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無メイの乖離  作者: いすた
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1-6  依頼を承諾した (挿絵有)

大陸の中でも人が過ごしやすい環境に、多数の国が集まり。

国々を襲う侵略者へ対抗するため、周辺諸国をまとめるために発足したのがリンクス連邦政府だ。

領主達が議員となり、彼らの意見を参考にして政策を決定。

それらをまとめるための大統領は議員から選出される仕組みとなっており。

様々な人種や文化の入り混じる国、それがリンクス連邦。

今回の戦争には、リンクス連邦の事情が大きく関わっていた。

昨年まで続いていた戦争で当時の大統領は戦死。

リンクス連邦政府は次期大統領を決めねばならなかったのだが、

候補者2人の全く正反対の主張に、リンクス連邦は内戦状態に突入。

次期大統領を巡る争いは、従来の軍事政権である『保守派』。

軍事力を縮小させて内政を充実させる『改革派』に別れる事になった。

ロックラウンドの領主は『改革派』を支持。

軍縮政策にも理解を示し、今まで多額を投じていた軍事費を町の発展に投資し。

鉱山で採れる鉱物の輸出を中心として町を大きく発展させ。

戦災復興特需を差し引いても、町の年間収入は戦時中よりも格段に増える事になった。

対して侵略軍であるランジベルは軍事力を主とする保守派を支持しており。

保守派と改革派、両派閥の争いがついに武力衝突へと発展した事を示し。

両軍の戦力差は、派閥の姿勢がそのまま顕れている。

改革派の軍縮政策によってロックラウンドの兵力は削られており、その数500、

対してランジベルは戦時中と同じ軍事政策をせんとする保守派だけに兵力を蓄えており。

ダルマック将軍は彼らを援軍として派遣し、ランジベル側の兵力は1000。

500対1000、兵数にすればおよそ倍の兵力差。

ロックラウンド側が少ない戦力を補うために、

町を利用しての篭城戦を選んだのは仕方ない事だった。

ただし、希望が無いわけではない。

鉱山町で使われている上質な素材を用いた防衛設備を使えば、ランジベル軍を退けられる。

ロックラウンドの兵士達が抱いた希望は、ランジベル軍が用意してきた新型の砲弾によって無残にも打ち砕かれる事になった。

街門に突き刺さったあと、大爆発を起こして破壊するという仕組みになっており。

終戦後から1年を経て、始めて実戦投入された結果、ロックラウンドの誇る強固な街門を3発で破壊する成果を見せた。

ランジベル軍が保有している兵器はこれだけではない。

防柵に対する破壊力を重視した炸裂火薬付きボウガンの矢や。

鋼鉄を融解させる特殊溶液を拡散する砲弾など、かなり特殊な装備が多い。

これらは全て2年前の大戦末期に開発された兵器であり、実戦で使われる事なく封印された兵器達だ。

改革派による軍縮の強行の際、いくつもの兵器が処分されていったが。

保守派はそれらを秘密裏に入手し、”もしも”の時の為に確保していた。

特殊な試作品が多いため、ほとんどは再生産が出来ない使い捨て兵器だが、それは同時に前例の無い奇襲を可能とし。

奇襲は防衛側のスキを作り、数的不利な側が陣形を崩されれば、瓦解するのは一瞬。

ロックラウンド全体に戦火が広がるに1時間もかからなかった。

ロックラウンドの兵士は倒され、1人1人に対し確実にトドメが行われていく、捕虜にはしない。

この戦い、改革派や保守派の争いは関係しているが、ランジベルの侵攻の目的はあくまでも、水害の影響で飢えの危機に瀕している自分達の町を生かす為。

捕虜に与える食料の余裕などはない、ランジベル軍の目的はロックラウンドの住人の殲滅。

老若男女問わず全てを殺せという命令が、ランジベル軍の全員に命じられていた。

