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無メイの乖離  作者: いすた
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5-7  永久を誓い

隻腕の獣の走力に敵う物は、この世界にそうはない。

グリースレリアから飛び出し、警戒して街の外で待機していた連中もあっという間に振り切って。

カイリ、アズキ、茶歩丸の久しぶりの2人と1匹旅。

そろそろ逃げるのは十分かとカイリが変化を解いたのは、森の中にぽっかりと開いた小高い丘。

地図に記された名は『星抱く丘』。

名前負けをしない、晴天の夜空にはあらゆる等数の星が煌き。

ロマンチックだねぇと、大木の別れた主枝の隙間をベッド代わりに寝そべってそれを見上げる茶歩丸は。


「ん~! あのコテージも快適っちゃ快適だったが、

 やっぱシャバのほうが性に合うぜぇ!」


もう十年以上前の事とはいえ元野良狸。

葉の匂いの心地よさは遺伝子に刻み込まれているのかと思うほど安らぎを感じる。

さらにたわわに実った果実が手を伸ばして届く距離にもっしゃり揺れているとなれば、

甘い果汁で口の周りをベトベトに汚すぐらいの無作法は大目にみてほしい極楽浄土。

口の中に入り込んだ果実の種を吐き出しながら、そういえばと思い出す。


「そいや、アイツと出会った時もこんなんだったな」


怪しい果実を前に空腹に困っていたのがはじまりで。

それからすぎる事3ヵ月半。

色々な事がありすぎて、早いのか遅いのかよくわからない時の流れだった。

さらに過去を遡ってみたら、茶歩丸は思わず苦笑が浮かんでしまう。


「倭本から出て半年か・・・。

 へっ、昔の俺に今の状況を説明しても、ぜってー信用しねぇだろうな」


アズキが忍軍に命を狙われるどころか、倭本の姫君としてやんごとない立場に就き。

世界最強の傭兵のパートナーだというのだから、冷静になって考えれば、むしろ再確認する自分の頭を疑えてしまう。

さて、そんなとんでもない女主人はというと、

茶歩丸のいる場所から離れた木々も無い開けた草原に立ち。


「―紫百合・解放」


アズキが肌身離さず携え続ける宝刀・紫百合。

これまで引き抜く事もできなかったが。

あの戦いでアズキはこの刀の使い方を知り、原理が判れば容易い事と鞘から抜き放つ。

禍々しい紫色の妖気はアズキを中心に広がり。

充てられた地面の草花が枯れて朽ち、あっという間に草原に枯れ色の空間を作り出した。

アズキの髪の色が黒から薄紫に変色していくのを見守るのは、彼女と少し離れた距離に立つカイリ。

妖気は彼の身体にも纏わりつき、無尽蔵に生み出される生命力を吸い始めていた。

試しに少しだけアズキに近づいてみると、吸収される速度があがった事がわかる。


「紫百合の生命力吸収能力、対象は動植物を含めた有機物全般といったところか。

 近づけば近づくほどエネルギーを吸われる量があがる。

 並大抵の人間なら、10メートルほどの距離に入れば干からびているだろう」

「そうみたいっすね。草が枯れてる距離からして、吸引範囲は50メートルってところっすか。

 チャポー! そっちは大丈夫ー!?」


アズキとは100メートルほど離れた距離にいる茶歩丸は。

だらしない恰好のまま特に問題なしと手を振って返してきた。

実験終了と紫百合を鞘に収めると、アズキの髪の色もゆっくりと元の色へと戻っていく。

自分の体内に取り込んだ生命エネルギーを少しずつ大気中に放出しながらアズキは安堵の息をつき。


「やっぱりグリースレリアで試さなくて正解だったっすね。

 範囲内の生命力を無差別に吸収するなんて、人がいる中で危なっかしくて使えないっすよ」


強力で危険な特性を持つ紫百合だ、人里で試すわけにはいかず、この丘でようやく実験ができた。

アズキの中の天の滴『生殺与奪』の力に反応するこの不思議な刀だが、まだまだ不明な点ばかりだ。

使う事ができるようになったのもつい最近、まずは確認していこうとカイリが。


「引き抜く方法は、いったい何だったんだ?」

「ん~、一言で言っちゃえば”欲”っすね。

 生きていくために何かから物を奪うのは動物の原理。

 自分が生きるために他の何を奪うという覚悟。

 ううん、もっと単純に、生きたいっていう本能かな?

 この刀は持ち主のその想いに応じてくれる。

 まったく、宝刀が聞いて呆れる妖刀っすねぇ」


母の形見でなければ捨てても良いほど気味が悪い。

さらにわからないのはその出自だ。


「おまけにどこで、誰が、どうして作ったのかもわからない。

 天の滴に反応する武具なんてヴェイグさんも知らない代物らしいっすからねぇ」

「考えられるとすると、遥か昔に人の手で鍛えられたものか? もしくは―」

「もしくは、天の滴とはまた別の不思議な力の産物か?

