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無メイの乖離  作者: いすた
41/48

4-15 妄執

優秀な人間というものは、凡人が一つをこなす間に二つも三つもできてしまう者の事を言う。

倭本でも選りすぐりのエリートであるオボロに課せられた任務は、抜け忍の始末、宝刀の回収、さらに最強の傭兵の生け捕りと、リンクス連邦の機密情報の入手。

全てを終えて国へと帰れば、オボロは晴れて忍軍最高の幹部『十忍』の仲間入りを約束されていた。

ところが、命じられた4つの任務のうち、彼がこなせたのはたった一つだけ。


「おのれ・・・、無メイの乖離め。

 よもやあそこまでの能力を持っているとは!」


リンクス連邦中央政府の機密書類を懐に抱え、首都リングルスの家屋の上を飛び渡りながら、国外逃亡を目指すオボロの表情は険しい。

10万の連合戦力を相手に勝利したと呼ばれる最強の傭兵の噂は倭本にも届いており。

それが真実と知った倭本の現国主、みかどは「捕獲」を忍軍に命じた。

長年平和の中にあった倭本だったが、他国遠征に野心を燃やしはじめた帝は、着々と戦争準備を開始。

狭い島国ゆえに乏しい資源を技術力で補うための技術開発計画、その一翼を担う生物兵器の研究には莫大な予算が投じられており。

隻腕の獣などという化け物に変化する無メイの乖離を研究対象として、倭本最強の生物兵器である鬼を超える存在を造りだそうとしたわけだが。

結果は先の通り、鬼は無メイの乖離にかすり傷を追わせる事すらできず惨敗。

さらに抜け忍の始末に宝刀の回収も失敗、部下も全て失った。


「おのれ・・・おのれおのれおのれ!!」


無メイの乖離は噂以上の化け物である。

この事を本国に知らせ、国外遠征にはあの者以上の戦力が必須だと。

機密情報を持って帰ればリンクス連邦を相手に外交取引で優位に立てる。

この国の技術力は中々のものだ、脅迫して情報を奪い、倭本の戦力増強に大きく貢献させれば。

せめて降格は免れるだろうと、オボロはそんな望みを胸に脱出を急ぐ。

忍軍に伝わる気殺の技術を破る手段をリンクス連邦は持っていない。

屋根伝いに人目を隠れて移動すれば特に問題なく首都から脱出できるはずだ。

それからグリースレリアの港で舟を奪い、海路で倭本へと戻れば。

そんな考えをしていたオボロだったから、

進む先の家屋の上に立つ3つの人影に気が付いても、さして気にも留めなかった。

もう夜の帳は落ち始めている、どうせこちらには気が付かない、少し迂回すれば脱出はもうすぐ―。

そんなオボロの頬を、人影から投擲されたナイフが掠めた。


「―何!?」


偶然ではない、オボロを狙った明確な殺意がナイフには込められていた。

一旦停止して人影を注視すれば、彼らは真っ直ぐオボロのほうを睨み付けている。


「バカな? 拙者の気殺が見破られるなど・・・」


そんなはずはないという驕りを振りかぶって飛ばすオボロ。

あの3人の人影はこちらを完全に認識している、まずは現実を受け止めなければならない。

3人のうち2人は若い女性だ、洒落た礼装用の鎧を身に纏った青髪と赤髪の美女2人。

あとの1人は年齢は30過ぎぐらいの男1人、その男の顔にはオボロは見覚えがある。


「あれは、無メイの乖離の監視部隊の男か?」


リンクス連邦が用意した無メイの乖離をもてなすための専用部隊の男、名前は確かヴェイグだったか。

今はグリースレリア軍の軍師をしていたはずだが、その男がどうしてここに?

ヴェイグはオボロを真っ直ぐに、貫かんばかりの眼光で睨みつけ。

人差し指でオボロの額を狙う合図と同時に、両脇に立つ2人の女が飛び出してきた。

2人の女の体格は華奢で、とても戦士とは思えない。

自分は戦わずに小娘レベルの女に戦わせるなど正気か?

