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無メイの乖離  作者: いすた
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5-6  お見送り

その後、式典はつつがなく終わり。

グリースレリアは正式にリンクス連邦の首都となり、

今後、港の貿易等を含めて大きな経済発展を遂げていく事だろう。

これは外敵からの防衛を重視ししたため四方を外壁で囲んだ要塞だった、

前首都リングルスでは成せなかった事だ。

改革派、保守派の内乱で多大な犠牲を払ったものの、

リンクス連邦はこの日、ようやく戦後の国家のあり方を見つける事ができた。

ボンズが語る、人々が幸せにあれる国までどれだけ掛かるかはわからない。

人の歴史を顧みれば、到達できるはずがない世界だとしても、

それを目指すための第一歩を彼らはようやく踏み出せたのだろう。

この国の未来が良き物であるようにと願いながら、借りているコテージへの帰路につく2人と1匹の前に、その群衆は現れた。

大通りを埋め尽くし、数百人を超えて溢れる人群れは、その大半は鎧を纏った騎士や兵士達。

ここにきて、ついにカイリの命を狙いに来たかと臨戦態勢にはいるアズキと茶歩丸だったが。

群衆の先頭にした壮年の騎士は鞘に収まったままの剣を、跪いてカイリに差し出し。


「カイリ・ハウンド様。

 貴方様の弱者を守り悲しみから救おうという意思に我々は大きく感銘を受けました。

 我ら騎士団一同、是非カイリ様の世直しの旅に同行させて頂きたく願います。

 今後、我らは貴方様の剣となり、盾となりましょう」


『剣を捧げる』。

それは、騎士が君主に絶対の忠誠を誓う儀式。

壮年の騎士が示す我らとは、この全体を示しているわけではなく、

抜け駆けは許さないと、今度は別の戦士が刀を預けようと差し出してくる。

所属は違う、だが彼らの意思は全て同じ。

圧制に苦しむ弱者を救う事こそが騎士の本懐である、と。

やはりカイリはそれを受け取らなかった。

いつものように何も言わず、無言で、目の前に誰もいないかのようにそのまま―。


「・・・受け取れない」


いつもと同じではなかった。

カイリは剣を差し出す者達一人一人に自分の気持ちを伝え、断っていく。

何分も、何時間もかけて。

自分の言葉で発した責任は自分自身の言葉で果たすと、彼はそう決めたのだから。

カイリに受け取ってもらえないとなると次はアズキ、さらには茶歩丸にまで影響は及んできたが。

2人と1匹は剣を受け取る事はせず、ようやくコテージに帰れたのは既に日が暮れた頃。

それからカイリ達がグリースレリアから出立する予定日までの間。

会談の予定も全部終わらせたアズキは、ゆっくり観光でもしたいと思っていたのだが。

彼女には残念ながら静かな時間とは言い難い状況となってしまった。

カイリは自らの戦いの目的を宣言した。

彼を取り巻く周囲の状況もそれに合わせて変わりはじめ。

各国の使者団達はカイリの希望に合わせた支援を提案し、改めて会談の機会を要望してきたり。

リンクス連邦からは、おもてなし部隊以外の専用支援部隊設立の申し出がいくつも届いたりと。

この調子では滞在最終日には連中が何をするかわかったものではないし、予定日に門から出ようものなら、どんな出待ちをされているのやら。

カイリ、アズキ、茶歩丸は2人と1匹だけで相談して対処方法を検討。

そして予定されていた滞在終了2日前の夜、巨大なグリースレリアの街壁を飛び越える白銀の獣の姿があった。


「アズキ、チャポ、捕まっていろ」

「そっちこそ、落っことさないでっすよ!」

「ヒャッハー! 夜逃げだぜぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


隻腕の獣となったカイリの背にアズキと茶歩丸は乗り、誰にも邪魔される事なくグリースレリアを脱出。

ひょっとしたら早めに動き出すかもと警戒していた連中すらも出し抜いて。

2人と1匹は3か月前と同じ。どこの国にも所属しない、ただの旅人へと戻っていく。

いや、もうただの旅人には戻れないだろう。

彼らはいまやこの世界の中心人物なのだから。

それでも、少しの間だけでも、彼らに心休まる時がありますようにと。

街壁に併設されている高見台の上に、そう願って見送る2人分の視線があった。


「・・・行ってしまわれましたね」

