぇーよな。マジっべぇーわ」
樹はうんうんと頷いた。ボキャブラリーに欠けるがなかなか空気は読める奴だ。
「白井の件といい、ここの連中なんかヤベえよな、やっぱり。なんでみんな気づかねえんだ? アホかよ」
「ま、Fランだしな、俺ら」
「それ言うと俺たちもナンすけど?」
「それ。っべぇーな」
大貴の言葉に同意するように樹もうんうんと頷く。頷いてばっかりだなお前。
「ま、ここらが潮時かもな。結局白井を殺った理由も残滓は人類の敵だからとしか教えられてねえ。しっかり説明しない奴らについていってロクなことになる予感がしねえな」
現在俺たちは10組程度のグループに分けられている。人数はだいたい3人から5人。
中にはもう魔物の討伐に向かった奴らもいるらしい。だが、俺たちは俺が戦術師という軍隊指揮向きの適正なこともあって、ここで訓練しつつ待機させられている感じだ。
ちなみに、樹は見た目通り戦士系で盾使い。大貴は敏捷系の忍者だ。『異世界なのに忍者ァ!?』と樹は三日ぐらいそのネタで爆笑していた。
「だよなぁ、旅でるか、旅。出て行こうぜ」
と、大貴が言う。
「っべぇーけど賛成!」
「サンセー」
盛り上がる俺たちだったが、そこで誰かが近づいてきた。
「それは困ります。おやめください、使徒様」
「アンタは……」
そこにいたのは、あのとき白井の脚を折った巫女だった。
「ミラ、だったか?」
「はい、覚えて頂けたようで幸いです」
そう言ってにこりと笑う。その微笑みに大貴と樹はノックアウトされてしまう。
「はぁい! 出て行きません!」
「一生ついていきます! マジ激マブっすわぁ」
「……」
俺は正直、この顔だけはいい女が気に食わない。
巫女の中でもリーダー的な存在らしいが、この若さでその立場にいるということが何を意味しているのか。
紙に描かれたステータスを見た感じだと大したことなさそうだったが、裏でなにかあくどいことでもしているか、それともステータス自体嘘っぱちなのか。
さらに、厄介なことだが俺たちはこの女に目をつけられていた。あからさまに不真面目な態度だからしょうがないっちゃしょうがないのだが。
そんな中で、脱走を仄めかす発言を聞かれてしまったのだ。
だが、俺は逆にこの状況をチャンスだと思っていた。
「いや、出て行く」
「えぇー!?」
「っべぇーなトウマ!」
そう言うと、巫女は困ったような表情になった。
「何かご不満なことがおありでしたら、可能な限り善処致しますが……」
その言葉を待っていた。俺は心の中でガッツポーズをとる。
「あぁ、ある。白井の奴は俺らの仲間な訳だ。それを人類の敵だから、なんて曖昧な理由で殺した奴らが信用できるか? なあ、槍使いさん」
「し、しかし! あれはしょうがないことなのです! 不明の残滓は見つけ次第ああしなければ危険なのです!」
慌てた様子で加害者である巫女が弁明しようとする。
「だったら説明してくれよ。俺たちが納得できる理由でな。残滓ってのはなんなんだ」
「……分かりました。戦術師である以上知っておいた方がよろしいでしょうし……説明致します。こちらへどうぞ」
諦めた様子で頷くと、巫女はついてくるようにと言って歩き出した。俺たちもついていく。
**
到着した場所は神殿の隣の土地にある大書庫だった。
中に入った巫女はさらに先に進んでいく。そして、最奥にあった扉に手を当て、法術で鍵を解除して中に入る。
「選ばれた者しか入れない禁書庫です。不明の残滓についての情報は最重要機密なのですよ」
「最重要機密?」
「はい。彼らの情報は私たち神官にとっては好ましく……いえ、一般の民の目に触れさせるわけにはいかない禁忌ですので」
「まあ、説明してもらえればそれでいい」
「はい、では……」
そう言って、彼女は一冊の本を取り出して説明を始めた。
まず、不明というのはステータス上の性質の部分に『???』が入っている者のことを言う。
この時点で、絶対神スティルゼを崇める神官の連中にとっては都合が悪い。
ステータスは神の叡智から情報を引き出している。『???』ということは単純に神ですら分かっていないか、神が意図的に隠蔽しているやましい情報ということになるからだ。絶対神を崇める上で、そんな事実があるのは良くないだろう。
不明の残滓自体はどういうものなのかというと、澱んだエーテルに汚染された存在なのだそうだ。
「澱んだエーテルってのはなんなんだ?」
「単に澱みということもありますが……エーテルはご存知ですよね?」
「あぁ。空気中にあるエネルギーみたいなもんだろ。それを取り込んで魔力に変換してスキルとか魔法を使うって」
「法力と法術です」
にこりと笑って巫女が訂正する。目が笑ってないが。
どうもここの奴らは自分たちの法術を魔法と言われるのを嫌う。体面だけ取り繕いやがって。だが、ここは素直に返事しておく。
「あぁはい、法力と法術ね。で、正解でいいわけ?」
