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無メイの乖離  作者: いすた
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1-8  敗走

今回のロックラウンド侵攻におけるランジベル軍の損失は兵士128人死亡。

これはロックラウンドへの攻め込む際、ロックラウンド側の抵抗で失った被害だ。

残存兵力は876人、うち重軽傷者593名。

無メイの乖離によって生じた被害はこのうち507名。

彼らは力無い足取りで、ランジベルへ戻る行軍をしていた。

傷の浅い者は自力で歩かせて、怪我の酷い者は使い捨てた大砲の代わりに馬車に乗せて。

ランジベル軍は、本来ならば勝者であったはずの戦いで敗戦の帰路を行く。

その先頭に老齢の司令官の姿があった。

ロックラウンドを発って3時間が経つ。それまでに何度も振り返りながら。


「無メイの乖離め・・・。あの状況で一人も殺さぬとは」


叩き飛ばされた兵士達には怪我の大小はあれど、命の関わる傷を負った者は一人もいない。

奇跡でも偶然でもない、あの者はあの数を相手取って、

それができる余裕があるのだと司令官は理解していた。

司令官の後ろに付き従う副官のローレンスはその名を聞いて、自分なりの分析を具申する。


「司令、無メイの乖離は契約で動く傭兵と聞いています。

 もしあの者がロックラウンド・・・、いえ、改革派と契約を結んだとすれば・・・」


最強の傭兵、無メイの乖離を味方にした側が勝利する。

それは大戦中に嫌と言うほど思い知られた真実だという。

あの力を前にしては、どれほどの軍事力も意味が無い。

改革派がリンクス連邦の軍縮を押し進めるのも、それが事実であるからだ。

その改革派が無メイの乖離の協力を得たとなれば、

軍備増強を提案する保守派はかなり苦しい状況に立たされる。

軍縮どころか、下手をすれば解体まで。

ローレンスの疑問に、老齢の司令官はいやと首を振って。


「あれはな、国と契約した事はただの一度もないそうだ。

 個人とのみ契約を交わし、その対価は無形である事がおおい。

 花一輪で、巨大マフィアを全滅させた事もある」

「では、今回も?」

「おそらく、住人に戦争を止めてくれとでも頼まれたのだろう。

 もしあの者が改革派やロックラウンドと契約していたのなら、

 我々は今頃、この世におらん」


老齢の司令官は、無メイの乖離の事を良く知っていた。

去年の終戦よりももっと前、およそ5年前から存在は噂されはじめていた。

異常なまでの強さを持つ傭兵の子供が居て。

たった一人で戦局を変え、何千の敵を斬り滅ぼし、戦乱の中にあった歴史に、大きなズレを生み出した。

その頃から各国の諜報員が総出で無メイの乖離の情報を集め、当時は司令官も彼の話を聞くたびに驚いたものだ。

知っているから、仕方がない。

司令官の悟り諦めるような言葉が、ローレンスには気に入らなかった。

自分達がここで退いては、ランジベルの住民はどうなる?

彼らを救うために兵を起こし、虐殺の汚名を被る覚悟もした。

だというのに、撤退しろという警告にあっさりと引き下がった司令官が、本気で戦いもせずに諦めたこの司令官が癪に障って仕方がない。


「司令・・・、なぜあの場で無メイの乖離を倒せと命じなかったのですか!?

 我々には500を超える兵力が残っており、勝ち目は十分あったはずです!

 それだけではありません!

 今回の派兵にかかった費用、飢えに苦しむランジベルをどれほど圧迫したのか!

 あの場では対処はできずとも、一時的に撤退した後、策を講じれば必ずや―」


血気に盛る若きローレンスの言葉は途中で止まった。

今まで穏やかだった司令官の顔に、強い怒りの表情が浮かび。


「・・・貴様はあの時、あの場所に居なかったからそのような事が言えるのだ!」


何かを思い出し、声と肩を震わせて語る老齢の司令官。

怒りだけでない、熟練の軍人の瞳に恐怖の色が混じっている。


「リンクス、クタナ ミンフヘイム、ルーンネイト。

 当時、覇権を争った四カ国の戦力をかき集めた連合軍10万。

 無メイの乖離を討伐するためだけの最大の戦力は、

 ポイント・ゼロの決戦において、無残に散った。

 いいか、あの者と戦おうなどとは絶対思うな。

 あれに敵と認識されれば最後。

 奴によって滅んだ国が、一つ増える事になる」


今回の作戦の失敗の責任は司令官が負う事になる。

戦果も残せず撤退など通常ならば死刑は免れぬ重罪だろう。

だが、今回に限ってそれはない。

無メイの乖離が相手となれば、撤退以外の選択肢などありえないのだから。


「おのれ・・・」


こんな情けない事を口にする者が、自分の憧れた軍人だというのか?

たかが一人の少年を恐れて震える、この無様で惨めな姿が、軍人のあり方だというのか?

ローレンスには耐えられなかった、たまらなかった。


「無メイの・・・乖離・・・!」


若輩の軍人は、思うにならない存在に怒りを抱き、怨恨を募らせるのだった。

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