「あの方が一つ所に留まるのは似合わぬさ」

「あらあらヴェイグ団長、その言葉を口にするにはとても残念そうに見えますわ?」

「シルナは相変わらず目敏いのだから、そこから察してほしいものだ」


おもてなし部隊の双子姉妹の姉、シルナと、その団長ヴェイグ。

平原をすさまじい速度で駆け抜けていく隻腕の獣が闇夜に紛れて見えなくなってもまだ、

名残惜しそうに見つめる二人。

ロックラウンドからランジベルへ向かう彼らに合流してそれから3ヵ月。

彼らおもてなし部隊にとってはまるで夢のような時間だった。

いま高見台に居るのはヴェイグとシルナだけだが、ほかのメンバーも別の場所で同じように見送っている。

いや、一緒に居るはずの一人が見当たらないとヴェイグは気づき。


「ツユナはどうしたのかね?」

「しばらくはそっとしておいてあげてくださいまし。

 あの娘、笑顔でお見送りなんてできそうにないと枕を濡らしておりますわ」

「そうか、淡くはない恋心だものな」


双子姉妹の妹、ツユナがカイリに抱く感情は純粋な恋慕、この別れが耐えがたいほどの悲しみなのだろう。

カイリは気づいていないが、クタナの奴隷商人からツユナを直接救ったのが彼で、それからツユナはずっと、カイリへの愛情を胸におもてなし部隊としての職務をこなしてきた。

もしアズキが隣に居なかったなら、皆の制止を振り切り。

我慢できずに想いを告げていたかもしれない。

強すぎる想いだから、別れを見送る事ができなくなってしまった。

大なり小なり形の違いはあれど、それは他のメンバーも同じ。

カイリ達からは今夜出発すると、この3ヵ月世話になったおもてなし部隊にだけは伝えており、その時に別れの挨拶は済ませたとはいえ、それで割り切れるほど浅い感情ではない。


『例えこの命に変えようと、無メイの乖離の助けにならん事を』


カイリには伝えない、気づかせないと決めたおもてなし部隊の共通意思。

彼の全てを知る者達の決意、この気持ちを他の誰に推し量れようか。

シルナは指先で目尻の涙を軽く拭ってから、ヴェイグに問う。


「・・・よろしかったのですか? 

 あの方に、ご自身の天の滴の事をお伝えしなくて?」

「ん・・・」

「御身に”天の滴を二つ宿している”。

 その事をあの方はお気づきではありませんでした。

 同じ身体には一つのみしか適合しない天の滴でありながら。

 植え付けられた”光輝獣”の力を、本来継承している”不死再生”の能力で半ば強引に抑えつけている状態。

 ・・・私は、恐ろしいのです。

 過去に前例のない二つの滴を宿した体。

 いつ暴走を起こし、どれほどの被害をもたらしてしまうのか」


おもてなし部隊のメンバーだけが知る、カイリの力の秘密。

何かが起きた際に知らぬ存ぜぬでは済まされない情報だ。

もちろんヴェイグもその危険性は認知している、が。


「あの方が、ご自分の生まれの事は知らなくてよいと仰ったのだ。

 元よりあの方が授かっていた不死再生の力は100近くもの遺伝を繰り返し、常人より傷の治りが少し早い程度にしか発現していなかったと調べがついている。

 それが光輝獣の力で活性化し、オリジナルに等しい再生能力が発現しているのならば、

 いずれは、”永遠の命で現世に留まり続ける”あの方のご先祖様とお会いになるだろう。

 その時、自身の事を知る事となる」

「でしたら尚更―」


尚更知っておくべきではないのかと、食い下がるシルナだが。

ヴェイグはその目になんの怯えも躊躇いも滲ませず。


「例え絶体絶命の危機に瀕したとしても、あの方はそれに立ち向かう。

 そう決意をされた故に、知る事を拒絶されたのだよ。

 それに、もしそうなった時。

 アズキ様や茶歩丸様が、あの方の力となってくださる」


カイリが全幅の信頼をおく、最愛のパートナーと友人ならば。

きっとこれからどんな困難が待ち構えていたとしても乗り越えていくのだろう。

熱を帯びた視線で彼らが消えた先の闇を見つめ続けるヴェイグの横顔を見て、

言葉だけは一丁前に吹っ切ったような事を言うと、シルナはふぅと呆れたため息を一つ。


「そこまでおっしゃるのでしたら、そろそろ気持ちは切り替えて、どうか明日からは政務に集中なさってくださいね?」

「おや、私はちゃんと職務をこなしているつもりなのだが」

「嘘をおっしゃらないでくださいませ。

 ちょっとでも手が空くとサーチでカイリ様を探していらしたのに私が気づかないとでも?