「ええ、だいたいは合っています。一部のスキルは自分の身体が発生させるエーテルでも発動できますが、強力なスキルや法術ほど外からエーテルを取り込む必要があります。つまり、我々の生命線であり、スティルゼの恩寵でもあります」
「で、澱んだエーテルってのは?」
「詳しくは分かっていないのですが……」
彼女は厚い本をぺらぺらとめくりながら説明を続ける。
澱んだエーテルは、その名の通りエーテルが澱んだものというわけではない。
決してエーテルが変化したものではなく、別の種類のエーテルと言った方が正しい。だが、物体鑑定でもその情報は一切解禁されず、『澱み』としか表示されない。なので、便宜上分かりやすいように澱んだエーテルと呼ばれている。そして、それはエーテル同様どこにでもあるのだ。
「ここにもあるんかよ?」
「っべぇーな」
「まあ、エーテルが空気中の窒素や酸素なら澱みは二酸化炭素ってとこか」
「その認識で間違いありません。澱みもエーテル同様、どこにでもあるものです。ただ、その割合は著しく低いため問題にならないのです。常人でしたら一切取り込むこともありません、身体の中のエーテルが拒絶しますから」
だが、ごく稀に例外が発生する。
突如澱みが大量に噴出し、周囲を汚染することがあるのだ。それに巻き込まれ、長時間澱みの中にいると体の中のエーテルが体外の澱みに押し負けて、エーテルではなく澱みを取り込んでしまい、性質が残滓になってしまうのだという。
「ってことは、残滓って被害者じゃねえかよ」
「えぇ、そうです。ですから、我々も問答無用で殺したりはしません」
「というと?」
「残滓にも種類があるのです」
まずは、後天性残滓と呼ばれる者。
これは先程のように澱みに長時間触れていると発症する。
体全体が澱んだエーテルに浸食されており、澱んだエーテルと通常のエーテルが競合することで体内の魔力が不安定になっており、精神が浸食されて好戦的になってしまう。
そして、一度澱みを取り込んだことで経路が開いてしまうのか、常時澱みを取り込むようになってしまい体内の澱みの配分が高まっていくのだ。
結果としてレベルアップや進化して体内のエーテルと澱みの許容量が増加するたびに症状は悪化していき、最終的には発狂して廃人になってしまうのだと言う。
「ですが、彼らは初期症状の段階なら好戦的になることもありません。ですので、我々の管理する病院で治療を受けることになります。澱んだエーテルを吸収する魔道具で体内の澱みを取り払えますし、レベルアップしなければ症状も進行しませんから」
「じゃあ治るのか?」
「いいえ。体内の澱みを取り払ってもすぐに空気中から取り込まれてしまいますので、永続的な治療が必要になります」
それじゃ治療じゃなくて監禁だろうが。そう思ったが言わないでおいた。
「もちろん、治療する前にある程度進行してしまった場合は排除となりますが」
「……で、後天性ってことは先天性もあんのか?」
「はい。滅多にありませんが、我々の管轄外、獣人や魔族の領域では不明の残滓の子供が生まれる場合があるのです」
「それが先天性?」
「はい。彼らは最初は残滓ではありません。ですが、澱みを取り込む性質は持っています。ですので、ある程度澱みが蓄積した段階でレベルアップすることで残滓化します」
「それも治療対象か」
「はい」
しかし、それだとおかしい。
残滓を殺す意味は結局分からないままだ。症状が進行すると何が問題なのか? 好戦的になるだけだろうに。最終的には廃人になるわけだし。
「好戦的になるからだけではないのですよ。彼らは発症するとステータスと引き換えに神の加護ではない固有スキルを獲得します。それも大きな問題ですが、もう一つ。廃人になるまでに、なんらかの条件を満たすことで性質が不明の残滓から不明の断片に変化するのです」
断片に変化すると、エーテルを一切取り込まなくなる関係で澱みをいくら取り込んでも悪影響を受けなくなるらしい。廃人になることも無く、代わりに奇妙な能力を得るようになる。
「ステータスが変化するというか、読めなくなるのです。特異な固有能力を取得することもありますが、それも鑑定できません」
「ということは?」
「神ですら理解できないモノ、つまり悪魔ということですね」
「なるほどな……」
それは、絶対神を崇める上では残滓以上に不愉快な存在だろう。そんなものを世間に知られたら「絶対」神の信仰は揺らぐかもしれない。
「でも、何よりいけないのは断片は魔王になる可能性があるのです。ですから、断片は絶対に発生させてはいけません。現在の魔王にも断片がいると言われています。私たちは過去何度も断片に襲撃されてきました。街が一つ滅んだことさえあるのです」
「まぁ、なら殺さなけりゃいけないのもしょうがないわな。断片になる条件が分からない以上、多少でも進行してたら断片化する可能性があるわけだ」
「ご理解が早くて助かります」
だが、白井は?