2人から同時に、同じ速度で投擲されるナイフなど奇襲でなければ当たるはずもない

刀で簡単に弾いてやろうとしたオボロの耳に、青髪の女のささやくような声が聞こえ。


「―アクセル」


青髪の女が放ったナイフが瞬間、速度を倍速にして、不意をついたオボロの左腕を貫いた。


「な・・・に・・・!?」


途中まで同じ速度だったナイフが空中で加速するなど自然の法則ではありえない。

等速で追撃してきたナイフはなんとか回避し、左腕に刺さったナイフを抜き取るオボロ。

特になんの変哲もない普通のナイフだ、なにも仕込まれている様子はない。

混乱するオボロに向けて、2人の女から再び同時に投擲されるナイフ。

青髪の女が放つナイフは加速するとわかれば、ならそのように対処すればいい。

だが今度は二つのナイフが同じ速度で接近し、刀の間合いに入る直前、赤髪の女の口が動き。


「―ベクトル」


赤髪の女が投擲したナイフが急に方向を変え、回避したオボロを追い、右太股を貫く。


「ぐっ!? バカな・・・!? なんだというのだ!?」


一方では投擲したナイフが速度を変え、一方は空中で方向転換をする。

脚を貫かれて満足に回避ができなくなってしまったオボロ。

彼が困惑する間にも、彼女達は攻撃の手を緩めない。

2人の女は両手の指に数十本ものナイフを構えて無造作に放り投げ。


「―ストップ」


青髪の女の言葉で空中で停止する数十本のナイフは。


「―ターゲット」


赤髪の女の声に反応して、グルリと全ての刃先をオボロへと向け直す。

手品だとかそういった小手先の技ではない。だとすれば、オボロはこの不可思議な能力が何なのか知っている。


「まさか、天の滴か!?」


天の滴、人に人ならざる力を与える、今だその正体を掴めぬ謎の力。

それはこの世に氾濫しているものではない。

オボロの問いに2人の女は応えない、その代わりと言わんばかりに同時に口を開き。


「「―トリガー」」


ドンッと大砲かと錯覚する発射音で、一斉にオボロ目掛けて放たれる数十本のナイフ達。

怪我を負った脚で必死に回避しようとするのだが、全てのナイフの速度は不同で回避パターンを見極め難く。

数本を体に受けながらもなんとか致命傷は避けたところで。


「「―ホーミング」」


避けたナイフ達は不気味に向きを変え、執拗にオボロに襲いかかる。

投擲された数十本のナイフがオボロの体を剣山にように刺し貫き。


「あがっ! が・・・ああああ・・・・うがぁぁああ!!」


いくら避けようと狙い続けるナイフを、たった一人で回避などできはしない。

全身のあちこちにナイフが刺さり、心臓以外の全ての臓器をズタズタにされた。

ゴボゴボと口から血を溢れさせ、屋根の上で苦悶の表情でのたうち回るオボロ。

2人組の女はそれに近づいて、冷たい瞳で死に体の外国人を見下ろし。


「まだ、死んでいませんわね」

「うん、存外にしぶといね」


容赦なくトドメをと2人は同時に懐から新たなナイフを取り出すと。

それを制止する男の声。


「待った」


改めて近づいてきたのは静観していたヴェイグ。

2人の女は不満そうな顔で。


「あら、お止めになりますの? ヴェイグ団長」

「はやく殺しちゃいたい、不愉快だよ」

「もちろんだ。だが、一応私にはリンクス連邦の軍人としての仕事があるのでね」


そう言いながら、オボロの胸元に刺さっていたナイフを握り、無造作に引き抜けば。

激痛に顔を歪める男の口から、声にならない悲鳴がわきあがり。

それが不愉快でたまらないのか汚物をみるかのような目で見つめ、胸元へ手を伸ばすヴェイグ。


「ああ、これだ。

