4-11 身を貫く怨嗟
「来たぞ! 奴だ!!」
「無メイの乖離だ! 無メイの乖離はここに居るぞ!!」
コルキス城の城壁を突き破って侵入してきた隻腕の獣。
この世ならざる異形の化身の出現に、恐怖で逃げ出したダルマック軍の兵士達も多く居たが。
隻腕の獣の姿が人の形へ変わるのを見れば、この身でも敵う相手と錯覚もする。
コルキス城を防衛する兵士300人は、ボロボロの槍しか持たぬ少年の傭兵に一斉に襲いかかる。
「・・・・・・・・・」
押し寄せる敵兵を、連戦で痛んだ十字槍で薙ぎ払う。
一薙ぎで4人、二薙ぎで10人。
いつも通りの圧倒的な強さであるが、見る者が見れば気がつくだろう。
彼の左手に剣はなく、本来は剣で行っていた防御も槍で行っているため、敵の殲滅速度が通常の半分以下に落ちてしまっている。
戦いの中で敵から剣を奪って代わりにするが、なまくら程度、彼が5回でも敵の攻撃を防げば木っ端微塵に粉砕してしまう。
そうしているうちに、他の地区に居たダルマック軍の増援は続々と集結。
いつまでたってもコルキス城の中に進入できずにいる。
さらに、名無しの少年の動きを鈍らせる兵士達の声。
「貴様のせいで、俺の友は死んだ!」
「お前のせいで、俺は家族を失った!」
「無メイの乖離が居なければ、こんな惨めな盗賊に身を落とす事は無かった!」
360度から浴びせられる、兵士達の怨嗟。
無メイの乖離という存在が引き起こした急激な終戦の被害者達。
「・・・・・・・・・」
そんなものは知った事か。
武力をかざし、他者から命を奪う事を生業とする者達の存在意義はない。
これまでならそうやって、言葉も肉体も斬り捨てていたのに。
今は違う、手足に枷を増やされたように、重くのしかかってくる。
「・・・わかってる」
自分の罪は知っている。
積み重ねた罪科を忘れてほしいなんて、都合のいい事は願わない。
この罪と共に生きていくと、そんな覚悟はずっと前から決意していたはずなのに。
・・・今はもう、その声が、どんな刃よりも自分を貫いてくるのだ。
その心を具現してしまったのか。
長い戦いでついに限界を迎えた十字槍が、根元からバキリと砕け折れた。
「チャンスだ! 無メイの乖離を潰せぇ!!」
千載一遇の好機。
無メイの乖離さえ倒せれば今だ戦力で上回るダルマック軍に十分勝ち目はある。
さらにあの者にトドメを刺した兵士となれば未来永劫歴史書に名を記されよう。
勝機の訪れは今までの恐怖に反比例し、喜色を浮かべ刃を掲げる。
押し寄せる何十の刃が狙うのは名無しの少年の全身。
殺った! 誰しもがそう確信した、その瞬間だった。
「―ナニ、ホウケてるネ?」
フッとその間に白い影が割り込んだと思えば。
ボトボトと積み木の如く落ちていくのは、敵兵の首が8つ。
突然の乱入者の殺法に、恐れおののく兵士達。
「なんだ!?」
「おのれ、何奴!?」
刀剣の如く長い三叉の鉤爪を両手に携えたカタコトの言葉を話す少女。
―どうして彼女が?
この娘は、ランジベルで自分の心臓を貫いた、孤児院の母役の。
「・・・スイ・・・レン?」
「フフ、ナマエをヨんでもらえるなんてイガイ。
でも、いくらクシザシになってもシなないからって。
ナニぼーっとしてるヨ?」
乱入者の正体、スイレンは話しかけながら、取り囲む敵兵を見回す。
広く、分厚い敵の包囲網は目視で数え切れそうにはない。
スイレンがいくら凄腕とはいえ、この数の敵を相手にするのは不可能だ。
そう、一人でやろうなんて考えるバカは、毒入り紅茶一杯で街を救うような男だけで十分。
「ローレンス! イマネ!!」
「了解だ! 弓隊、放てーー!!」
スイレンの合図に、いつのまにか城門の上に配備している弓兵達の一斉射。
無メイの乖離に夢中になっていたダルマック軍は完全に不意をとられ、矢の掃射を浴びて次々と命を落としていく。
弓兵隊の中心で、ランジベルの紋章が刻印された剣で狙いを示しているのは。
あの街でただひとり、名無しの少年に噛みついてきた、ランジベルの若き士官、ローレンス・ミックホルン。
「敵は崩れた! 今こそ誇り高きランジベル騎士の汚名を晴らす時だ!
