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無メイの乖離  作者: いすた
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1-4  情報収集

ロックラウンドに潜入したアズキと茶歩丸がまず最初に目指したのは、町の中央にある大きな時計台。

ひとまず上から町を見下ろして、地形を把握する必要があったからだ。

レンガ造りの家屋の屋根を足音を立てずに駆け抜けながら町の様子を伺えば、とにかく目に付く兵士の数。

いつもは人々が行き交うであろう大通りには大砲や防柵が張り巡らされ、完全武装の兵士達の殺気が渦巻く、穏やかではない雰囲気だ。

時計台の外壁を跳ねるように登って頂上へと辿り着き。

ロックラウンドの町を見回して、その全体の構造を頭に入れる。

町の半分は鉱物加工のための施設だからか、街路のいたるところに資材運搬用のトロッコのレールが敷かれているのが特徴だ。

それを用いて町の入り口に運ばれる防衛設備は堅牢にして強固。

鉱物資源に恵まれている場所だけあり、厳選された高品質の鉄バリケードは突破するのはたやすい事ではない。

それが迎え撃つための相手は町を覆う外壁の外に見える、平原にうごめく黒い影。

方角は南、地図で見たランジベルという町の方角だ。


「あれが、ランジベル軍ってやつか」

「数は1000ってとこっすかね」


目を凝らしてみれば、ランジベル軍の中には巨大な大砲がいくつかある。

牽引するもの一苦労で、用意するのにも莫大な予算がかかるだろうが、外壁の大門や、前述したバリケードと破壊するために用意したものだろう。

兵種も騎兵よりも歩兵を重視した、街中での戦闘に特化した編成である事も伺える。

用意周到、対ロックラウンドの町に特化した戦力構成。

ランジベル軍はやる気だ。

それに比べて、この町の迎撃姿勢はおかしいと気づくアズキ。


「おかしいっすね。なんでロックラウンドの軍は町の外で迎撃しないっすか?