あいつはいつ残滓になった?
「……アレがいつ残滓になったのかは分かりません、ただ……」
「ただ?」
「アレのスキルに、見たことの無いスキル……『神聖の拒絶』がありました。詳細鑑定の結果、これはエーテルを取り込まなくなるスキルらしいのですが、それは性質として断片が持つ特徴のはずなのです」
「つまり、アイツはデメリットの無い残滓だった?」
「そうです。確実にいずれ断片になるでしょう。そうなればどうにもなりません。ですので排除する必要がありました。申し訳ありません」
そう言って巫女は頭を下げる。
「いや、説明してくれてよかったわ。もやもやしたままじゃアレだったからな」
「そうですか……お役に立てたのなら良かったです」
安心したように胸を撫で下ろす巫女。
「まあ、それはともかくなんだが頼みがある」
「はい?」
「神殿は出て行く」
「え、えっ? でも……」
巫女は一瞬呆然としたあとあたふたし始めた。ついでに樹と大貴も呆然としている。というかこいつらは途中から半分寝ていた。
「勘違いするな。別にお前らの管轄から出て行くわけじゃない。魔王を倒すのには協力するさ。だけどそのために、一度この世界がどうなってるのか見る必要があると思っただけだ」
「そういうことですか……さすが戦術師様です。分かりました! 許可をもらって参ります。旅の準備もご用意させて頂きますね」
「あぁ、護衛はいらないからな、俺たちだけで行った方がレベルも上がるだろうし」
「……承知致しました」
そして、巫女は笑顔で禁書庫から立ち去っていく。俺はその姿が見えなくなるまで待って、小声で2人に耳打ちした。
「あんな奴らに協力するなんてゴメンだ。ずらかるぜ」
「え、ええ……トウマ、いいんか? 俺半分寝てたけど、白井がやられた理由は分かったじゃん」
「っべぇーなトウマ。白井はでも断片? 魔王になるかもしれなかったんだろ?」
俺は頭をかきながら説明する。
「まあ、今の話だけじゃわからなかったかも知れねえな……いいか? 断片が魔王になるんじゃねえんだよ。断片ってのは人間に迫害されてる残滓が進化した奴らだ。ってことは、人間に敵対してる魔族にとっちゃ英雄だろうが。周りが持ち上げて魔王になってるだけなんだろうよ。それも人間が迫害しなけりゃ起きないことだ。廃人になろうが断片になって勝手に治ろうが知ったこっちゃねえだろ。迫害してる一番の理由はよく分からない存在がいると全能のはずの絶対神の立場が揺らぐから、だろ。大方街を襲撃されたなんてのもこっちから断片に手を出したんだろうよ」
「あ、あぁ? あぁ、そういうことか! 神様の立場が揺らぐと自分たちも都合がわりぃってことか」
「っべぇーな、頭良いなトウマ」
樹はともかく、大貴はバカなので理解できるか心配だったが、珍しく一発で理解した。寝起きだと頭の回転が速いのかもしれない。
「それに、詳細鑑定したらやべースキルがあったから白井を殺ったなんて言ってたが、あんな一瞬で詳細鑑定なんてできたわけあるかよ。ありゃ殺し慣れてる。都合が悪いなんて理由でただの被害者を監禁して殺す連中だ、俺らのこともどう扱うか分かったもんじゃねえ。だからトンズラすんだよ」
「なるほどなあ」
「ここから出たら冒険者ギルドがあるらしいからそこに登録してまずは迷宮でレベル上げんぞ。あいつらの援助が無くても生きていけるようにな」
「おう!」
「っべぇー、わくわくしてきたぜ!」
こうして、俺たちはまんまと神殿から逃げ出すことに成功し独立することになった。
いや、そういえば何か忘れているような……?
「あ、山田忘れてたわ」
「南無」
「南無だな」