教会や頑丈な家屋、地下室などに避難した住人達を見つけ、引きずりだして斬り捨てる。

ここまでくればもはや戦争ではない、虐殺だ。

されどランジベル軍に慈悲をかけるつもりはない。

ロックラウンドは自分達を飢餓に追い込んだ張本人なのだから。

ロックラウンドが川を塞き止めたせいで、民が苦しんでいる。

殺戮ではない、これは正統なる報復であると。

次々と奪われていく命は増え、それは神聖なる場所である教会にも及び。

さきほど名無しの少年に牢屋で食事を届けた少女、ケイもその中に居た。

母と一緒に逃げ惑う中ついにランジベル軍に発見され追い詰められ。

親子を取り囲むのは5人の武装した兵士達、ギラリと光る剣の先が、容赦なく親子に突きつけられ。

死を覚悟した母親は、兵士達に懇願する。


「お願いします! どうか、どうかこの子だけは見逃して下さい!

 どうか、どうかお慈悲を!」


せめて娘の命だけは。

親として当然の欲求で、同情にも値するその願いも、狂気に囚われた兵士達に通じはしない。


「だめだ、ロックラウンドの連中は一人として生かしはせん!」

「怨むなら、我らランジベルを陥れた貴様ら自身を怨むがいい!」


ロックラウンドの住人全てに例外なく振り落とされる剣の刃が、

娘を守るように抱える母親の背中を切り裂こうとしたその瞬間。

一陣の風が、その間に割り込んだ。


「・・・え?」


少女、ケイの眼前に烈風が吹き、剣を振り下ろさんとしていた兵士の体が宙に舞う。

飛ばされた兵士は自分の身に何が起きたのか理解できぬまま、遥か先の家屋の壁を砕いて突き刺さった。

風の正体は、薄汚れた外套に身を包んだ背中だった。

兵士を弾き飛ばしたのは、右手に握る十字槍。

親子を守るように、残す4人の兵士達の前に立ちはだかるのは、さきほどまで牢屋にいた少年。

ランジベル軍の兵士達は突然割り込んできた彼に対して剣を向けなおし。


「なんだぁ、てめぇは?」

「傭兵か? ロックラウンドの兵士ではないようだが、邪魔立てするなら容赦はせん!」


殺意を剥き出して凄む、完全武装の兵士達。

だが少年はそれに一切の関心も示さず、背後で呆然としているケイに問う。


「―願いを聞こう」


一瞬、何の事かわからなかったが、牢屋での会話を思いだすケイ。

傭兵に願いたい事があると、そう言ったのは彼女のほうだ。


「でも、ケイはお金持ってないよ・・・」

「報酬はもう貰っている」


少年の指に摘まれているのは、さきほど届けたパンの残り半分。

報酬は恵みの食事。これをもって、契約の対価とする。

いったい何がと困惑する母親の腕の中で、少女が口にした願いは。


「・・・お願い。もうこの町で、戦争なんてさせないで!」

「依頼を承諾した」


挿絵(By みてみん)


残った半分のパンを口に含み、全ての報酬は受け取った。

自分達を無視した少年の態度に、ランジベルの兵士達は激怒し。


「わけわかんねぇ事を―」

「死ねぇぇぇぇ!!」


一斉に襲いかかってくる4人の兵士達。

それに立ち向かうべく、少年は身に纏う外套を掴み、脱ぎ払った。

現れた姿は、若草色のインナーを内側に着込み。

その上には継ぎ接ぎしただけのみすぼらしい鈍色のプレートアーマー。

とても工芸品ではありえない粗雑な防具とは正反対に、

少年の青い瞳は強い光を湛え、ボサッと整えられていないブロンドの髪は、不思議と麗しさを感じさせる。

外套を脱ぎ捨てると同時に、右手に握る十字槍を横に軽く薙ぎ払うと。

向かってきていた兵士達4人は、紙人形と見間違えるほど軽く吹き飛び、

先の1人と同じように家屋の壁に突き刺さり鳴り響く轟音。

他の住民達に剣を振り落とそうとしていた兵士達は突然の出来事に手を止め、

乱入者へと視線が集中する。

名無しの少年はケイと母を背に守り立ちながら、声をあげた。


「ランジベル軍、そしてロックラウンド軍に告げる!