 住民の避難もさせずに。何考えてるっす」


兵士とは町と民を守るためにあるものだ。

ランジベル軍が町を襲うための用意をしている事は当然知っているだろうに。

どうして、町の外の平原で迎撃の用意をしないのか、迎撃作戦に疑問がある。

こんなところで戦えば、町を守れたとしても無事ではすまないのはわかっているはずだが。

その理由を探るためにも情報収集をしなければならないが。

厳戒態勢の中を、異国の者が身を潜めたまま移動はし続けられない。

無軌道に動いて隠れ続ける事はできないのは重々承知であり。

茶歩丸はすでにその準備ができていた。

肉球のある両手の中には、鳴かぬように嘴をしばられた3羽の野鳥が抱えられてる。


「さっき登るついでに捕まえといたぜ」

「ありがと、優秀っす」


よくできた忍び狸に感謝しつつ、

茶歩丸の手から逃れようと足掻く野鳥3匹それぞれに3本の指を向け。

ブツブツと口の中で何か呪文のようなものを呟いてから。


「―掌握」


キンッと小さな音と微かな光が野鳥を包みこむと。

暴れていた野鳥が急激に大人しくなり。

嘴を縛っていた紐を解いても鳴き喚かない。

茶歩丸の手から離れ、信頼できる主を得たかのようアズキの肩に止まる野鳥達。


「ん、この辺の鳥は、倭本とあんまりかわらなくて操作が楽っすね」


これは忍軍に伝わる秘術ではなく、アズキだけが持ち得る不思議な能力だ。

生物であれば己の意のままに操り利用する事ができる。

時間をかけて術を紡げば自我を持たせて従者とする事も可能で。

まさにそれが今目の前にいる忍狸の茶歩丸である。

この野鳥達にはアズキ達の代わりに目と耳になってもらう。

ちなみにアズキはこの能力を持っていたからこそ、旅の道中で地図を買わないという判断を下したのだが、

そういう時に限って野生の動物と出会わなかったというのは大きな誤算だった。

今回はこの能力を有効活用できると、3羽の野鳥を別けて飛ばす。

彼らの五感を通じて様々な事が可能で、これを用いての情報収集がアズキの得意技だ。

ついでに、同じ術で自我を持つ茶歩丸も、野鳥達と同調する事が可能で。


「1号と2号の情報はこっちで集めるから、そっちは3号頼むわ。

 1号は外壁の外に飛ばして、ランジベル軍のほうを探らせとくぞ」

「了解っす」


アズキの術で動く同士のほうが感覚の相性はいいので、二羽の管理を申し出てくれる茶歩丸。

主に対して頼むなんて言い方をしたりと態度は大きいが、彼女の役に立つために気を利かせてくれる頼れる忍狸だ。

遠慮なく彼に任せ、アズキは自分が操る野鳥へ意識を集中させて、町で防衛設備を設置している兵士達の頭上に待機させて聞き耳をたてる。


『まったく、なんだって急にランジベルの奴らがこの町に仕掛けてくるってんだよ。

 なにかあったのか?』

『なんだお前知らないのか? 3ヶ月前に一週間ずっと雨続きだったろ?

 その時の土砂崩れで、ゴーネス川が塞き止められちまったんだとさ』

『ゴーネス川って、ランジベルにとっちゃ肝心要の水源じゃねぇか!?』

『それから完全に水不足で、作物は育たない、魚は獲れない。

 最近は餓死する連中もでてきたって話だ』

『ひでぇ話だな、で、どうしようもなくなったランジベルの連中が、

 ロックラウンドを攻め落として自分達の町にしようってか?

 そりゃ戦時中はいろいろとイザコザがあったけどよ、

 あれから1年、それなりに上手くやってきたじゃねぇか。

 いくらなんでも無茶苦茶だろうがよ』

『いやぁ、それがな、土砂崩れでゴーネス川が塞き止められたって件なんだが、

 どうも誰かが仕掛けた細工があったらしいんだよ。

 雨が降れば、崖が崩れて川に水が流れなくなるようにな』

『まじか? ・・・って、まさかそれを仕掛けたのが―』

『連中はロックラウンドがやったって大騒ぎ。

 戦時中のゴタゴタを根に持ってる連中も多いからな。

 今こそロックラウンドを滅ぼすべき、だってよ』

『勘弁してほしいぜ。中央政府の支援はどうなってんだ?』

『ほら、ランジベルは保守派だろ?

 改革派のボラール大臣の手ほどきを、あのダルマック将軍が受けると思うか?』

『災害時まで派閥争いかよ。

 やんごとない連中は俺たち下々なんてどうでもいいってか』


なるほど、この戦争に至る経緯から、リンクス連邦内部で派閥争いがある事まで分かった。

もう少しその辺りの詳しい事を聞けないかと話の続きを待っていると。

話の流れは、予想外の違う方向へと進んでいく。


『どれもこれも、”無メイの乖離かいり”が悪いんだ」

(・・・無メイの乖離?)