 まったく、こんな貴重なものを外国人に触らせるなど、老人連中の怠慢にはほとほと呆れる」


ナイフが邪魔だった懐から、血まみれの紙片を取り出して確認するヴェイグ。

リンクス連邦の中央政府に秘蔵されていた様々な機密文章の束。

こんなものを国外に持っていかれると、リンクス連邦としてはいろいろ困る事になる。


「一応私も、建国の英雄ハンクスの子孫なのでね。

 さて、あとは―」


次にヴェイグはオボロの頭をわしづかみにして。


「―リード」


ヴェイグは自分の天の滴の力を発動する。

周辺100kmのあらゆる反応をサーチする特殊能力ではあるが、これにはもう一つの使い道がある。

フムフムと、なにかを読み解くかのように、何度も軽く頷いたあと。


「・・・ほう、倭本の帝様というのは、己の権力の為に実の兄弟も手にかけているようだ」

「ぐっ!?なぜ・・・!?」


倭本の現帝が今の地位に居るために、肉親すらも手にかけてその地位に登りつめた事を知る者はごく一部。

極秘裏に暗殺を引き受けた忍軍でもほんの数人しか知らぬ事だというのに。

オボロは気づく、このヴェイグという男はオボロの脳内から直接情報を知りえたのだと。

おそらくそれ以外にも、倭本が秘匿しておかねばならない機密も知られたはずだ。

驚愕の表情を浮かべるオボロに、ヴェイグは冷笑を浮かべ。


「やはりこの男、ダルマックだけでなくボラールとも繋がっていたようだが。

 ・・・しかし残念、関わっていたのはこの二人だけでそれ以外は特に注意もしていなかったとは。

 やれやれ、表向きの国のトップ2人の事だけを把握しておけば十分などと、スパイとしては三流だな」


異国の諜報員だからこそ、ヴェイグも知らないリンクス連邦の内情を調べられたかもしれないと期待していたのだが。

脳内から奪った情報は、倭本の事以外はヴェイグが全部知っている事ばかり。

ましてやこの男、ヴェイグの事を全く調べて居なかったとは、とんだ無能だと。

いや、少しだけ役に立った事もある。


「まぁ、この男が介入したお陰で、ダルマック、ボラールの両方が勝手に共倒れしてくれた。

 犠牲が増えてしまった中で、唯一の救いではあるか」

「何を・・・言っている・・・? 貴様は・・・一体・・・?」


ただのおもてなし部隊ではなく、英雄ハンクスの子孫である事は知っている。

だがそれだけではない、この男の瞳はダルマックのように立場に甘んじている色ではない。

オボロと同じ、いやそれ以上に濁った野心で染まった色。

ヴェイグが見下し、宿す感情は憤怒。


「だがこの男は罪を犯した、極悪非道の大罪をだ」

「ええ、そうですわ」

「許しがたき悪行をね」


傍に立つ2人の女も同じ怒りの瞳でオボロをにらむ。

オボロにはわからなかった、彼らの怒りをこれほどまでに買う理由。


「なんだ・・・、拙者がいったい・・・何をしたと・・・?」


リンクス連邦を貶めた事ではない。ボラールもダルマックもどうでもいい。

ヴェイグと2人の女が抱く怒りは同じ、それは。


「無メイの乖離”様”を悲しませた!その罪科、万死に値すると知れ!!」


さきほど引き抜いたナイフを、オボロの眉間に突き刺すヴェイグ。

この国を混乱に陥れた他国の異邦人は白目を剥いて絶命し。

それでも怒りが収まらず、抉り、捻って、さらに奥につき入れ、ナイフがバキリと折れ。


「ふぅ・・・ふぅ・・・。汚らわしい・・・!」


さらに死体を蹴飛ばそうとして、ヴェイグはなんとか自制する。

いくら怒りに身を任せていてもそれはやってはならない。

なぜなら、無メイの乖離という少年は亡骸を侮辱する事を許さないからだ。