 もうあの方は旅立たれたのですから、英雄ハンクスの孫としてちゃんとお役目を―」

「そうだな、たまった職務を一週間で片づけ、我らも後を追わねばな」

「えぇ? まだ”おもてなし部隊”を続けるおつもりですか?」


ヴェイグには英雄ハンクスの直系の子孫にして、リンクス連邦を運営する責務がある。

それに茶歩丸に”おっちゃん”と呼ばれる年齢なのだから、

そろそろ自重したほうがとシルナは止めようとするのだが。

ヴェイグがカイリの事に関して、誰かの言葉に耳を貸すはずがなかった。


「もちろんだとも。議員連中はカイリ様の支援組織を運営しているという立場を欲っし、我先にと競いあって、支援組織はリンクス連邦内だけでも12も発足しかけている。

 さらにカイリ様にご同行を断られた者達が独自にグループを立ち上げるのも時間の問題だ。

 それをこの私が代表してすべてを請け負う事で、リンクスに生まれ始めた火種を鎮火させようというのだ」

「詭弁ですわね」

「ふっ。嫌だというのなら、君だけは残ってもらってかまわんが?」


意地悪な事を言うヴェイグ。

カイリを追いかける。そんな魅力的な提案、おもてなし部隊の誰が拒否するというのか。

誰もが彼の生き方に憧れて集った者達で、シルナとて同じなのだから。


「本気ですね? ツユナがとても喜びますわ」

「ああ、早く伝えてやってくれ。他のメンバーには私から伝えておこう」


儚い想いに胸を痛める乙女を、少しでも早く救ってやれと。

ヴェイグに促され、少し急いで高見台を降りていくシルナ。

それを途中まで見届けてから、ヴェイグは再び、カイリ達が消えた闇に目を向ける。

彼らの次の目的は聞いていないし、話を聞く限りまだ決まっていないようだが、カイリの事をすべて調べつくしたヴェイグならば、なんとなく予測はつく。

追いかける事は容易いが、最大の問題は別のところにあった。


「さて、どうやって議会を説き伏せるかな」


世界に影響を与える存在の監視任務という大役だ、ヴェイグの立場で考えれば分相応ではあるが、リンクスの議会がすんなりと再びその任を与えてくれるかと考えれば逆だろう。

かなりの反対意見が起こるに違いない。

無メイの乖離と接触できる役職など、議員連中からすれば殺してでも奪い取る価値のあるものなのだから。

もし議会に承認されなかったら、その時は。


「リンクスを捨てるのもまた一興か。

 この国に、今更何の未練も感傷もない」


建国の英雄ハンクス、その直系の孫。

ハンクス英雄譚は幼い頃に何度も読んだし、彼の英雄に憧れもした。

だがその血統を誇りに思うよりも前に、リンクス連邦からヴェイグに与えられた任務は。


『己の身分を隠し、世界の天の滴の継承者の数を確認せよ』


英雄の孫として尊重はされた、年老いた老人ですら幼い自分に敬語を使う。

ヴェイグ・ロン・アムニスには、最初から天の滴の継承者としての価値しか与えられずに、国に使い捨てられる運命を背負わされてきた。

ヴェイグがそれを疑問に思う事はなかった。

徹底して計画された洗脳教育は、自分は英雄ハンクスの孫でそれが役割であり。

父親と同じように国のために身を捧げる事が本懐と信じて疑いもしなかった。

そして成人し、当初の予定通り各国を巡り、能力を使って天の滴を持つ人物を見つけ調べている中で色々な物を知る。

この力に溺れた者、苦悩する者、幸福を得た者、破滅した者。

ヴェイグは知る。力に種類や大小あれど、その人生は通常の人とあまり変わりがないのだと。

ならば、こんな任務になんの意味があるのだろうと、そう思い始めていた時。

・・・彼の存在を知った。

たった一人であらゆる戦争の行方を左右する、神にも等しき絶対的な力を持つ名も無き少年。

いくら天の滴を直接宿したオリジナルとはいえ、それほどの力を持ち得るはずがない。

これには何かがあると、ほかの調べものをすべて放置して、ヴェイグは彼の者の事だけに没頭し。

そしてその生まれの経緯、彼のすべての過去を知り、存在に心酔する。

人間達に利用され、絶望の中で育った少年は、弱き者を守るために力を振るう。

悪と戦う正義のヒーロー。非常識な現実はハンクス英雄譚よりもヴェイグの心を揺り動かし。

いつしか他の天の滴の反応を調べるなどただのついでとばかりに、彼を追いかけ続けた。

その間、一度として接触は試みなかった。

知らぬ事で突き進むあの清純さに、不純物を混じらせたくなかったから。

世界が力を合わせ、ポイント・ゼロへの決戦に向けて動き始めた時も、あえて止めなかった。

世界は敗北するとそんな確証があり、事実その通りになった時、歓喜に打ち震えた事をよく覚えている。

無メイの乖離はリンクス連邦のために使い尽されるはずだったヴェイグにとって、何よりも憧れとなって。

彼と心を同じくする天の滴の継承者と共にこのおもてなし部隊を結成し、当時大臣だったボラールに正式な部隊として認可させた。

彼にとってリンクス連邦の繁栄はそれほど強い願いではない。

倭本との交易役をかってでたのも、カイリとアズキの為になることだから。

だからいまさらリンクス連邦から追放されたとしても、かえって気が楽になるとすら思っている。

それはさすがに現実逃避が過ぎると、シルナに聞かれたら怒られてしまうだろうか?


「ふっ、あの方のいない世界など、私には考えられんよ」


現実逃避、それでもいい。

カイリのいない世界があるとすれば、そんなものにこれっぽっちも価値も感じはしないから。

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