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無メイの乖離  作者: いすた
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4-7  幻影は語る

時刻は少し戻り、戦いが始まる日の早朝の事。

グリースレリアの無メイの乖離が宿泊するコテージに、

ヴェイグ率いるおもてなし部隊の隊員が慌てた様子で駆け込んできて。


「無メイの乖離! 茶歩丸殿がお戻りになったのですが。

 大きな怪我をされており、中央病院で治療を受けて頂いております!」


今朝、グリースレリアにリングルスの戦火から逃げ出してきた馬車がやってきた際。

衛兵が積み荷のチェックで荷物の影に隠れていた、気を失った狸を発見。

傷付いた野良狸が紛れ込んだのかとつまみ上げたところ、赤いマフラーが目に付き。

事前に知らされていた無メイの乖離の連れという事ですぐさま病院へと運び込まれ。

彼の者への情報は全て、おもてなし部隊を経由して報告が届けられる形となっている。

部屋で塞ぎこんでいた名無しの少年も、連れ合いの事となればすぐさま駆けつける。

茶歩丸を看た医師の専門はあくまでも人間だったが、命に別状はないと断定はでき。

そう聞かされて、名無しの少年はほっと胸を撫で下ろした。

茶歩丸はアズキにとって大切な家族だ。

この忍狸が居ない三日間、平気な風を装ってもしきりに心配し、落ち着かずそわそわとしていたのを、名無しの少年は見知っている。

アズキが帰ってきて、茶歩丸はもうこの世に居ないなんて告げたら、きっと泣いて落ち込んでしまうから。

病室で、人間用のベッドに丁寧に寝かされている茶歩丸の寝顔をみて。


「・・・よかった」


安心した。アズキの悲しんでいる顔はみたくない。

そんな感情が自然と口から溢れてきて。

自分がそんな感傷に浸っている事に気がつく。

研究所で被検体達を励まし続けてくれたミキお姉ちゃん以来の。

・・・いや、違う。


「アズキは俺にとって―」


・・・その先は、なんて言葉を紡げばいいのだろう?

この暖かな気持ちをどう表現すればいい?

整理する。アズキが微笑んでくれる事が嬉しい。

彼女の膝の上でまどろむのが何よりも心地よい。

フワリと包みこんでくれる温もりが、こんなにも―。


「・・・愛しい?」


その単語を口にして、胸がカッと熱くなる。


「ああ、これが、・・・愛してるという気持ちか」


今まで幾度となく耳にし、読んだ人の感情を表す言葉。

誰かを想う事、求める事。

それはこんなにも暖かくて、素晴らしいのだと胸を震わす。


・・・

・・・・・・

・・・・・・・・・


『返して! 私の主人を返してよ!!』

『お前が殺したんだ! 私の大好きなあの人を! お前が!!』

「っ!? ・・・ぐ・・・あ・・・っ!」


いつも耳奥にリフレインする、浴び続けた怨嗟の言葉。

暖かさを知った反動に、冷たい氷柱が心に何万本も突き刺さる。

自分が殺した者の恋人、婚約者、妻。

無メイの乖離が繰り返してきた殺戮によって生まれた、

幾十万の怨嗟は、これまで以上の痛みとなって名無しの少年を襲う。


「あ・・・あ・・・ぐ・・・カハッ!」


なまじ愛情なんて知ってしまえば、もう手遅れだった。

こんなにも暖かな感情を、自分は何十万と奪った。

心が罪悪感ではちきれそうで、胸を抑えても痛みは止まない。

何もない空に手を伸ばし。


「助けて・・・くれ」


愛する彼女の幻影が、そこに見えた気がした。

手を伸ばし、掴めると願えば口元がゆるんで。


―彼女にお前の罪を背負わせる気か?


そう突き付けてくるのは自分の声。

名無しの少年の中に居る、己を許す事を認めさせてくれない自分は。


―お前の手は、どれだけの血で汚れている?

 そんな指で彼女に触れてみろ。

 あの愛らしい顔が、ベットリと汚れてしまうだろう?

「だけど、俺は・・・僕は・・・」

―目を覚ませ、温もりに酔う資格など、俺にはない。

「辛いんだ・・・! 苦しいんだ・・・!」

―それをアズキにも味あわせる気か?

「ちが・・・う!」

―ちがわない。

 俺は自分が救った命ですら守れない。

 そんな男がどうしてアズキを守れる?


自分の目の前で、槍で貫かれて絶命した昨日の少女の姿が、アズキに変わる。

彼女もきっと、気にしないでと気遣い笑いながら死んでいって。

そんなの許せるはずがない。

幻影の名無しの少年、いや、あれは本当に幻影なのか?

蔑むあの瞳は、水面に映る自分を見つめる顔と同じではないか。


―思いだせ、俺は本当に誰かを守るために戦ってきたのか?

「そうだ、俺はいつだってそうしてきた」

―確かにな。

 絶望に沈む人々の顔に笑顔が灯るのが嬉しかった。

 自分の力で誰かが救われ、これから幸福になるという空想が楽しかった。

 そのためならば、大量殺戮者の汚名を着ても良い。

 まぁ聞こえは良い立派な建前だが、本当は違うだろ?

 一番の動機はもっとシンプルだ。

「・・・黙れ」

―ミキお姉ちゃん達を実験だと称してなぶり殺した連中。

 そいつらと同じような、ただ自分の都合で弱者を弄ぶ連中を叩き潰す事が快感だった!

「黙れ」

―否定するな、復讐の何が悪い?

 殺す相手にあの研究員共の姿を重ねて

 口元に笑みを浮かべていたのは他ならぬ俺だろう?

「黙れ!」


自分はそんな快楽殺人者ではない。

殺したくて殺してきたのではない。

声音を荒げて否定する名無しの少年を、幻影は鼻で笑い。


―ポイント・ゼロの戦い、いや、虐殺か。

 これまで誰かを守るために戦うと決めた時とは違う。

 4年間、執拗に追われていた毎日に嫌気が差して、連中を呼び出して。

 片っ端から殺していったな。

「そうじゃない! 俺はただ―」

―ただ、生きていたいから。

「っ!」

―自分が生きていたいから、自分を殺そうとした連中を殺した。

 殺して、殺して、殺さなくてもいい数まで殺し尽くして。

 いったい誰を殺したのか、自覚もないぐらいに。

 思いだしてみろ。

 4カ国の戦力が一斉に集結したあの時期、世界は和平に向けて動こうとしていたんじゃないのか?

「・・・・・・・・」

―無メイの乖離を殺す。その共通の意志で人々の心は団結していた。

 俺が戦争を止めたいって理由で戦うなら、殺す必要は無かったんだよ。

 いい加減認めろよ、俺が殺した命は、全て自分で望んで殺した命だって。


なら、死者の血で塗り固められた己の存在は、いったいなんだというのか?

幻影の自分は、憐憫にもとれる表情で名無しの少年を見下し。


―『無メイの乖離』史上最悪の殺人犯。

 そんな男が、誰かを幸せになどできるものか。 

「・・・」


これまで手にかけてきた、己の傲慢で弱者を殺す連中と。

圧倒的な力で何万人をも惨殺してきた自分と、何が違う?

両手で顔を抑えれば、一生消えない血の匂いが鼻につき、

ぬるりとまとわりつく返り血の感触が頬を伝う。


―俺には。

「・・・俺にはもう、そんな資格はないんだ」


いつかと同じ言葉を口にして、椅子にもたれうなだれる名無しの少年。

誰かに愛してもらう資格なんて、自分にはないのだから。


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