ヴェイグの本分はあくまでも、無メイの乖離をもてなす部隊の団長である。

彼はそれを心の底から喜び、役目を享受している。

それはヴェイグだけではない、両脇の彼女達もそうだった。


「さぁ、始末は完了っと」

「ええ、あの方を悲しませる者に存在価値などないもの」


天の滴の力を受け継ぐ双子の姉妹、姉の『シルナ』と妹の『ツユナ』。

彼女達の正体もまた、無メイの乖離おもてなし部隊のメンバー。

おもてなし部隊のメンバーは全部で6人、そのうち半数が天の滴の継承者。

いや、ここに居る3人だけではない。


「ヴェイグ団長ぉぉぉ!! 朗報です! 朗報!!」


3人が居る場所目掛けて文字通り、空から降ってくる若い風貌の茶髪の青年。

この青年はアズキが最初に馬車で休みたいと申し出た時に応対した人物で。

天の滴の力で”飛行”を可能とする、彼もまた能力の継承者。

ここには居ないあとの2人を含め、おもてなし部隊の6人は全員、天の滴の継承者である。

その事実を知る者は当人達のみだった。

その一人である青年の上ずった声に、オボロの死体を処理しようとしていたヴェイグは問う。


「どうした? そんなに慌てて」

「そんな泣き腫らした目をして・・・」

「君はホント、泣き虫だよねぇ」


無メイの乖離の前では見せない、おもてなし部隊の仲間達だけで見せる軽快な会話。

いやいや、茶髪の青年はそんな事言っていられるのは知らないからだと興奮した様子で。


「コレが泣かずにいられるかよ!?

 無メイの乖離様がアズキ様よりお名前を授かられたんだよ!!」

「なんですって!?」

「まぁ・・・ついに・・・!」


茶髪の青年にはいざという時のために上空で待機していたが。

全てを終わらせた名無しの少年とアズキの会話を聞き。

感極まって涙を流し、すぐにでもヴェイグ達に知らせようと飛んできた。


「そ、それで、その御名は・・・?」

「はい! カイリ・ハウンド様!

 カイリ・ハウンド様と!!

 う・・・うう・・・!」


その名を口にした瞬間、茶髪の青年の瞳から、またも涙が溢れてくる。

さきほどまでは涙を雨にして落とさぬように袖で拭い続けていたが、もう抑える必要はない。

たまらず嗚咽も漏れ、その音は彼だけではなく、双子の姉妹も体を震わせながら。


「ああ! ようやく、ようやくあの人に、なんて素敵なお名前が・・・!」

「やはりアズキ様は、あのお方を一番にご理解なさっているのね!?

 私もその場に拝謁させて頂きたかったですわ・・・!」


互いを抱きしめながら溢れる感動を口々にして号泣する双子の姉妹。

おもてなし部隊の団長であるヴェイグは2人がいるコルキス城のほうへと体ごと向け。

大きく、強く惜しみない拍手を叩き。


「素晴らしい! 実に素晴らしい! あのお方がついに名を得た今日この日。

 祝福を! 喝采を! 我々は未来永劫語り継ごうではないか!」


無メイの乖離をもてなす者として。

いや、この世で最も彼を敬愛すると自負する者達として、この感涙を堪える事などできようか?

何時鳴り止むとも知らぬ、ただ感情が昂ぶるままに続く拍手と喝采。

彼ら、おもてなし部隊には自覚がある。

自分達は、先日無メイの乖離の使徒を名乗った連中とあまり変わらない存在であると。

その想いが彼の重圧になるだけと知っているから”様”と呼ぶのも本人がいない時だけ。

それが嘘偽りのない、リンクス連邦おもてなし部隊を名乗る彼らが抱く、真にして全ての理念であった。

 

  




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