 直ちに戦争行為を停止せよ!!」


喧騒に包まれるロックラウンドの町の半分ほどにまで伝わるだろう、大きな声の勧告。

ランジベルの兵士達は、まず呆れた。

両軍の指揮官でもなんでもない、ましてや軍属でもなんでもないただの傭兵。

わけがわからない少年が、何をおかしな事を言い出すのか。

当然、ランジベル軍の兵士達が武器を収めるはずもなく。


「何者かは知らんが、ランジベルの者以外の全てを殺せと命じられている!」

「殺せ! ランジベル以外の者は全て殺せぇっ!!」


少年に向かってきた兵士の数は3人。

1人は槍を突き出し、あとの2人は剣を構えて突進してくる。

まずはリーチの長い槍が、少年の胸を貫こうとした瞬間、

少年の左手の剣が槍の刃先を砕いて飛ばし、間髪いれずに十字槍の一振りが3人の兵士を体を打ちつけ、

30メートルもの距離を叩き飛ばされて、家屋の2階テラスに叩きつけられて意識を失う。

もし十字槍の刃が研がれていたら、あの3人の上半身だけが虚空に舞っていただろう。

尋常ではないスピードとパワー。

少年はそんな芸当を見せながらも一切の表情を変えず。


「勧告はした、これより、武力行使を開始する」


突然の出来事だったが、ランジベル軍の士気はまったく落ちていない。

教会内の住人を手にかけていた兵士達も現れ、少年目掛けて襲いかかってくる。

威嚇の雄叫びをあげ、向かってくる兵士の数は17人、いずれも屈強な兵士達。

少年の左腕に握る剣は常人なら両手で振るう必要があるほどの太さと大きさ、重さだが。

それを羽でも払うかのような軽やかに、襲いかかる敵の武器の全てを弾き、壊し、無効化し。

ただ頑丈さだけを求めたような十字槍は、一振りで最低でも4人は薙ぎ払い、

いままでの兵士達と同じように、遠くへと叩き飛ばしていく。

素手で頑丈な鉄格子を歪めた事など容易い事であったかのように、

屈強な兵士達を、次々と片手で弾き飛ばしていくその怪力。

そして目にも止まらぬ速度で行われる体の捌きは兵士達を翻弄し。

17人の兵士達全てを壁に叩きこむのに、時間は10秒もかからなかった。

次に名無しの少年が攻撃したのは、住民を拘束している兵士達。

兵士達だけを弾き飛ばし、住民達を解放。

今のうちと、連れていた親子も含めてひとまず教会の中へと避難させる。

ここで、騒ぎ聞きつけた他のランジベル軍の増援が現れた。

住民たちの排除をしていたはずの兵士が何十人も遠方に飛ばされて、

気を失っている光景に目を疑う。


「な・・・なんだこれは!?」

「くっ! わけがわからんが、とにかくアレは敵だ!殺せ!」


突然の強敵の出現に、伝令係りが笛を鳴らしてさらに増援を求める。

近辺にいた兵士達が一斉に集まり、ざっと見回しただけでその数は50を軽く超えた。

騒ぎが大きくなればこれよりももっと増えるだろう。

たった一人で相手にできる数ではない。

・・・はずがないのに。


「・・・・・・・・・」


少年は無言で、顔色一つ変えもせず、両手の槍と剣を振るい。

先の兵士達と変わらぬように、押し寄せる群集を叩き飛ばしていく。

強い。

ただの兵士達などまるで相手にならない。

50人の兵士の数があっという間に10人をきった頃、新たな増援が現れ。


「このガキ、かなり手強いぞ、囲め!」

「誰かローレンス副将に伝令だ! 増援を集めろ!」


ただの傭兵では無いと悟ったランジベル軍の兵士達の対応は早かった。

町中に散らばっていた味方を集め、少年の殲滅へと動き出す。

