4-14 名前
これで、本当に終わった。
片足と片腕を失ったダルマックはもう戦えず。
政権獲得のため暗躍したボラール大臣も、もうこの世には居ない。
外の戦況も完全に覆り、戦後から一年に渡って続いたリンクス連邦の内乱はようやく収束をみせた。
もちろん、まだまだ戦後処理は山ほどあるだろうが、それはリンクス連邦に住まう人々の役目だ。
それこそもとより、”彼”にとっては関係がない。
道すがら悲しんでいる人が居て、それを救おうとした。
名前を持たぬ彼からすれば、もう何度も何度も繰り返したいつもの事で。
「あ・・・あのさ・・・」
ただいつもと違うのは、全てを終えた彼の側に、一人の少女が居て。
戦いは終わったというのに、抱きしめる腕はいつまでたっても離してくれない。
少女、アズキはさすがに恥ずかしくなってきて。
「もう、大丈夫だから、そろそろ・・・離してほしいな・・・なんて・・・」
紫百合を使った反動の疲労も回復し、自分で立つ事はできるようになったのだから。
戦いの後で自分の体は汗臭いしなんて、この状態は照れくさいのだが。
彼の腕はアズキを離そうとはしない。
良く見れば彼の側頭部の獣の耳が、不機嫌そうにビリビリと毛を逆立たせていて。
「・・・なんで、言ってくれなかったんだ?」
「え?」
「あの男が君を狙っていて、自分から戦いに行くって、どうして言ってくれなかったんだ?」
「・・・ごめん」
「アズキが俺を支えてくれるっていうのなら、俺だってアズキの為にありたい。
君を、失いたくない・・・」
大切な人を失う事が、何よりも怖い。
もし今、腕の中の少女の体が冷たい亡骸だったら。
そう考えただけで、震えがとまらない。
ごめんねともう一度謝るアズキを、さらに強く抱きしめる彼。
離したくない、離すわけにはいかない、だって。
「・・・君を抱きしめろと、言われた」
「・・・チャポ?」
「アズキは寂しがりやだから、こうしてやれ、と」
「まったく、アイツってば・・・・」
そうか、茶歩丸は無事だと確認できたのと。
余計なお節介をしてくれて、と。
あと少しだけ感謝しながら、仕方ないなぁと彼の腕に体を預けるアズキ。
抱きしめる力が強くなって、彼にはまだ、伝えたい気持ちがあった。
「・・・たぶん、俺も寂しかったんだ。
ずっと一人で居続けて、心は限界だった。
最初に君と出会ったあの時、俺の事を知らない君に、ほんの一時でもいいから、傍に居てほしいと願ってしまった。
俺が大罪人と知られるまでは、せめて、と」
「・・・そっか」
だから出会いのあの時、アズキと茶歩丸を拒まなかった。
その時は彼本人も気がついていない感情だったのだろう。
自分が何万もの命を殺めた者と知られるまでは。
だけど、そんな微かな願いも覆し、彼女は。
「君は、俺の無メイの乖離という名を知っても傍に居てくれた。
・・・嬉しかった」
それから何度も、気持ちを言葉にしようとしたけれど。
「・・・すまない、本当に嬉しいのに。
この気持ちを全て伝えたいのに。
どう言葉にすればいいのか、わからない」
「クスッ! ぶきっちょっすねぇ」
まぁ、でもそこが放っておけないところなんだけど。
しょうがないなぁとアズキも彼の背に手を回し。
自分も抱きしめ返して。
「ねぇ、貴方の名前なんだけど。
『カイリ』って、どうかな?」
「かい・・・り?」
「貴方は、無メイの乖離って呼ばれるの嫌いじゃないでしょ?
自分が辿った道でついた、貴方の通称。
そしてこれからは、私の所へと帰るための名前。
『カイリ・ハウンド』」
カイリは、無メイの乖離からとった名。
ハウンドは、変化、隻腕の獣『至・無神』を性に。
彼の人生を語るのに大事な二つを、
『カイリ・ハウンド』新しい名前に全てを込めた。
アズキは何度も何度も考えたけれど、これ以上の名前なんて、考え付かなかった。
「カイリ・・・・ハウンド・・・」
もらった名前を口の中で反芻し。
「・・・呼んでほしい」
「うん、カイリ」
「もう一度」
「はーい、カイリ」
「もう一回」
「カ・イ・リ♪ そんなに気に入ってくれた?」
抱きしめられているから表情は見えないけれど。
彼の、カイリの尻尾をみればよくわかる。
ブンブンと嵐を巻き起こしそうなほどにふり回され。
体は歓喜に震えて、鼓動はドクドクと密着した体全体を通して伝わってくる。
気づく。アズキが今までずっと求めていたのは、この温もりなんだと。
「・・・私も、嬉しかった。
ランジベルで私を頼ってくれた時。
ああ、この人は私を必要としてくれるんだって。
今まで、この血と力しか求められてこなかった私が、
誰かの温もりになれているんだって」
アズキは茶歩丸のお陰で一人ではなかった。
あの手この手で彼女の寂しさを紛らわしてくれようとしてくれた茶歩丸には感謝している。
だけど、残念ながらそれだけではアズキの救いになってはくれなくて。
あの時、カイリについていきたいと願ったアズキも、人の温もりが恋しかったから。
母が死んで以来、感じる事ができなかった温もりが。
「私はカイリの帰る所になってあげたい。
腹がたったら、愚痴を聞いて。
嬉しい事があったら一緒に喜んであげて。
悲しい時は、寄り添って。
楽しいのなら、共に笑って。
貴方と、これからの全てを共有していきたい」
「名前が無いのは、帰る所がない人だから。
・・・俺にはもう名前があるから、アズキの傍に居たい」
「うん」
「俺には罪がある。
これから辛い事が多くあるけど」
「うん」
「それでも、傍に居てほしい」
「私も、傍に居たい」
例え何者であろうとも、この絆を引き裂く事などできはしない。
あの日出会った時から、2人は共にある事が運命付けられていたかのように。
この世界の誰よりも、愛しいパートナーと。
「「君と、生きていたいから」」