突撃ぃぃぃぃぃ!!!!」
弓を構えていた兵士達は一斉に剣に持ち変え、矢の一斉射で浮き足立ったダルマック軍を強襲。
ランジベルの名を口にしながら、城の前に立ち塞がるダルマック軍を殲滅していく。
その覇気はすさまじく、数で勝るダルマック軍がたじろぎを見せる程。
これならばしばらく指揮は必要ないと、ローレンスは名無しの少年とスイレンの下へと歩み寄り。
「・・・無様だな、無メイの乖離」
開口一番、遠慮も何もあったものではない一言。
ロックラウンドでランジベルの兵士を叩きのめしていた時とは明らかに違う彼の戦いに、
ローレンスは不満全開でフンと鼻を鳴らす。
「・・・・・・・・・」
名無しの少年はやはり何も言わないが。
以前と違い、表情に陰りがさしている。
それを見て、ローレンスは口を何度か開閉し、何度も何度も台詞を飲み込んでから、結局でてきたのは。
「・・・ヴェイグ殿から話は聞いている。
慈恵アズキを救いに行くのだろう?
ならば、こんなところでグズグズするな」
てっきりまだうらみつらみをぶつけられるかと思っていた名無しの少年だったが。
ローレンスはもう彼のほうへ目もくれず、背を向けて。
「女を知って、情けなくなったと見た。
だから手助けしてやると言っている。さっさと行け」
「ハヤクしないと、アズキ、コロされちゃうヨ」
ローレンスの隣に立つスイレンにも急かされ。
名無しの少年はコクリとうなづき。
「・・・感謝する」
短く感謝を告げ、城内へと駆け出す名無しの少年。
その背を一度だけ振り返って見送るローレンス。
その複雑そうな横顔を見て、苦笑を浮かべるスイレンは。
「まずはレイをイうんじゃなかったネ?」
「・・・そんな事は言っていない。
ただ、一度ぐらい頭をさげてやろうと思っただけだが・・・。
ふん、あの顔を見て改めてわかった。
俺は、アイツが、大嫌いだとな!」
ランジベルを救ってくれた事には感謝している。
だが、やはりそれは言わないと捻くれてしまったローレンス。
スイレンはここ数日、彼と行動を共にして、その人となりは理解しており。
やはりこういうふうに素直にならないのではないかと予想していたが、やっぱりだ。
「けど、ちゃんとランジベルのダイヒョウとしてシャザイしないと。
コンドはゲンポウじゃすまないヨ?」
「うっ・・・」
この国の状況で無メイの乖離に無礼を働いた事は当然処罰の対象であり。
あの一件でローレンスは上司からこっぴどく叱られ、領主から直々に呼び出されてさらに叱責を受け、普段は温厚な母親にも手厳しく怒られたのはつい先日の事だ。
だが一度でも無メイの乖離と行動を共にした事は、交渉に有利とされ。
今回、ランジベルから謝罪のため、無メイの乖離を追う使者に彼が選ばれた理由となっている。
「言われなくてもちゃんと後でする」
「ホント?」
「当たり前だ! まったく、母親みたいな事を言うな」
「そこはカンネンするヨ。
アナタのオネエサンからも、オトウトのメンドウをミてくれっておネガイされたからネ」
「ちぇっ」
ローレンスとスイレン2人が親しい仲になったのも、あの件があったからだ。
無メイの乖離と関わったものは、過激な主義者から命を狙われる可能性があり。
以前のように使徒を名乗る連中の蛮行がそれを裏付けており、国から指定される保護対象となっている。
孤児院の子供達ともども対象に選ばれたスイレンは。
保護対象は一箇所に集めておいたほうが効率がいいという理由で、ローレンスの家に預けられた形だ。
そこでスイレンとローレンスは交流を深め、文字通り家族ぐるみの付き合いをする事になったわけである。
ただ孤児院の母親役のスイレンからすると、彼も結局手のかかる子供達の延長でしかないのか。
暴走しがちなローレンスのお目付け役となっており。
今戦っている部下達も、有事の際は隊長のローレンスよりスイレンを頼りにしているぐらいだ。
それはそれで面白くないローレンスだったが、
彼もまたスイレンを頼りにしているところがあるので文句のつけようがなく。
口にするのは恥ずかしいので言わないが、理想の軍人だけを目指して生きてきたローレンスにとって、厳しくも優しい彼女の嗜めは心地よいもので。
「ホーラ、ボヤボヤしてるヒマないヨ」
「あ、ああ、そうだな」
今はそんな事を考えている場合ではないか。
首都リングルスを賊の手から解放する。
それが今、ランジベルからやってきたローレンスとスイレンの役目。
そして、あの憎たらしくてたまらない男をサポートするために。
「スイレン、この辺りの敵を一掃した後、城内へ突入する」
「リョウカイヨ」
戦況は大きく変わりはじめている、この機会を逃す手はない。
「ランジベルの名の下に、賊軍を討つ!」
賊軍と口にし、ちらりと脳裏をよぎるのは、ロックラウンドを襲った自分達の所業。
原因はボラール大臣の計略だったとしても、罪もない人々を虐殺した事実は変わらない。
それでも、今は。
「突撃ぃぃぃ!!!!」
人々を守る騎士としての役割を果たそう。
あの無軌道に戦う名無しの少年とは違う、騎士の矜持を守るため。
ローレンスはスイレンと共に、戦場へと身を投じる。