 仮定を立てるにも情報が不足しすぎっすねぇ」


話ながら取り込んだ生命エネルギーを放出し終え、体の虚脱感に素直に従い足元にどさりと寝そべるアズキ。

それからしばし逡巡した後、胸元から1枚の便箋を取り出し。

既に封を開け終えて、もう何度か読んだ封書を開き。


「―お母さんの事、紫百合の事を話すから戻ってこい・・・か」


それは故郷倭本に居る父、ヒガンからの手紙。

こんなものはどうせ建前だ、カイリを連れて倭本に帰ってこさせるための方便に過ぎないだろうに。

ひょっとしたら、この不思議な力の答えを知れるのではないかと、少し期待してしまうアズキ。

カイリもアズキの傍に座り込んで、同人物から届けられた手紙を開き。


「俺の方も同じような内容だったな。アズキの事を任せるにあたって話したい事があると。

 もしかしたら紫百合の存在が俺にも関係あるかもしれない、とも書かれている」

「何それ? なんで倭本の古臭い刀とカイリが関係あるんっすか?

 適当な事言っちゃってさ! あ~ムカつくっす!!」


気になる言葉を並べて、人を騙してまで倭本に帰ってこいというのか。

話したい事があるなら自分から来いとアズキは吐き捨て、しかし、と神妙な面持ちで。


「・・・ほんと、わからない事ばかりよね。

 この紫百合の事も、倭本に居る正体不明の天の滴の持ち主も。

 ううん、そもそもこの天の滴が一体何なのか、それすらもわかっていない」


他にも色々と、各国の思惑だとか、あの怪しいヴェイグという男の本心だとか。

そんな状態でこれから旅を続けるのかと思うと、どうしても不安が大きくなってしまう。

アズキの表情にその感情を見て取ったカイリは。


「・・・それでいいんじゃないか?」

「ん? どういう意味?」

「人が生きているうちに知れる事など、きっと世界の1パーセントもないんだろう。

 知らない、わからない、そのままいつか老いて死んでいく。

 そういうものじゃないのか?」

「そりゃ俯瞰的に考えたらそうかもしれないけど。

 だからって、自分達を脅かす物を知らないってのは違うでしょ?」

「それがアズキを脅かすのならば、俺がなんとかする」


実にもあっさりと、大きな事を言ってくれるカイリ。

それが慢心と感じないのは、彼が最強の傭兵だからだろうか?

そういう立場やら力とかの意味ではない。

カイリの気持ちをアズキが知っているから。


「知らないから、わからないから、それを理由に立ち止まりたくはないんだ」


そんな事をしていては、守りたいものを守れなくなってしまうから。

正しくもあり早急な生き方だと、アズキは素直に口にしてから。


「―それで、立ち止まらない貴方は、これからどこへ行くのか決まってるの?」


グリースレリアでは一度も話をしなかった、次の目的地。

相談もしなかった、その日その日の仕事が忙しかったのもあるが、

今みたいに何の雑音も無い場所で話し合いたかったから。

カイリは、ああ、と頷き。


「聖ルーンネイト公国へ」


答えを聞き、やっぱりかとアズキは大きなため息をつく。

実はわかっていた、彼がそこへ行きたがっている事を。

あの国では今、カイリの存在を巡って宗教革命が起こっており。

過激なぶつかりあいによって、すでに何千もの命が失われているという。

グリースレリアで、カイリを求めて暴徒と化した連中のように。


「ねぇカイリ、自分のやろうとしている事わかってる?

 宗教戦争は人の諍いの中でも最も調停が難しいものよ?