どこかで聞いた覚えのある名前だ。

この地方へ向かう舟で吟遊詩人が詠っていた物語にその名前があったと思いだす。

長年続いていた泥沼の戦争を、たった一人で終わらせる偉業を為した者。

ただしその語りは英雄ではなく、どちらかといえば悪辣の類だったはずだ。

詩の内容は良く思い出せないがとにかく強い戦士らしく。

槍を一度薙げば3人の兵士が倒され。

向かってくる大砲の砲弾を剣で切り裂き。

その姿は世にも恐ろしき異形の獣で、体長は5メートルをゆうに超え。

鋭利な尻尾が叩きつけた大地は揺れ、右手から放つ光は山をも粉砕するという。

そして最も驚くべきは、戦時中最後の戦いで四カ国の連合軍、総数10万の兵力を相手に、

無メイの乖離は勝利し、これ以降の武力行使は無意味であると世界に知らしめたという。

どれだけ軍事力を高めようとたった一人も倒せないのでは意味がなくなり、

80年に及ぶ戦いの時代は半ば強制的に終戦に至ったとの事だが。

話は後半になればなるほど浮世離れしており、吟遊詩人の語りもアズキは途中で聞き流していた。

荒唐無稽、そんな者が居るとすれば御伽噺かなにかの世界だけだ。

異国からのアズキでもわかるような妄想の産物だが。

その幻想の名前を兵士達はさも真面目に。


『1年前、奴がポイント・ゼロで戦争を無理矢理終わらせたもんだから。 

 うちの国も真っ二つに別れた内乱状態だ。

 改革派のボラール大臣は無メイの乖離の顔色を伺ってばかりで、ご機嫌取りの軍縮だかなんだかのせいでロックラウンドの兵士は500人もいねぇ。

 対してダルマック将軍傘下で保守派のランジベルの戦力は1000、中央からの援軍も間に合わない以上、俺たちは倍の数を相手に町に篭城するしかねぇと来たもんだ。

 住民を避難させようにも、戦争がなくなって食いぶちを無くした傭兵崩れの野盗はそこら中にいるんだ。

 援護につける戦力も無い以上、町にいさせるしかねぇ。

 そもそもだ! 無メイの乖離さえいなければ、

 軍をランジベルの災害対策に回せたかもしれねぇんだぞ?』

『確かにそれはそうだな。

 無メイの乖離によって、俺たちの国は甚大な被害を受け多数の将兵を失った。

 あの者さえ居なければ今頃リンクスはもっと平穏だっただろう』

『だろ? 今の世の中、悪い事は全部あいつのせいなんだって』


話の流れの中にロックラウンドが町の外で迎撃をしない理由はわかったが。

それ以上にアズキが気になっていたのが、無メイの乖離に対しての認識だ。

彼らにとって無メイの乖離という存在は現実であり、それは政治的な影響も与え、諸悪の根源ともされている。

話をしていた兵士達からはこれ以上の情報はないと、野鳥を別の方向へ飛ばして探りを入れても。


「おい! こっちにも人手が足りないんだぞ!」

「ちっ! 無メイの乖離のせいだ!」

「なんで中央政府からの援軍がねぇんだよ!」

「無メイの乖離のせいでねぇよ!」


あちこちの兵士達も何か悪い事があると、無メイの乖離のせいだと皆が口にし、八つ当たりしているようにも見える。

悪事は全てそのせいである、呪いかのように。

そういうことかと、アズキは肩をすくめながら。


「悪者を作って意思統一っすか。

 どこの国も人のやることは変わんないっすね」


人が複数人いれば、そこに必ず敵意が生まれる。

その対象は人によって様々になってしまうものだが、大抵の場合、敵意の対象は一部に集中しがちだ。

人のコミュニティとは、共通の敵意を持つことでまとまりをもつ側面があり、

ほぼ無意識のうちに形成される集団心理の典型例だ。

そんな自然と作られる差別意識とも呼ばれる概念。

為政者はこれを利用して人心を掌握する事を基本としている。

敵意の先として選ばれるのは、国家ならば隣の国や別人種だったり。

宗教ならば邪神を設定したり、他宗教を異教としたりと、”仮想敵”を作る事で民意を結束させる。

人は誰しも恨みを持たぬ聖人君主ではないのだから。

人が感情をもつ限り敵意は避けられないとなれば、その方向を一点に誘導してやることで民意をコントロールする。

アズキは、その考え方が大嫌いだった。

 

「気に入らないっす」


思わずこぼしてしまうグチ。

その無メイの乖離という存在は架空であろうが、モデルになった人物は居るだろう。

自分達が引き起こした戦争の責任を、偶像に押しつける考え方は無様にしか見えない。

それは人間らしい思考なのかもしれない。

けど、そういう集団的な物の考え方が大嫌いだからアズキは抜け忍という道を選んだのだ。

彼女がこの類の集団心理に寛容になる事は、これからもないだろう。

そろそろ兵士達から探れる情報も被る事が大くなってきたため、情報収集の方向性を、会話から地形に重点を置くアズキ。

町の外へと抜けるための抜け道を探り、いくつか候補を絞って脱出経路を決める。

と、反対側の町の情報収集を行っていた茶歩丸が、探し物の一つを発見したようだ。


「アズキ、南西の罪人収容所に金髪のスパイを閉じ込めたってさ。

 話からしてあのあんちゃんに間違いなさそうだ」

「ナイスっす。侵略軍のほうはどうっすか?」

「もう今にでも進軍を開始しそうだ。

 はやいところずらからねぇと巻き込まれちまうぜ」


それは困る、戦いが始まってしまえば町からの脱出は困難になってしまうだろう。

野鳥達への術を解き、立ち上がりながらアズキは。


「恵んでもらった恩ぐらいは、返しとかないとっすね」


何もしゃべらないけれど、誰かに施しを与える事はする少年の為に。

アズキと茶歩丸は時計等から軽やかに飛び出し、目的の罪人収容所へと向かう。

彼女達がこの町に潜入して、すでに2時間が経っていた。 

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