兵士達の数は周辺りを覆うほどの量となり、40、70を超えて尚増え続ける兵士達。

これだけの数が居れば、持久戦で勝てるとランジベル軍の士気はあがる。

ロックラウンドの町はもう手に入れたも同然。

あとは悪あがきを続けるこの少年を倒し、住民を皆殺しにすれば良い。


「ひるむな! 数で押せ! たかが一人、いくら強かろうと長くは保たん!」

「―それじゃあ、お一人様追加っす」


しかしそこに新たな影が、兵士達の頭上に舞い降りた。

トトトッと軽やかな足取りで兵士達の兜を足場に駆け抜けながら、

逆手に握った小太刀で、鎧の隙間を縫うように、

ランジベル軍の兵士達の筋肉の筋を切り割いていく藤色の影。

バタバタと倒れる兵士達を飛び超えて、少年の目の前にストッと着地し。


「手伝いは、いるっすか?」


藤色の影の少女、アズキは背中に忍ばせていた小太刀を片手に、

少年の背後に回り、背中を合わせて一応問う。

まぁどうせ返事はないので勝手に手伝おう、そう思っていたのだが。


「・・・何分保つ?」


アズキの実力を、時間の単位で聞いてきた。

普通は単純に援護しろとかそういう場面だと思うのだが。

そもそも自分が倒される事を考えてもいない発想だ。

たった一人でこれほどの力を持つのならそういう考え方もできるだろうが、それにしても、彼からの初めての言葉があまりにも淡白で、アズキは呆れながらも。


「”殺さずに”30、ううん、45分はやれるっすよ」


少年は兵士達を叩き飛ばしながらも、武器を当てる位置や方向を調整し、

ランジベルの兵士達を殺さないようにしている。

それに気がついているから、アズキもここに来るまでに斬った兵士に致命傷は与えていない。

どんな理由は知らないが、あれだけの大立ち回りをしながら誰も殺していないのだから。

”殺さずに”を強調して理解している事を告げるアズキに、少年は背中を向けたまま。


「20分で終わらせる。住民達を守ってくれ」


さらに驚いた。ランジベル軍の兵士全てをたった一人で、それも20分で蹴散らすつもりのようだ。

さすがにそれはムリじゃないのかとアズキは。


「現実的な提案じゃないっすね。

 あたしはあんたの背中を守るつもりだったんっすけど?」

「必要は無い」

「ツれないっすねぇ、けど、あいわかったっす」


あれだけ大げさな立ち回りをするのだ、下手にアズキが傍に居て、あの槍術の暴風に巻き込まれてはたまらない。

何を考えているのか知らないが、ここは素直に従っておこう。

アズキが教会の入り口の前に立つのと同時に、少年は歩み出す。

その背中を見つめるアズキ。

決して広くないはずなのに、不思議と頼りがいがあるように見えてしまう。

と、アズキに遅れて広場に到着した忍び狸の茶歩丸がアズキの足元に着地し。


「・・・おい、これ絶対面倒な事になるって、わかってるのか?」


首に巻いたマフラーからクナイを取り出しながら、とても不機嫌そうにお説教する忍狸。

茶歩丸の役目は、主でありパートナーのアズキを守る事だ。

なので、危険に自分から突っ込む事を承服はしない。

相棒の仏頂面に、わかってると軽い様子でアズキは。


「まぁ、賢い選択じゃあないっすね」

「わかっててやってるなら、止めねぇよ」


ご立腹でも付きあってくれる、本当に頼れる相棒だ。

ありがとうと感謝しつつ、小太刀を逆手に握り、眼前に構えながらアズキは。


「それじゃ、20分お仕事しまっすか!」

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