 実際過去の歴史においても、百年単位の時の流れで沈静化する事はあっても、根底から消えた事はない。

 しかも貴方を神と祀り上げようとしている連中よ? 無理」


断言する、宗教戦争を人の手で幕引きするなど不可能と。

神を信じ、それをすべてと思い込む者に、突然神など偶像と言っても理解はしない。

信仰とは人の根幹に根差してしまうものだから。

アズキの冷たい言葉に、カイリはわかっている、と。


「それでも、止めたいんだ」


失われる命を想えば、耐えられない。

自分の名を呼んで死んでいく人々がいるというだけで堪らない。

懇願するような、強く言えば泣き出してしまいそうなカイリの表情を見て、アズキはやれやれと。


「それじゃあ、まずはルーンネイトの国境付近の街で情報を探りましょ。

 何百年と続いたルーンネイトの信仰に、突然宗教改革なんて起こったんだもの。

 どこかに扇動した人、連中、組織があるはずよね」


カイリがルーンネイトへ行きたいと言い出すとわかっていたから、ある程度は情報収集もしてある。

あとは現地へ行ってその裏付けをするだけだとアズキは具体的なプランを伝える。

てっきりもっと反発されると覚悟していたカイリはキョトンとしており。

その表情がおかしくて、アズキはクスリとほほ笑んでから。


「『知らないから、わからないから、それを理由に立ち止まりたくない』。

 貴方のそういう所に私は惹かれて、傍に居たいと願ってしまったんだから」


貴方の力になるために、私はここに居るのだから。

嬉しそうに笑うカイリに、アズキは自分の唇に指をあて、物欲しそうに。


「ほーら、貴方に尽くしてくれる可愛い彼女に、ちょっとぐらいご褒美くれてもいいんじゃない?」

「あ、ああ・・・、じゃあ」


ご褒美と言われてカイリがしてくれたのは。

座る自分の膝をポンと叩いて示す。

俺の膝を枕にしろ。

何のための唇の強調だったのか、むしろカイリらしいというななんというか。

じゃあ遠慮なくと好意に甘え、カイリの膝に頭を預けるアズキ。

いつもと立場が逆で、悪い気はしなかった。

満天の星空を見上げながら、続きの話を切り出す。


「じゃあ、まずは目指すはルーンネイトの街ね、どこか候補はあるっすか?」

「ここから一番近い国境付近の街がいい。

 あそこに、俺が昔世話になった人がいる」

「あら意外、人づてがあるっすか?」


ずっと一人きりだったカイリだが、頼りがあるとは思ってもみなかった。

膝枕をしてもらいながら彼の顔を下から覗き込むと、懐かしむ表情で。


「戦時中に傭兵団を運営していた人だ。

 研究所から脱出した俺を拾ってくれて、読み書きや傭兵としての生き方を教えてくれた」


なるほど、ランジベルの図書館である程度学がある様子だったのはそれが理由か。

何があって別れる事になったかはわからないが、大きく助けてもらった人らしい。


「それはあたしも会ってみたいっすね」

「アズキと気が合うかも知れないな、

 今思い返せば、かなり豪快な女性だった」

「・・・へぇ、オ・ン・ナ・ノ・ヒ・トっすか~?」


アズキの笑顔が強張り、引きつる。

そういえば、ちょっと確認したい事があったとアズキは。


「ねぇカイリ。ちょーっと言わせてもらいたいんっすけど。

 アンタ、これまで女の人と関わり持ちすぎじゃないっすか?」

「・・・そうか? こうして傍にいるのはアズキが初めてだが?」

「へ~? じゃあツユナさんのあの熱~いアプローチ。

 頻繁に届いてたルーンネイトのお姫様からの手紙。

 あとミンフヘイムの使者から聞いたっすけど、あんたが来るのを待ってる王女様がいるらしいじゃないっすか?」

「ミオン姫とルイーナ王女の事か? 確かに彼女達とは一度契約をしたが―」

「聞いてない! あたし契約したとか聞いてない!!」

「いや、そんなに怒る事なのか?」

「ロックラウンドのケイちゃんがグリースレリアに来た時も、将来お嫁さんにしてくださいとか言われてたでしょ!?

 他には!? アンタの気の多い女関係、全部説明しなさい!!」

「説明と言われても・・・」


カイリに膝枕をしてもらいながら、ギャーギャーと喚き散らすアズキ。

離れた距離にいる茶歩丸にもしっかり聞こえる大騒ぎで。

グリースレリア滞在中にも飽きるほど見せつけられた痴話喧嘩。

やれやれまた始まったと茶歩丸も慣れたもので。

もしゃもしゃと4つ目の果実を頬張りながら。


「ったーく、勝手にやってろ。目的地が決まったら起こせよ」


夫婦喧嘩は犬も食わない、狸だってもちろんだ。

そんなものよりおいしい果実をたらふく堪能し、喰ったから寝る。

それから痴話喧嘩は数十分に及んで続き。


「―これで、全員だと思うが」

「38人。この最新地図やら植物図鑑やら、

 あんたの手持ちのモノほとんど、女性からのプレゼントって・・・」


彼がこれまで生きてこれたのは、出会った女性達に貢がれていたからなのでは?

捨て犬に施しを与える、ぐらいのつもりの者も居たかもしれないが。

本気で恋をしてしまった女がここに1人、プラス思いつくだけで同類が4人。

全部を聞き終えたアズキはムーとむくれっつらをしてから。

カイリの膝に頭を乗せたまま、彼の頭を両手で抱えて引っ張り。

顔をぐっと近づけ、じーっと瞳を見つめ。


「・・・アズキ?」

「約束」

「?」

「貴方の性格上、これからも困ってる人が居たら助けたいと願ってしまうだろうから。

 もしその相手が可愛い女の子だったり、綺麗な女の人だったとしても、

 まず私を一番に愛してる事を忘れないで」

「そんなの、忘れるはずがない」

「いいから! 約束!」

「わ、わかった」

「よし」


と納得した返事とは裏腹に、アズキの腕はカイリを離さない。

何も言わず、熱を帯びた瞳で彼の瞳の奥までも覗き込み。

映り込んでいるのは自分の姿だけだと確認してから。

微かに震える桜色の唇が、願いを口にする。


「―私を離さないで、これからもずっと」

「・・・約束する。

 この世界の誰よりも君が為でありたいと願う。

 アズキを守り、アズキを抱いて、アズキを愛する。

 だから、俺の傍に居てほしい」

「はい、愛してます、永遠に」

「愛してる、永久に」


心と想いのすべてを宿した唇を、ゆっくりと重ね。

互いの愛の契りを交わす二人。

長く永く、溢れる恋慕を慈しみあいながら。

少年と少女は、永遠を誓いあう。

これからどんな運命が待ち受けていようとも、全てをかけて一生を添い遂げたいと。





おわり


  

 


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